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命の鎖  作者: 雨偽ゆら
始まり
6/38

『雨原 レイ 1』

 連達が住んでいる街の最果てにて、ナップザックを背負った青年がいた。どこか連と似た面影を持つ彼は、風に髪を撫でられていた。


 靴は泥だらけ、服はボロボロなつぎはぎだらけのもの。土埃が全身につき、普通の人なら迷わずシャワーを浴びるだろう。


「やっと戻ってこれた……レンもヨウもシュウも、元気に過ごしてんのかな……」


 手にしていたバットをケースに納めると、久しい故郷の空を眺めて青年が呟く。


「自炊できてなかったら、あいつの事ぶん殴るかな」


 物騒な言葉に反応し、電信柱に止まっていた鳥が一斉に羽ばたいた。

 街の中心部である森のほうへと、その姿は消えていく。


「さて――」


 懐かしい故郷に胸を踊らせ、昔と変わらぬ街へ、青年は足を踏み入れた。




         ☆☆☆




 土日に集とのデートが決まり、僕はデパートへ買い出しに来ていた。

 こうなった原因であるヨウは、きちんと荷物持ちとして連行してきている。


 今は別人になりきるため、髪型を変えようとウィッグを見にきていた。


「僕って短髪だから、やっぱりこれあったほうが女の子っぽいよね?」

「ウィッグぅ?かつらの間違いだろ」


 怪訝そうなヨウの対応になんとなく腹が立つ。質問と答えがずれてるし……


「ウィッグのほうがオシャレな気がするじゃんか」


 むきになるとこじゃないだろうけど、なんとなくむきになってしまう。

 ヨウは相手するのが面倒になったのか、はいはいと軽く流した。


「まあ、確かに長いほうが女っぽいな」


 ヨウは適当に取った黒い長髪のウィッグを被せてきた。ジロジロと観察する。

 どうやらお気に召さなかったらしく……


「茶髪だな」


 どうやらヨウは茶髪が好みらしい。

 僕としては黒髪で充分だと思うのだけど、ヨウが茶髪以外譲らないので、ウィッグはすぐに決定した。


 洋服店が並ぶフロアへと移動する途中で、ヨウはわざわざスマホで流行をチェックしていた。


「次、服だけど……スカートとワンピと短パンのどれが1番女の子っぽい?」


 僕自身が流行なんかには疎いので、ヨウにちょっぴり期待してみる。


「えー……フリッフリのレースたくさんついたワンピでいんじゃねえか?」

「そ、そんなかわいいの、似合わないもん……」


 流行については理解できなかったらしい。

 それにしても、女性服売り場にいることさえ恥ずかしいのに、女の子らしい服を着るのは……死にそう。


 ――いや、一応憧れてはいるけど似合わないし、僕っぽくないというか、ね。


「そんなに嫌ならズボンにしとけよ」


 ヨウは僕の恥ずかしがる姿を見て、すっかり呆れて呟いた。どうやら無理強いするつもりはないらしい。


 そんなこんなで、服装はシャツと短パンとチュニックに決まった。

 動きやすいし、スカートははきなれてないからよかった。


「じゃ、次は……化粧?」

「え」


 僕の反応にヨウが不思議そうに首を傾げる。


「女って化粧するだろ?」


 うろたえる僕をヨウは困ったように見つめてきた。だが、すぐに理由を理解したのか、頬を汗が伝う。


「まさかお前、化粧」


 ヨウから目を反らし、羞恥心に耐えながら言葉を紡ぐ。


「……したことない」

「……だよな。小学生は相当大人びてないと化粧しないもんな」

「中学生の時から男装だもん」

「そりゃそうだ」


 二人して酷く落胆する。わざわざ中学校を変えてまでシュウにこのことを隠すので精一杯だったし……

 化粧なんてどこに何をつけるかとかもわからないし……絶対に無理だって。


「よし!」


 ――どーしても取り消してくれないのかなぁ……。


「本当のことを話して晴河先輩に手伝ってもらうってのはどーだ!」

「自害する」


 自然と、涙の雫が目に溜まっていた。


「泣くほど隠したいのかよ?!」


 ヨウは驚愕しながらも他の方法を考えてくれていた。でも化粧をやめるという選択肢はないらしい。


「うーん……保険の先生は出張だし、事情を知る人は他にいないし……」


 ヨウが僕のために頭を悩ませてくれて嬉しい。もしかしたら子供の時の恩返しのつもりなのかもしれない。


