『雨原 レイ 2』
公園まで来ると、何故かヨウがブランコで揺れる姿があった。
いつもの輝かしい光が消え、虚ろになった瞳が鈍く僕らを捉える。
「ヨウ……?」
力が抜けて垂れ下がっていた体を、僕らの方へ向ける。
「くくっ……やっぱレンと来たんだな……」
ヨウが顔を伏せたことにより髪で目が陰った。口角を上げて白い歯を見せながらニイッと笑う。
「君がレンとデートすればいいって言ったんだろ」
珍しく嫌味っぽくシュウが述べる。ヨウと僕の間に割って入り、庇うように手を広げた。
――今、レンって……
「……そういえば、そんなこともあったな」
ぽたっ……と何かが落ちる音がする。
横向きで気がつかなかったが、ヨウは短刀を手にしていた。
短刀には血液がべっとりと絡まっている。よく見ると服のあちこちが赤黒い。
「ヨウの様子がおかしい……逃げよ、シュウ……」
この際、自分のことは棚にあげた。恐々とした声で逃走を促したものの、シュウは動こうとしなかった。
「昔からムカついてたんだよ……お前には……」
「恵まれているお前には、言われたくない……」
ヨウの答えを聞き、シュウは一歩下がった。
ウエストポーチからモデルガンを抜く。
「使命はぶつかるようにできてる。晴河さんの言った通りだ」
後悔するようなシュウの口振り。一方僕は鼻の奥に腐臭が届き、眉をひそめる。
目を凝らしてみると、ヨウの足下には不自然な紙袋が置いてあった。
まるで、頭1つ分くらいの……
☆☆☆
集からの電話があった後、あたしは栞を捜すために街をさ迷っていた。
首根っこ引っ付かんで連れて行く約束をしたのはもちろんだけど――
「ほっといたら、何しでかすかわかんないもんね」
数時間もすれば、街を半分ほど回ってしまい、いつの間にか中心部の森まで来ていた。流石にこんなところには居ないと思うけど、念のためというやつだ。
鬱蒼と生い茂る木々により遮られ、太陽は僅かな明かりと化していた。薄暗い森を歩むには、これを頼りにするしかない。
雨と土の匂いが嫌というほど鼻についた。
歩く度に靴に泥が纏わりつき、道が無いために時々枝が服に引っ掛かる。
「…………るのよ!」
森の中から鼓膜が破れそうな怒鳴り声が響いた。距離があるからか、上手く言葉を聞き取ることはできなかった。
あたしは気配を消して森を突き進み、声がした方を目指していた。木々の間を歩む毎に声は明瞭になっていく。
「だから!契約者は何人かって聞いてるのよ!」
視界に入ったのは、木の上で寝る和服の少女と、少女に頭にきているのか憤怒するの栞の姿だった。
先ほどからあしらわれていたのか、栞は意地になって問いただしている。
少女は透き通った体を持つ幽霊で、あたしも会ったことがある。『つくる』使命を与えた張本人だ。
木の枝に腰を下ろし、足を宙で交互に動かす。いかにも眠たそうな顔で欠伸をした。
『……今のところはお主を含み7人、じゃな』
どこかぐったりとした暗いオーラを周囲に撒きながら、かったるそうに答えた。この古風な話し方は見た目と少々合っていないように思える。
「今のところ……?」
『我は退屈が嫌いでの、管理者達を観察していたいのじゃ』
「観察?」
『うむ。特に争いは感銘さえ受けたのぅ』
幽霊は遊園地に行く前の子供のように、興奮気味に言う。
「私達は、ゲームの駒じゃないわっ!!」
木陰に潜みながら盗聴していたけれど、栞が管理者同士のいがみ合いを阻止しようとしたことが分かり、ホッとしていた。
とはいえ、この前戦ったのはあたしと栞だけど……
「使命はわざとぶつかるようにしていたの?それとも、元々歪な人間関係を狙って与えたの?
あなたの意図はわからないけれど、少なくとも私は、悪趣味に付き合おうとは思わないわ!」
幽霊に向かって強く抗議した。
けれども幽霊は、栞の言葉を無視しながら、木の下にある池を覗き込んでいた。
「次の対戦は随分面白き組み合わせぞ」
発言を耳に、乗り出さんばかりの勢いで栞も池を覗く。
「集君と殀君……?」
幽霊が告げた組み合わせ、青ざめた栞の表情に、あたしは息を飲んだ。
あの二人は、いつ崩れてもおかしくない関係だった。連が辛うじて繋ぎ止めているような、危うい絆。
「急がんでよいのか?一方が死ぬやもしれぬぞ?」
栞は悔し紛れに幽霊を睨み、恨んだ。
「まあ、そう怒るでない。我が二人を戦場へ送ってやろう」
止める暇などなかった。
幽霊が何か口ずさみながら、パチンと指を弾くだけ。たったそれだけで、一瞬にして公園の前に移動していた。
盗聴していたあたしも飛ばされていたので、栞が大いに混乱していた。
『ヒントは……裏は純粋な告白でひっくり返る、ということじゃ…………』
消えた幽霊の声は刃に弾が衝突する音により吹き飛んだ。
武器を構えて対峙する二人。ただならぬ空気に押し潰されたのか、両者の親友であるレイちゃんは腰を抜かしていた。
「殀君の様子がおかしいわ!武器を取り上げて!」
「まかせて!」
……とは言ったものの、迂闊に近寄ることはできなさそうだ。
時おりここまで飛弾することがある。
「雲月ちゃん、この距離でどうするの?」
もちろん、竹刀で突っ込むことも考えたけれど、視覚外という安全圏から狙いたい。となると、あれの出番のようだ。
あたしは胸を張り、自信満々に答える。
「投げ縄の要領でどうにかできるはず」
「縄なんてないじゃない……」
あたしは答えの代わりに、その辺に生えていた猫じゃらしを抜いた。軽く念じ、猫じゃらしが光輝くと、少し細めの鎖となった。
あたしの『つくる』能力は形状が似たものを元にしたほうが、丈夫で壊れにくい物が完成する。
「そっちは雲月ちゃんに任せるわ。私はレイちゃんを……」
顔を見合わせて頷き合うと、それぞれの仕事に移った。
☆☆☆
「その紙袋の中身、なに……?」
嫌な想像図が頭を過り、僕は刺激しないことを願いつつ問う。
「レンもよく知ってるだろ?」
ヨウの冷たい視線に耐えながら、思考を巡らせ――最悪な結果が出てきた。
「まさか……」
――パァンッ!
