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命の鎖  作者: 雨偽ゆら
始まり
7/38

『雨原 レイ 2』

 公園まで来ると、何故かヨウがブランコで揺れる姿があった。

 いつもの輝かしい光が消え、虚ろになった瞳が鈍く僕らを捉える。


「ヨウ……?」


 力が抜けて垂れ下がっていた体を、僕らの方へ向ける。


「くくっ……やっぱレンと来たんだな……」


 ヨウが顔を伏せたことにより髪で目が陰った。口角を上げて白い歯を見せながらニイッと笑う。


「君がレンとデートすればいいって言ったんだろ」


 珍しく嫌味っぽくシュウが述べる。ヨウと僕の間に割って入り、庇うように手を広げた。


 ――今、レンって……


「……そういえば、そんなこともあったな」


 ぽたっ……と何かが落ちる音がする。


 横向きで気がつかなかったが、ヨウは短刀を手にしていた。

 短刀には血液がべっとりと絡まっている。よく見ると服のあちこちが赤黒い。


「ヨウの様子がおかしい……逃げよ、シュウ……」


 この際、自分のことは棚にあげた。恐々とした声で逃走を促したものの、シュウは動こうとしなかった。


「昔からムカついてたんだよ……お前には……」

「恵まれているお前には、言われたくない……」


 ヨウの答えを聞き、シュウは一歩下がった。

ウエストポーチからモデルガンを抜く。


「使命はぶつかるようにできてる。晴河さんの言った通りだ」


 後悔するようなシュウの口振り。一方僕は鼻の奥に腐臭が届き、眉をひそめる。

 目を凝らしてみると、ヨウの足下には不自然な紙袋が置いてあった。




 まるで、頭1つ分くらいの……



         ☆☆☆



 集からの電話があった後、あたしは栞を捜すために街をさ迷っていた。

 首根っこ引っ付かんで連れて行く約束をしたのはもちろんだけど――


「ほっといたら、何しでかすかわかんないもんね」


 数時間もすれば、街を半分ほど回ってしまい、いつの間にか中心部の森まで来ていた。流石にこんなところには居ないと思うけど、念のためというやつだ。


 鬱蒼と生い茂る木々により遮られ、太陽は僅かな明かりと化していた。薄暗い森を歩むには、これを頼りにするしかない。

 雨と土の匂いが嫌というほど鼻についた。

 歩く度に靴に泥が纏わりつき、道が無いために時々枝が服に引っ掛かる。


「…………るのよ!」


 森の中から鼓膜が破れそうな怒鳴り声が響いた。距離があるからか、上手く言葉を聞き取ることはできなかった。

 あたしは気配を消して森を突き進み、声がした方を目指していた。木々の間を歩む毎に声は明瞭になっていく。


「だから!契約者は何人かって聞いてるのよ!」


 視界に入ったのは、木の上で寝る和服の少女と、少女に頭にきているのか憤怒するの栞の姿だった。

 先ほどからあしらわれていたのか、栞は意地になって問いただしている。


 少女は透き通った体を持つ幽霊で、あたしも会ったことがある。『つくる』使命を与えた張本人だ。

 木の枝に腰を下ろし、足を宙で交互に動かす。いかにも眠たそうな顔で欠伸をした。


『……今のところはお主を含み7人、じゃな』


 どこかぐったりとした暗いオーラを周囲に撒きながら、かったるそうに答えた。この古風な話し方は見た目と少々合っていないように思える。


「今のところ……?」

『我は退屈が嫌いでの、管理者達を観察していたいのじゃ』

「観察?」

『うむ。特に争いは感銘さえ受けたのぅ』


 幽霊は遊園地に行く前の子供のように、興奮気味に言う。


「私達は、ゲームの駒じゃないわっ!!」


 木陰に潜みながら盗聴していたけれど、栞が管理者同士のいがみ合いを阻止しようとしたことが分かり、ホッとしていた。

 とはいえ、この前戦ったのはあたしと栞だけど……


「使命はわざとぶつかるようにしていたの?それとも、元々歪な人間関係を狙って与えたの?

