表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
命の鎖  作者: 雨偽ゆら
始まり
3/38

『晴河 栞 2』

 放課後になると、晴河と約束していた昨日の現場に来ていた。


「本当に来るとは思わなかったわ」


 意外だったらしく、晴河は目を見開いていた。足を組み、古びたベンチに腰掛けている。


「さっきの話はどこまでが本当?」


 余計なことには触れないように、内容を限定して問う。


「そうねぇ……」


 顎に人差し指を付け、ニヤリと笑う。


「全部、よ」


 驚きの回答に絶句する。


 ――全部って、まさか……



「お察しの通り、私が連続殺人事件の犯人よ」


 やっぱり晴河が殺したのか……

 心が重くなるのを感じた。


「それで?」


 求められているのが昨日の答えだということはわかっていた。

 つまり……他人のために、人を殺せるかということ……

 けれども決心は既に固まっていた。

 深く息を吸い、呼吸を整える。目を鋭く光らせると、今後の展開への覚悟もできた。


「断りにきた」

「そう」


 思ったよりあっさりとした返事だったために拍子抜けしてしまう。てっきり脅されるのだと思っていた。


「もともと、鎖を切るのは私の使命だからいいわ」


 そう言いながら僕に近寄り、手を伸ばせば届くほど距離を詰めた。


「貴方はどうして鎖を切れたの?――いえ、それよりも大事なのは貴方がこの鎖を見えること」


 考えたことなんてなかった。見えるのが普通だったわけだし。

 なんで見えるようになったんだっけ……?


 必死に記憶を探る僕にカッターナイフが突き付けられた。


「私が質問したことには全て答えなさい」


 恐くて声が出ないので、仕方なく首肯する。

 震える体には今すぐにでもカッターナイフが刺さりそうだ。


「何故、鎖が見えるの?」

「覚えて、ないです」


 晴河を刺激しないように注意を払って答える。


「次。昨日は何故鎖を切ったの?」


 晴河には『たかられたから』って略した説明じゃ通じないような気がした。

 諦めから、本当のことを話始めた。


「実は、シュウには美術の才能があって、賞もたくさん取ってるんだ」


 急にシュウの名前が出てきて、栞はキョトンとなったようだった。

 僕はそんな様子に構わず、話を進める。


「で、上級生達はそれを妬んで脅そうとした」


 シュウの絵は本当にキレイで、上級生は足元にも及ばない没作品ばかり。


 ――でも、それはシュウが子供の時から努力してる証なんだ。邪魔される謂れはない。


「止めようとした僕に、上級生達はあろうことか金で解決すると言ったから拒否した。そしたら殴られそうになって反射的に――」


「さっきみたいに鋏を出して切ってたってわけね」


 納得したように頷く晴河はカッターナイフを握っている手を下ろした。


「貴方はどうなってもいいけれど……早く探すべきかもしれないわね……」


 どうなってもいいっていうのは酷いと思う。それに、探す?誰を……?


「事情がわかったから1つ警告しといてあげる」


 先程までとは違う真剣な目付きに気を引き締める。

 突然吹いた風が乱暴に髪を撫でまわした。晴河の整った黒髪も乱れ、瞳が隠される。


「もう鎖は切らないようにしなさい」


 理由はわからないが、その言葉は心に深く刻まれた。


「じゃあ晴河は……どうして人を殺すんだ?」


 今度は、僕が栞に訊く番だった。


「そうねぇ……」


 晴河は腕を組み、首を捻りながら悩みだす。


「使命ということもあるけれど、1番は趣味かしら」


 思わぬ回答に眉をひそめる。


「使命と、趣味?」


 ふふっと笑い、栞は続ける。


「そう。私はとある幽霊から使命を任された。それと同時に不死身になってしまったから、私は死者に憧れがあるの」



 ――幽霊?不死身???