シュウが狂気を撒き散らすヨウへと、容赦なく発砲していた。
弾がヨウの短刀に触れると、次の瞬間には衝撃音と共に辺りが目映く発光した。
どうやらシュウは普通とは違う、特製品の弾を使用しているようだ。
「ヨウ……」
僕は足の力が抜け、へなへなと座り込んでいた。
二人の戦闘に、僕が割り込む術はない。
「いや……やだよ……」
間合いを広く保ちながらシュウは銃撃を繰り返す。それに伴い、ヨウは弾を切り捨てながらシュウに歩み寄っていく。
震える肩をそっと抱かれた。「大丈夫?」と暖かみある一言が耳元で囁かれる。
「栞さん……」
溢れそうなほどの涙が瞳には溜まっていた。晴河は優しくハンカチを手渡してくる。
「ありがとう」
元気がない僕の声に晴河は心配そうな表情になる。
何もできない僕自身の無力さを噛み締めながら、僕は戦場を見つめる。
シュウは公園の隅に追い詰められ、ヨウが刀を振りかざした 。
思わずぎゅっと目を瞑る。
しかし、刀にはヘビのように鎖が絡み付いていた。意思があるかのように噛みついたまま放さない。
鎖を辿ると、どうやら造が投げたようだ。
「雲月ぃ……!」
ありったけの憎しみが造に向けられる。
「悪いけど、手加減できないかもだから!」
――もしかして、誰かが死なないといけない、のか?
不安は周囲に分散していたらしく、晴河が僕の体を優しく包んだ。
「雲月ちゃんに任せて大丈夫……安心して」
この前は敵だった相手の言葉なのに、何故か信頼感は高かった。
単に造への信用の問題かもしれないけど……。
とにかく今は無力な自分が悔しくて、情けなくて……どうにか止めたいと強く願った。
その直後、自然と体が動き出していた。
銃弾の嵐を駆け抜け、シュウの懐まで入る。素早くしゃがみ込むと右足の鎖に触れた。鎖は音も無く消える。
「なんでだよ……れ、ん……」
僕により殺されたと思ったシュウは涙を流した。
だが、呼吸も心臓も一向に停止する気配がないことで、シュウと晴河が悟る。
「鎖を見えなくする能力……!」
晴河が掠れた声で叫んだ。
「ねえ!殀って香水なんかつけてたっけっ!」
「つけてないはずだ」
「でも、柘榴の香りがするんだけど」
晴河は周囲をキョロキョロと見回した後、何かに気づいたのか、勢いよく走り出した。
向かう先は何故か滑り台。
僕らの現在地は滑り台から数十メートル離れた砂場付近。そこから全力疾走だ。
けれどよく見ると、滑り台のてっぺんには小さな人影があった。
晴河のことも気になるが、とりあえず今はヨウのことだけに集中しないと……
ヨウはシュウのことを忘れたのか、造だけを直視していた。
「めんどくさいな!」
造は文句を言いつつ鎖を引き寄せ、短刀を奪った。その瞬間、造は顔を歪める。
「あ……あたし……短い武器苦手……」
情けない声を背中越しに聞き、僕はシュウの様子を気にしていた。
造にヨウのことを任せ、シュウが側に来る。
「ヨウの使命は鎖の切断に関連性があると思う」
「能力がわかって消したのか?」
こくんと肯定する。ヨウがあの使命を帯びたのは、きっと自分にも責任がある。決して無根拠なわけじゃない。晴河の『きる』に対し、僕が使用してしまったあの能力はまるで……
「ヨウはきっと、『ころす』能力だ」
「それって……」
「だからシュウを助けないとって思ったんだ」
ヒントになったのはたった一つ――子供の頃のヨウの口癖。
その原因は僕にもある。だから助けて、話し合いたい。
「僕の望みは日常だけだから」
僕を男として扱う二人の男友達。その和に入る姉妹のような女友達。
そして、そんなみんなと過ごす平和な日常……