 あなたの意図はわからないけれど、少なくとも私は、悪趣味に付き合おうとは思わないわ!」


 幽霊に向かって強く抗議した。

 けれども幽霊は、栞の言葉を無視しながら、木の下にある池を覗き込んでいた。


「次の対戦は随分面白き組み合わせぞ」


 発言を耳に、乗り出さんばかりの勢いで栞も池を覗く。


「集君と殀君……?」


 幽霊が告げた組み合わせ、青ざめた栞の表情に、あたしは息を飲んだ。

 あの二人は、いつ崩れてもおかしくない関係だった。連が辛うじて繋ぎ止めているような、危うい絆。


「急がんでよいのか?一方が死ぬやもしれぬぞ?」


 栞は悔し紛れに幽霊を睨み、恨んだ。


「まあ、そう怒るでない。我が二人を戦場へ送ってやろう」


 止める暇などなかった。

 幽霊が何か口ずさみながら、パチンと指を弾くだけ。たったそれだけで、一瞬にして公園の前に移動していた。

 盗聴していたあたしも飛ばされていたので、栞が大いに混乱していた。


『ヒントは……裏は純粋な告白でひっくり返る、ということじゃ…………』


 消えた幽霊の声は刃に弾が衝突する音により吹き飛んだ。


 武器を構えて対峙する二人。ただならぬ空気に押し潰されたのか、両者の親友であるレイちゃんは腰を抜かしていた。


「殀君の様子がおかしいわ!武器を取り上げて!」

「まかせて!」


 ……とは言ったものの、迂闊に近寄ることはできなさそうだ。

 時おりここまで飛弾することがある。


「雲月ちゃん、この距離でどうするの?」


 もちろん、竹刀で突っ込むことも考えたけれど、視覚外という安全圏から狙いたい。となると、あれの出番のようだ。

 あたしは胸を張り、自信満々に答える。


「投げ縄の要領でどうにかできるはず」

「縄なんてないじゃない……」


 あたしは答えの代わりに、その辺に生えていた猫じゃらしを抜いた。軽く念じ、猫じゃらしが光輝くと、少し細めの鎖となった。

 あたしの『つくる』能力は形状が似たものを元にしたほうが、丈夫で壊れにくい物が完成する。


「そっちは雲月ちゃんに任せるわ。私はレイちゃんを……」


 顔を見合わせて頷き合うと、それぞれの仕事に移った。



         ☆☆☆




「その紙袋の中身、なに……?」


 嫌な想像図が頭を過り、僕は刺激しないことを願いつつ問う。


「レンもよく知ってるだろ?」


 ヨウの冷たい視線に耐えながら、思考を巡らせ――最悪な結果が出てきた。


「まさか……」


 ――パァンッ!


 シュウが狂気を撒き散らすヨウへと、容赦なく発砲していた。

 弾がヨウの短刀に触れると、次の瞬間には衝撃音と共に辺りが目映く発光した。

 どうやらシュウは普通とは違う、特製品の弾を使用しているようだ。


「ヨウ……」


 僕は足の力が抜け、へなへなと座り込んでいた。

 二人の戦闘に、僕が割り込む術はない。


「いや……やだよ……」


 間合いを広く保ちながらシュウは銃撃を繰り返す。それに伴い、ヨウは弾を切り捨てながらシュウに歩み寄っていく。

 震える肩をそっと抱かれた。「大丈夫?」と暖かみある一言が耳元で囁かれる。


「栞さん……」


 溢れそうなほどの涙が瞳には溜まっていた。晴河は優しくハンカチを手渡してくる。


「ありがとう」


 元気がない僕の声に晴河は心配そうな表情になる。

 何もできない僕自身の無力さを噛み締めながら、僕は戦場を見つめる。


 シュウは公園の隅に追い詰められ、ヨウが刀を振りかざした 。

 思わずぎゅっと目を瞑る。


 しかし、刀にはヘビのように鎖が絡み付いていた。意思があるかのように噛みついたまま放さない。

 鎖を辿ると、どうやら造が投げたようだ。


「雲月ぃ……!」


 ありったけの憎しみが造に向けられる。


「悪いけど、手加減できないかもだから!」


 ――もしかして、誰かが死なないといけない、のか?


 不安は周囲に分散していたらしく、晴河が僕の体を優しく包んだ。


「雲月ちゃんに任せて大丈夫……安心して」


 この前は敵だった相手の言葉なのに、何故か信頼感は高かった。

 単に造への信用の問題かもしれないけど……。


 とにかく今は無力な自分が悔しくて、情けなくて……どうにか止めたいと強く願った。


 その直後、自然と体が動き出していた。

 銃弾の嵐を駆け抜け、シュウの懐まで入る。素早くしゃがみ込むと右足の鎖に触れた。鎖は音も無く消える。


「なんでだよ……れ、ん……」


 僕により殺されたと思ったシュウは涙を流した。

 だが、呼吸も心臓も一向に停止する気配がないことで、シュウと晴河が悟る。


「鎖を見えなくする能力……!」


 晴河が掠れた声で叫んだ。


「ねえ!殀って香水なんかつけてたっけっ!」

「つけてないはずだ」

「でも、柘榴の香りがするんだけど」


 晴河は周囲をキョロキョロと見回した後、何かに気づいたのか、勢いよく走り出した。

 向かう先は何故か滑り台。

 僕らの現在地は滑り台から数十メートル離れた砂場付近。そこから全力疾走だ。

 けれどよく見ると、滑り台のてっぺんには小さな人影があった。


 晴河のことも気になるが、とりあえず今はヨウのことだけに集中しないと……

 ヨウはシュウのことを忘れたのか、造だけを直視していた。


「めんどくさいな!」


 造は文句を言いつつ鎖を引き寄せ、短刀を奪った。その瞬間、造は顔を歪める。


「あ……あたし……短い武器苦手……」


 情けない声を背中越しに聞き、僕はシュウの様子を気にしていた。

 造にヨウのことを任せ、シュウが側に来る。


「ヨウの使命は鎖の切断に関連性があると思う」

「能力がわかって消したのか?」


 こくんと肯定する。ヨウがあの使命を帯びたのは、きっと自分にも責任がある。決して無根拠なわけじゃない。晴河の『きる』に対し、僕が使用してしまったあの能力はまるで……


「ヨウはきっと、『ころす』能力だ」

「それって……」

「だからシュウを助けないとって思ったんだ」


 ヒントになったのはたった一つ――子供の頃のヨウの口癖。

 その原因は僕にもある。だから助けて、話し合いたい。


「僕の望みは日常だけだから」


 僕を男として扱う二人の男友達。その和に入る姉妹のような女友達。

 そして、そんなみんなと過ごす平和な日常……

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