 晴河と話していると謎が増えるばかりだ。


「死者に憧れを持つなんて、正気かな?」

「ええそうよ。断言するわ」


 冗談だとは思えない言い方だ。


「私は死ねないからこそ、人の生に興味があるのよ」


 晴河は一度収納したはずのカッターの刃を出し始める。出す度にカチカチと音がする。


「さて――」


 晴河の目の色と目付きが、変わった。


「今日は貴方にするわ」


 晴河はカッターを僕の腕に向けて横薙ぎに振るった。それだけで鎖を狙われているとすぐにわかる。


「くっ……!」


 僕はそれを鋏で挟み、止めた。鎖には間一髪だが、触れなかったようだ。

 手に力を込め、刃を切れ目に沿って折る。


 ――バチン!と、激しい音が響いた。


「一瞬で判断できるなんて、たいしたことだわ」


 左手でもカッターを掴み、首筋を狙って投擲してくる。横へ体を捻ってかわした。

 壁を蹴ってから晴河の後ろへと跳躍する。

 膝裏辺りに蹴りを入れると、晴河の足は折り畳まれ、膝が地についた。

 軽く息を整えたのも束の間、晴河はブリッジのように体を後ろへ反らせ、カッターを投げてきた。鋏で全て叩き落とすと、僕の耳に拍手が届いた。


 既に晴河は立ち上がり、手を叩いていた。晴河には随分と余裕があるようだ。

 すぐにカッターを構えて僕の方へ突っ込んでくる。


「戦闘苦手そうなのに、意外とやるわね」


 お返しとして、思いを告げる。


「晴河こそ、戦闘は得意そうだったのに弱そうだぞ」


 言葉を交わし、互いに笑う。

 突っ込んできた晴河に対して僕はカッターを持った手を握った。

 刃が刺さらないように気をつけて足を引っかけ、転ばせる。


「きゃっ!」


 女の子らしいかわいい声を出して晴河は地面に倒れこんだ。受け身はとれなかったらしい。

 何故か僕のことをじっと見つめ、固まっている。

 しばらくは心ここにあらずという様子であったが、ハッと意識を取り戻した。


「……しばらく、動けないみたいだわ」


 その呟きは逃げろと言うようなものだった。でも、急にどうして……?


「敵わないと、わかったのよ」


 聞く前に返答されてしまった。晴河は本当にそんな簡単な理由で?


