『雲月 造 2』
歌巫女である歌花君と対峙することで、思い出してしまった悪夢。
――ずっと、記憶の奥深くに沈めていたはずなのに……どうして急に……?
恐怖で身体が震え上がり、冷や汗が止めどなく流れる。
「造、大丈夫?」
「ひっ……!」
心配してくれた連の手を払いのけてしまい、罪悪感が湧く。
本当は、他人に直接触れられないことが罰なわけじゃない……それは自分自身に科したものだから……
本来は記憶の忘却を許されない罰。
ただしこの記憶は思い出とかエピソードとか言うもので、決して勉強などの知識は含まない。
でも、なんでもかんでも記憶されてるなんて、あたしとしては物凄く怖い。きっと周りもそう。
だから誰にも言わない。
もう1つ、忘れられない悪夢も含めて…………
「落ち着いたか」
歌花君による涼やかな声が、波紋のように広がった。
連と殀は空気が一瞬にして変わったのを肌で感じ、座り直す仕草にさえ緊張が表れていた。
「殺し合わずに鎖姫を決める方法だったな」
「うん」
歌花君は小難しそうな表情を浮かべていた。眉間にはシワが寄っている。
連と殀の二人はただ黙ったまま動かない。あたしもそれに倣った。
「……本来、もうとっくに決まってんだ」
「それ、どういうことだよ……」
殀が絶望した様子で訊ねると、歌花君は溜め息をついてから目を向けた。
「この世界は2週目の世界だって言ったら……お前ら、笑うか……?」
飲み込めない様子なのは、唯一連だけだった。
「え?2週目って、なんで二人は信じられるの?」
連は嘘だとしか思えないらしい。けれども何やら考え込むうちに、辻褄の合わないことが出てきたようだった。
「前にみんなでシチューを食べた日、シュウは腕に包帯を巻いてたのに、次の日には元通りになってた……」
でも、それだけじゃない。
「前に雲月の日記見たとき、確か日付が重複してたりもした」
「……歌花君と殀が一緒にいる姿も、見なくなったよね」
あたしの指摘に対して、歌花君は目を丸くした。あまりにも予想外だったらしい。
「あんま歌巫女が干渉するのは良くねぇなと思ってさ、殀の側にいんのはやめたんだ」
「おまっ、忙しかったんじゃっ!?」
服装とは似つかわぬ言葉づかいや、殀とのやりとりに、思わずくすりと笑いが零れる。
「まぁ、1週目の世界では仲良くし過ぎて命を狙われたりしたかんな」
歌巫女という特別な地位だからこそ、ひいきが起こるかもしれないってことで、命を狙われたんだろうな……
「それで、鎖姫が既に決まってるってどういうことだよ」
「決まってんだよ、とっくに」
行儀悪くあぐらをかき、歌花君はめんどくさそうに頭を掻いた。
「1週目では全てを殺して生き残った風野集」
裏で糸を引いていたのが集だとわかっていたから、すんなり納得することができた。
問題はこの次の答え……
「この世界では、記憶を取り戻した雨原連だ」
記憶を取り戻した。つまり自分の能力に気づいた連が鎖姫ってこと?
「鎖姫は全ての管理を司る者。管理者を殺した場合には、その管理者の使命を代行することになる」
「つまり使命が譲渡されて、能力が増えるってことか?」
「ま、そーゆーこったな」
……そっか。鎖姫の条件が管理能力を全て使えることなら、代行する罰を受けた連は人殺しをしなくとも鎖姫になれるんだ。
本来なら連が鎖姫っていうのは決定してたはず、どうしてこんなにこじれちゃったんだろう……
「……すでに入った亀裂はすぐには修復できねぇよ。けど、お前ら3人ならなんとかできんじゃねーの?」
「なんとかって……」
歌花君は袖口から手紙を取り出して差し出してきた。
「これは前の世界から届いた手紙だ。希望にも絶望にもなるだろうな」
手紙を受け取った連はすっかり青ざめていた。それほど血の気が引いていたのだ。彩穂がペーパーナイフを渡してきたものの、連は躊躇していた。
「…………希望にかけるしかねーだろ」
殀の信頼の言葉を耳にし、連はやっと顔を明るめた。そして、背中を押されるままに封を切った。
中から出てきたのは手紙と写真だった。 神社の前で仲良く並ぶ管理者達の姿があった。
いつの間にか涙が流れていた。
「レン、早く手紙も読もうぜ」
「うん」
覚悟を決めて、連はその手紙を開く。
『未来の誰かへ
あたしは鎖の管理者です。妹や想い人を殺され、それでもなお、前へ進めと神は言います。
こんなことになったのも、謳海与叶が狂ってしまったから……
本来ならすぐに終わることだと思います。けれどそうならないのは、アイツのせい……名前を思い出すだけでトラウマが甦る、あたしにとっては最悪の敵……
――――曇橋涙を、止めて』
涙で前が見えなかったのか、手が震えていたのか、滲み跡と乱れた文字が目立つ手紙は、そこで途絶えていた。
「…………」
「一体、誰の……?」
手紙は間違いなく未来のあたしからのもの。『曇橋涙』に対してトラウマを持っている、一人称が『あたし』の人間は一人しかいない。
連の手から手紙がヒラリと落ちた。
「曇橋涙?」