 何か思いついたのかはっと顔を上げ、微笑みながら答えを告げる。


「もう諦めろ♪」



 ――期待した僕がバカだったようだ。



         ☆☆☆



 ずるずると引きずられながらたどり着いたのは晴河の部屋の前だった。躊躇する暇もなく、ヨウは迷わずチャイムを押す。

 逃げ出したいものの、しっかりと腕を掴まれていた。

 扉が開き、出てきたのは、少し寝惚けた造だった。


 造は目をこすり、大きく欠伸をする。


「殀、どうしたの?」

「この子に化粧してくんないか?」


 造の目の前に立たされ、顔が近くなる。実はウィッグを被り、服装もデート用のものを着ているのだが、バレないかドキドキが止まらない。


 事情を知らない造からしたら、きっと女装趣味の変態……に、なるのだ。

 ポチャンと、水が落ちる音が聞こえた。


「……かっわいい!」


 造は見ず知らずだというのに、いきなり僕に抱きついてきた。頬をすりすりと擦り付け、こそばゆい。


「誰?このお人形さんみたいな子!」

「レイちゃん、化粧したことないらしくってさー……というか、ここ晴河先輩の部屋だよな?」

「朝ごはん食べる?どこかでお茶する?オシャレなお洋服屋さんでも案内して――」


 ヨウの言葉は聞こえていないらしい。そんな暴走中の造の頭部をしゃもじが襲った。


「もう朝ごはんできたわよ」


 中から声がかかり、造は慌てて振り向く。


「しおりー!お客さん入れてもいい?」

「別に朝ごはんも余ってるしいいわよ」


 返答を聞いた造は僕らを部屋に招き入れた 。

 2つの部屋は一体化し、晴河と造はルームメイトとして仲良くなったらしい。


「今日は雲月ちゃんの大好きなカレーよ」


 晴河はわざわざ僕らの分までよそって机に並べてくれた。給食に出る甘口なカレーではなく、家庭によくあるカレーらしい。

 ルーとライスを均等にスプーンですくい、口へ運ぶ。スパイシーで普通のより辛味が強いけれど、お肉に味がしっかりついてるし、すごいうまい。


 意外にも晴河は料理ができるらしい。


「そういえば……このお肉美味しいけど、何のお肉?」


 どうやら造は一切手伝っていないらしい。まぁ、寝起きぽかったし、当たり前か。

 不気味なことに、晴河がにっこりと笑う。





「人肉よ」



 ――カランッ……


 ヨウのスプーンが床へ落ちていた。


「雲月ちゃんがそんなに気に入ったなら、明日また狩ってきてあげるわね♪」


 嬉しそうに浮かれる晴河をよそに、僕らはすっかり血の気が引いていた。

 そういえば毎日のように鎖を『きる』って言ってたのに、ここ数日は会っていなかった気がする……


「どうせなら、夜はユッケとかにする?生でもさばきたてならおいしいわよ~」


 悪気も悪意も無いから怒りにくいのか、造がすっかり無言になっている。


「じょ、冗談よしてくださいよ晴河先輩」


 ヨウはわからないだろうけど……絶対これは冗談じゃない。


「栞、あたしあんまりお腹空いてないからもうい」

「残しちゃ駄目よ雲月ちゃん」


 間髪入れずに晴河の反論。造からは焦りの色がしっかりと窺える。


「そっ、それに、レイちゃんは集と約束あるから、早く準備してあげないと!」


 僕としては少しきつい言い訳だと思うが、どうやら晴河は納得してくれたらしい。


「まあ……それもそうね……」


 造がごまかしてくれたおかげで、晴河はカレーを食べることを無理強いしないでくれた。



         ☆☆☆



「それじゃ、がんばれよっレン!」


 緊張する僕を、わざわざ駅前まで送ってくれたヨウが、手を振りながら去ろうとする。その服の裾を、思いきり引っ張った。


「あ……ありがと……」


 まともに顔を見れずに呟くと、クスッと笑うヨウの声が聞こえた。


「おう」


 頭をポンと撫でてから、ヨウはその場を後にした。背中を目で追いつつ、マチ兄のことを思い出す。


 ――今、どこで何してるのかな?


 人混みの中に、一瞬だけ見覚えのある影が見えた。背が高くて、僕と同じ黒髪で、いかにも旅をしているような――


 人混みを掻き分け、バタバタと影へ向かって走り出す。色々な人にぶつかりながらも、懸命に追いかける。


 ――ドンッ!