「貴方はお兄さんがいるんでしょう?」

「一応」


 思わぬ問いに動揺を隠せない。

 兄さんは放浪癖があるから、ここ数年は戻って来ていなかった。

 中学の頃から、服は全て兄さんのおさがりだった。この制服だってそうだ。

 自らの服やカバンを僕に託して、家を出て行った。僕の服は小学生の時のもの以外、燃やされていた。


「皮肉にも女の子に優しいところが、お兄さんと同じだったわ。同じ学校だった時から今までずっと好きなのよ」


 兄さんが高校に通ってた頃は2年くらい前まで……その時から好きだったんだろうか。


「早くしないと、気が変わっちゃうわよ?」


 イタズラっ子のような幼稚で無邪気な笑み。僕は微笑むと晴河に背を向けた。


「兄さんは僕が住んでる所に必ず戻ってくるよ……あそこは兄さんと二人暮らししてたんだから……」


 そう告げると僕は犯行現場から逃げるように歩き出した。




 その途中、スーパーに立ち寄り、夕食の買い物をすることにした。暢気だと思われても仕方ない。


 今日は造やシュウに料理を振る舞うと約束していたし。

 スーパーにはある程度の野菜が揃っていて肉も色んな種類がある。今夜はシチューと決めていたものの、安くてお買い得な商品を見ていると惣作意欲が高まってくる。

 豚肉とブロッコリーとカボチャとジャガイモと玉ねぎ……後は造が嫌いだけどニンジンくらいかな。手にした食材を次々とプラスチック性のカゴへと投入する。


「シュウは美味しそうに食べてくれるし、造はよく食べるし、たくさん作らないとなっ」


 嬉しさのあまり、ついつい笑顔になった。


 ――よし!材料も揃えたし、そろそろ帰るかな。時間かけて下ごしらえしたいし。


「お前がそんなに買うなんて珍しくねぇか?」


 同じレジに並んで声をかけてきた少年は、幼馴染みの『嵐里(らんざと) (よう)』だった。

 アイスを片手に手を振っている。


「今日は友達が夕食食べに来るからさ。シュウと隣に住んでる子」

「おー。雲月とシュウか」


 ヨウとシュウも、顔見知りであり、幼馴染み同士なのだ。ただし、クラスが違うために最近は一緒にいることが少ない。


「ヨウも来る?」


 僕に訊ねられ、ヨウはポカンとしていた。


「……俺なんかがいてもいいのかよ」


 もちろん頷く。


「隣のクラスってことなんか気にせず、後で来なよ」


 ヨウはいつもの怒っているような顔を綻ばせ、昔と同じ ように暖かく笑った。


「了解」



         ☆☆☆


 ヨウと別れてから両手に荷物を持ち、アパートの階段を登っていた。部屋は2階にあるから、大荷物の時はきつかったりする。

 普段なら楽々なものの、まだ中央にさえ行き着いてないのに息が切れていた。


「はぁ……」


 力が抜けるような感覚があり、頭の中が真っ白になりつつある。

 ふらつく頭を手で抑えながらやっと2階にたどり着き、自分の部屋の前で力尽きた。


「なんで、こんな……」


 視界の端で右腕についた鎖にヒビが入ってるのに気がついた。

 一応避けたつもりだったがカッターがかすったのかもしれない。

 今にも消えそうな意識、強い恐怖感の中で、ふと誰かが恋しくなった。


 ――いや、誰かじゃない。自分が辛い時、いつも側にいて助けてくれた……僕にとってのヒーロー……


「おにぃ……ちゃん……」


 虚空に向けて手を伸ばし、いないはずの人物が掴んでくれるのを願う。

 口の中にはどこも切れてないはずなのに、血の味が広がっていた。


 絶望の底で僅かな希望を求める中、ぎゅっと手が握られた。

 手は暖かくて柔らかいが、何故か少しゴワゴワとしている。


「鎖が傷ついてるの?」


 心配そうな声。聞き覚えがある。


「……多分」


 僕の返答に、一瞬ビクッと相手が反応した気がする。

 もしかしたら意識が無いと思っていたのかもしれない。


「すぐに助けてあげるからね」


 ゴソゴソと鞄を漁る音が聞こえる。

 腕にわっか状の何かが通されると、急に苦痛は消え去り、体が楽になった。

 朦朧としていた意識も正常に働いている。


 起き上がって救ってくれた恩人を見る。すると、やはり僕が知る人物であった。


 造は何故か手袋をつけ、僕の腕をじっと見ている。


「やっぱり……連も見えてるんだ……」


 右腕を見ると、切れかけた鎖の他に鎖編みされた紐があった。

 ズイッと造が詰め寄る。


「連続殺人は連が犯人じゃないよねっ!」


 必死に否定を望む造。僕が頷くとホッと息を吐いた。

 紐に造の手が触れる。


「古い鎖が切れるとね、この糸が鎖に変化するの」


 僕の貸した鋏を、造はノコギリのように使い鎖を切った。

 古い鎖が消え、紐が重みを持ち、気づけば新たな鎖となっていた。

 緊張の糸が切れたからか、先ほど感じた違和感について思い出す。


「そういえば、どうして手袋してるんだ?」

「それはっ……!」


 造は手をぎゅっと胸の前で抱えた。もしかしたら、触れてはいけない内容だったのかもしれない。


「その、幽霊との契約で……」


 そう言って造は口ごもってしまった。表情はどんな言葉も当てはめることができない。ただ辛いということだけが伝わってくる。

 あまりにも非情なのはわかっていた。けれど、僕はどうしても聞かなければいけない気がしていた。


「造。教えてほしいんだ」


 思いは伝わったようだが、造は戸惑いが体の動きとして表れていた。



 しばしの沈黙。



 ……やがて、造は口を開いた。


「あたしは……幽霊と契約して、鎖をつくることができるようになったの」


 僕はおとなしく造の話に耳を傾けていた。


「契約の対価として、人に直接触ることはできなくなった……でも、後悔はしてない」


 手袋をすることでやっと人に触れるのか。気づかなかった……中学の時から一緒だったのに……。



 ――でも、なんだろう、この違和感は?



「集はこっちの人間じゃないから秘密にしてほしいし、できたら連にも関わってほしくなかった……!」


 造は今にも泣きそうな表情のまま、甲高い声で叫んだ。


「造……」


 疑心暗鬼になるのを隠しながら、造は必死に訴える。


「鎖が見えるなら連にも使命があるんでしょ?連続殺人の犯人は晴河栞だと思ってたけど、本当に連じゃないよね?!」


 次から次へと質問してくる造は、すでに感情の高ぶりが爆発寸前らしい。

 答えがない問題に困り果てるものの、わかりやすく伝えようと頭を悩ませる。


「ない」

「……え?」


 どうやら意味がわからずに聞き返してきたようだ。少し長くして、もう一度伝える。


「僕は、僕の使命がわからないんだ」


 造は不思議そうに首を傾げた。使命がないのはおかしいんだろうか?