「『もどす』力を持つ管理者だ。一回くらい会ったことあんだろ」
「いや、ないけど……」
不思議そうな表情を浮かべる歌花君。けれど、開きかけた口をすぐに閉じてしまった。
「どうしたんだ、由紀」
「いや……それより、他のやつにも伝えなくていーのかよ」
その言葉に、慌てて立ち上がると、ようやく歌花君は礼儀正しい姿勢となった。手を組み、祈りを捧げる。
「鎖姫様、御武運を……」
彩穂が、ボソリと呟く。
「時間は繰り返す。鎖姫が継がれない限りは、ね」
視線が自分に集まったのを感じたのか、一息ついてから言葉を続けた。
「雨原連様はきっと、命様の生まれ変わりなんだと思います」
話が終わったようなので、連と殀と共に、玄関を目指した。
鎖姫を選出するためのこの殺人ゲーム。もはやこれは意味を成していない。
なぜなら、すでに次の鎖姫は連に決定していたのだから。
与叶が狂っていなければ、この殺人は起こり得ず、全て丸く収まるはずだった。
けれども運命は連鎖し、与叶の好む狂劇の幕が開き続ける。
きっと歌巫女は何もできぬまま、鎖姫の命運をただ静観することしかできなかったんじゃないかな……
見てるだけで何もできない。それが一番辛いんだよね。
☆☆☆
窓から溢れた日差しが眩しかったのか、先程まで眠っていた栞は目を覚ました。
微かに異臭を感じたのも理由の一つかもしれない。
「ここは……」
栞は自分の部屋ではないことに驚くも、すぐに今の住居としての認識を思い出す。
「そっか、ここでしばらく暮らしてたのよね」
栞と茉は学校の教室に居た。二人が出会った、想い出の教室である。
隣で茉が起き上がった。寝ぼけているのか、視線が定まらない。むぎゅーっと栞に抱き着く。
「栞。ありがと、な」
「わっ、私は!」
「わかってるから」
栞の頭を優しく撫でる。それだけで栞の胸には暖かく優しい気持ちが広がっていた。
ふと、茉が固まる。
「あれ、何だと思う?」
茉が示した先で栞が見たものは、黒板に乱雑に書かれた「タスケテ」という血文字だった。
「ヨカノ?」
慌てて二人して黒板に駆け寄る。
滴るように垂れてゆく血は、微かに石榴の匂いが香り、それはまさに……
「うそ、だろ?」
黒板下の教卓裏には、臓器を引きずり出され、目と喉を潰され、脳味噌をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられた契の死体があった。
力のない手には心臓があり、文字を書いたであろう大きな筆が突き刺さっていた。
契を殺したいと願っていた栞でさえ、涙をボロボロと流してしまうほど無惨な姿。
「うっぐ……!」
茉は我慢できずにその場で吐き出す。
鉄錆びのような血生臭さが周囲に広がり、教室を支配している。
死体をバラバラにする、それはまるで……
「まさか、栞が殺ったんじゃないだろうな?」
思わぬ誤解に栞は首を振る。けれど、殺気が込められた視線にはたじろぐことしかできなくなった。
それでも懸命に声を絞り出す。
「私はっ!確か、に、契を恨んでた!……けど、私はっ」
「言い訳はいらないんだよ!」
勘違いのままに好きな人が激昂する姿を、栞は絶句しながら見つめていた。
「違うのよ……」
それ以上、言葉は出なかった。茉が近くの机椅子を蹴り、ガッタン!という大きな音が響く。
「いいから、俺の前から消えろよ……頼むよ、消えてくれぇっ!」
栞は好きな人の願いを受け入れた。
そして、好きな人の前から消える時に、好意を含めた心を捨てた。
「さよなら……私の、大切だった人……」
☆☆☆
新聞を読んでいたら、久しぶりに連続殺人に関する記事を見つけた。
栞が昔のようになってしまったんだと思っていたけれど、事態はさらに悪化していた。
――正確には昔以上の殺人鬼になってしまった。
発見される死体は、鎖どころか手や足を骨ごと断ち切られ、警察が拷問を受けた可能性を視野に入れるほど、大量の血痕が残っていたとのこと。
虐殺ともとれるこの行為は、新聞だけではなく、テレビでも大々的に報じられていた。
「誰から説得するべきか……なんて考えてたけど、これは決定かな……」
朝ごはんのトーストをくわえながら、連が苦い顔をしていた。
「まぁ晴河さんは説得するってタイプじゃないよな」
桟のことでも思い出しているのか、殀の表情も暗い。けれど、桟のことは姉のあたしが話をつけるべきだよね。
なにより、たった数日とはいえ、ルームメイトだったんだもん。
お姉ちゃんみたいに、思ってたんだ……
気づけばテーブルを叩き、二人はあたしを驚いたように見ていた。
「栞は、あたしが止めてみせる……!」
『雲月 桟
くもつき さん』
性別…女
年齢…12才
得物…彫刻刀
思い人…嵐里殀
住所…???
造の義理の妹。養子としてやってきた。
偶然出会った殀とは同じような境遇であり、心引かれていた。殀の気持ちにも気づいていた。
使命は人と人を繋ぐこと、罰は他人から記憶が消えてしまうことということで、自分に対しては能力が適用されない。
桟には『かけはし』という意味がある。