「いたっ……」


 女性とぶつかってしまい、すぐに頭を下げる。ほんのり、柘榴の香りがする。


「すいません!」

「ちゃんと前歩かないと、ケガしちゃうのですよ!」


 独特の喋り方をする女性は、それだけ言って不機嫌そうに歩いて行った。


 既に姿を見失ってしまい、顔を見て確認することは叶わなかった。

 重い足取りで待ち合わせ場所へと戻る。


 ヨウに選んでもらった洋服。

 晴河と造に施してもらった薄めな化粧。

 シュウはどう思うかな?


 ――できたら、かわいいとか、似合ってるって言ってほしいな……


 緊張で鼓動は速まるばかりだ。初恋相手で、しばらく会ってないらしい。

 というのも、小学生高学年から、中学校までの記憶がすっぽりと抜けている。

 シュウも同じようで、僕のことを忘れてしまったらしい……


 僕の偽りかもしれない記憶は、すべてヨウに聞いたものだ。正しいかはわからない。でも、正しいと信じたい。


 時計が約束の時刻を告げる。


「レイちゃんだよね?」


 背後から聞こえた声に振り返ると、いつもよりオシャレな服のシュウがいた。


「うん。久しぶりだね」


 声の高さを調節しながら喋りかける。だが、一瞬にして緊張がピークに達し……


「まぁ、私としてはキミと会うつもりなんか露ほどもなかったのだけど」


 突っ張った態度になってしまい、心の中では後悔が山のように募っていた。


「でも俺はずっと会いたかった!」


 告白じみた言葉に顔が一気に熱くなる。


「……別に、会いたくはなくても、今どうしてるかなとか気になったりはしましたけど」

「ほんとか!?」


 いつもは見せることのない可愛らしい笑顔に、目眩がしそうになる。


「そ、それで、どこに連れてってくれるの?」


 ――頼むよ女の僕、どうかツンツンするのはやめてくれ。


 僕の心境とは裏腹に、シュウの気に障った様子はない。笑顔を絶やさず、ワクワクとしているようだ。


「思い出の場所巡りは?」

「思い出の場所って公園と駄菓子屋くらいじゃないの?」

「じゃあ、みんなで遊ぼうぜ」


 急に遊ぼうっていうのもどうなんだろう。というか、まさかみんなって……


「公園で昔みたいにさ!」


 僕は楽しませようとするシュウに、見事な悪態を発揮していた。


「子供じゃないんだから、公園で遊ぶわけないでしょ」


 ――お願いだからもっとかわいい女の子でいようよ!


 自分で自分に言い聞かせながらも、シュウに対して素直になれない自分を否定できなかった。


「みんなで遊ぶの楽しいよ、きっとさ」


 横目でシュウの様子を窺うと、純粋に遊びたいだけのようだった。

 ヨウも幼さが目立つけれど、ヨウは母親に殺されかけた際に時間が止まったまま。シュウの場合はまだ成長しきれていないんだと思う。


 子供っぽいと言えば、僕も人のことを言えないけど。

 主に胸部とか…………


「そこまで言うなら遊んであげてもいい、けど……」


 本当ははしゃぎたいのに、女の僕は意地っ張りだ。

 肯定であることには代わりないからか、シュウは嬉しそうな様子だ。すぐにスマホを取りだし、リダイヤルを始める。


「あれ?連のやつ出ないなー」


 真っ先に僕にかけたんだ……破壊されたから、かかるわけないけど……


「次っ!」


 今度は出てくれたらしく、相手の声がスマホから漏れる。


『もしもし?集、どうしたの?』


 聞き覚えのある声に背筋が凍る。


「今すぐ晴河さんと公園に来てくれないか?」

『別にいいけど……栞なら隙を見て逃げたよ?』


 ――逃げた??一体二人は何をしてたんだ?


「逃げたって?」


 僕が不用意に聞けないことをシュウが代弁してくれる。


『えーと……脱獄ルール付きのどろけい?』


 誤魔化しているようなセリフだが、多分本気だろう。

 この様子だと戦闘も付いてきそうだ。


「どろけいかー……」


 納得しながら何かを考えている様子だ。何かとは多分どろけいをするかどうかだろうけど。


『発見したら栞のことも、連れてくからね』

「よろしく!」


 通話を切ると、シュウは誰かに連絡しようとした。

 だが、電話帳を開くと険しい顔つきでスマホを仕舞った。

 その表情は憎しみや嫉妬のようにも見え、シュウらしくないように思える。




 ただ――画面に写っていた、嵐里殀という文字だけが印象に残っていた。

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