 妙な空気感に耐えられず、急いで話題を変えた。


「それよりさっ!助けてくれてありがとう!」


 すっかり忘れていたお礼。けれども造は、しばらく暗い 表情を晴らさなかった。



         ☆☆☆



 部活が終わらないのか、なかなかシュウは来ない。

 部屋にはすでに造とヨウがいる。居間で他愛のない話をしているところだ。


「小さい頃のレンはいっつも泣いてて、マチ兄の背中に引っ付いててよお」


 僕の昔話を面白おかしく説明してくヨウ。僕は大人なので冷静に受け止める。


「きもだめししよーぜっ!てなった時なんか、ガタガタ震えて腰抜かしちまったんだ」

「それは盛りすぎだろ!」


 ハッと我に帰り、慌てて平静を取り繕う。


「茉お兄さんのこと、大好きだったんだね」


 先程のことなど忘れたかのように、造はからっとした笑顔を振る舞った。

 ちなみにマチ兄とは僕の兄の『雨原(あまはら) (まち)』のことだ。

 さっき晴河と話した通り、今はどこかで放浪者として過ごしているだろう。


「私もお兄さんのことが好きよ。貴方達も興味深いけれど」


 気づけば晴河もスプーンを持って和に入っていた。



 空気が、凍りつく。


「シチューの匂いに呼ばれてきちゃったの。そのためにピッキングしたわ」


 あっさりと犯行を認める晴河を僕らは呆れながら見た。


「それより、お兄さんの話は続けないのかしら?」

「いや、そんな言葉で誤魔化せないだろ」

「あら、そう?」


 あまりにも適当な晴河のことを、呆れずにはいられなかった。


「そりゃそうだろ!だって――」


 ピンポーンと、言葉を切るようにインターホンが鳴り、慌てて玄関へと走る。

相手を確認すると、ドアを開けた。


「悪い!遅くなった」


 手に包帯を巻き付けながら、シュウが入ってきた。服には微かに血の跡がある。皆の視線がシュウへと釘付けになった。


「あ、ちょっと手、怪我して……赤い絵の具ぶち撒けちゃったっていうかさ……」

「ケガならしかたないんじゃない?」


 造の言葉に苦笑しつつシュウは席に着いた。

 でも、シュウは言葉を濁していた。その違和感だけは決して拭えない。

 何があったのか気になりながらも、それを口にすることはできなかった。


「さて、じゃあいただきま ーす!」


 ヨウが声をかけ、ガツガツとシチューとパンへと食らいつく。


「いっただきま~す」


 元気に続いたのは造。


「……いただきます」


 静かに晴河も食べ始める。


 シュウも笑顔でシチューを口に運んでいる。

 大人数で過ごす、楽しい楽しい晩餐



 ――だが、それは最初で最後の事かもしれないのだった。




 本当なら、きちんとシュウの包帯を気にすべきだった。



         ☆☆☆



 沈黙が広がる森の奥にて、小さな少女が楽しげに笑っていた。

 少女の体はうっすらと透けていて、この世のものではなかった。


「あはっ!」


 幼い年齢故に出る高い声が響く。


「まだ役者は揃いきっておらんようじゃが、もう待ちきれぬ」


 実に愉しげに、好奇の眼差しを街へと向ける。


「あの出会いをキッカケに、再び鎖を巡る物語の幕を上げようではないかっ!」


 大きく張り上げられた声は、森の木々に吸い込まれた。


「もう後戻りはできぬぞ……?」


 動物でさえ、彼女に近寄ることはなく、幽霊は寂しそうな表情になった。


「……頼む、我と――」


 その切実な願いは、幽霊が告げた誰かに届くことはなかった。


『晴河 栞

 はれかわ しおり』


性別…女


年齢…不明


得物…カッターナイフ


思い人…雨原茉


住所…結城アパートの204号室


人の中に溶け込むのが得意で、気づかない内に連達に交ざっている。

人の死については好奇心旺盛。

造とは犬猿の仲。

栞という字には「きる」という意味がある。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