『風野 集 2』
作戦会議と称して、久しぶりに連の家に来ていた。
テーブルに暖かい紅茶と市販品のクッキーが置かれる。果物のような甘い香りが鼻をくすぐった。
「それで、どうやって集を止めるつもりなの?」
鎖姫を封じ込めてしまうほどの能力を持つ集。このような疑問が生まれるのは当然だった。
「晴河と造が戦った日、どうしてシュウに晴河の能力が効いたと思う?」
「それってどういうこと?」
頭が良くないということは自覚していたけれど、殀に呆れられたのは予想外だった。
あたしと成績ほとんど同じくらい――いや、あたしより殀のほうがちょっとだけ成績いいけど…………
「シュウの『とどめる』は鎖に関する能力の干渉を受けなくする。つまり、鎖を切断する能力である『きる』も効かないはずだった、ってことだろ?」
「うん」
殀の説明を聞いてなるほどと思うあたり、本当に自分はバカだなぁと思ってしまう。
「多分、シュウは僕が管理者だってことを自覚させたかったんだと思う」
そこでふと、連に初めて能力を使った日のことを思い出す。
「そういえば、どうして連は能力や管理者のことを忘れてたの?」
「ああ、それは俺も思った。マチ兄が意味もなく記憶を消したとは思えない」
連はため息をつくと、頬をかいた。
「実は晴河と吹雪が争ってるのを止めた時、僕が鎖姫に身体を貸してたみたいなんだよね」
栞の過去に出てきたという鎖姫。まさかその正体が連だったなんて……
でも栞は女の子だったって言ってたけど、もしかして連は……
「女装趣味でもあったの……?」
「…………そうきたか」
何故か殀は、連に憐れみの視線を送っていた。連のほうは信じられないと言いたげな目をしている。
まるであたしがバカみたいじゃない!まぁ、学力はかなり悪いけど
「……とにかく、そんなわけで兄さんは、僕を守るために鎖姫に関する情報を消したんだと思う」
確かに話の筋は通ってる。けれども少し納得がいかない。
「『つなぐ』能力のことはどうやって思い出したの?」
消された記憶を、管理者本人や霰咲さんが戻したとは考えがたかった。
あれ?霰咲さん、正確には災厄を祓うって言ってたっけ?
「僕らはもしかしたら、兄さんの能力を勘違いしていたかもしれない」
「勘違い?」
――普通に考えて、記憶が無いのは消されただけじゃ……
「記憶は無くなってない。『ない』って言葉自体、なんかおかしくない?」
「……確かに、けすのほうがしっくりくるかも」
「そう。だからもしかして、見え『ない』、見つから『ない』みたいな、打ち消しの言葉を差すのかもしれない」
ある意味打ち消しの能力は最強な気がするけど、きっと管理者本体が打たれ弱かったりするとダメなんだろうな……
……そうだ、能力といえば
「殀、どうして桟を……あたしの妹を殺したの……?」
一瞬にして空気が重くなる。殀は申し訳なさそうに頭を下げた。
「桟を守れなかった……すまない……」
すでに頭は地面にこすりつけ、最上級の謝罪をしている。無力さと責任の合間で揺られてるような、そんな印象だった。
「……何から守ろうとしてくれたの?」
言葉にし難い内容なのか、躊躇しているのが見てとれた。けれども覚悟は固かったらしく、真っ直ぐと目を合わせてきた。
「俺は木の下敷きになって、ただ桟が拷問される姿を見ることしかできなかった……」
拷問という響きに、背筋が凍り付く。
「……一体、誰に?」
「それは――」
誰だかは薄々わかっていた。
信じていたからこそ、心には大きな穴がぽっかりと開いてしまう。
嘘だ!と叫んでしまいたくなるけれど、現実は偽りの無い事実を次々と告げる。
…………でも、人生なんてそんなものだよね。騙し騙されな世の中なんだから。
あたしも最初、栞を疑ってたんだもん。
心が悲鳴をあげ、壊れてしまいそうなことくらい、他にもあった。
「結局、騙されるほうがいけないんだよね……」
――人なんて信じちゃいけない。どうしてその教訓を忘れていたんだろう?
殀も連も、どこか心配そうにあたしを見つめる。
けれど、何事も無かったかのように、にっこりと笑顔を浮かべる。
「なんでもない、大丈夫だよ」
嘘つきは嫌いだけれど、嘘は得意。
だから、あたしが信頼するのは本当にごく一部だけ……
――ピンポーン
鳴り響いたインターホン。連が玄関へと向かう。
「やあ」
ドアを開けると、そこには彩穂の姿があった。首からタブレットケースをぶら下げている。
「頼まれていた薬を持ってきたんだけれど……」
チラッと殀のことを見つめ、観察する。瞬時に状況を悟ったようだった。
「もう、必要ないみたいだね……」
「俺のために、悪かったな」
「いや、弟子の失態は私の失態だからね」
苦笑する姿がなんだか似合わなくて、ついつい笑ってしまった。
「お詫びも兼ねて、君たちに情報をあげよう」
そして、くるっと背を向けてしまう。まるでついて来いと言っているようだった。
「どこへ行くの?」
彩穂が振り返ると、ふわっと短い黒髪が揺れた。
「会ってほしいんだ。今の歌巫女に」
☆☆☆
あたし達は彩穂に連れられ、歌巫女や鎖姫の話を詳しく調べるために鞠の家を訪れていた。
大きな和製の屋敷は、竹薮で家の周りに柵を作り、今では珍しい瓦屋根である。庭にはお茶を立てるための野点セットが見えた。
家中からは微かに琴の音色と細い歌声が聴こえた。
謳海と書かれた表札下のインターホンを、連が緊張した面持ちで押す。殀は連を安心させるために背中を叩いた。
「大丈夫だって」
――音が、止んだ。
『……あ。雨原と嵐里ですか』
「押し掛けてわ」
『構いません。その話ならば、今の方が都合がいいですし』
鞠の心を見透かすような対応に、殀は不思議そうに首を傾げた。
ガラガラと重々しい音を立てて木戸が開き、艶やかな着物姿の鞠が迎え入れてくれる。
「次期鎖姫様、ようこそ。歌巫女の元へ」
家にあがると、長い廊下先の襖の隙間から、楽器を手にする人影が見えた。
迷わずそこへと足を進めていく鞠。
「歌巫女、鎖姫様の候補が来ました」
畳床の部屋は掛け軸や壺、桐のタンス等が置かれ、縁側とは小さな桜が描かれた障子で仕切られている。
その部屋の上座には紅白の巫女服に身を包んだ男の子が座っていた。
「候補って、本当にお前らだったなんてな……」
「なんでお前がっ!?」
確か、殀と同じクラスの歌花 由紀。彼が謳海与叶の後任、今の歌巫女らしい。
「お前らは何が知りたい?」
歌花君はすでに何か悟っていたように思えたけれど、決意を見るためにあえて問いかけてきた。
「決まってんだろ?」
「うん、そうだよね」
「――殺人無しで鎖姫を決める方法を、僕達に教えてほしい」
『霰咲 鞠
あられざき てまり』
性別…女
年齢…15才?
得物…傘
思い人…???
住所…神社
本名『謳海 鞠』。
歌巫女において舞を専門とする家系。与叶は本家である歌花家に子供が生まれなかったために歌巫女の座についたらしい。
使える謳は二種類ある。




