始まり
ヘンリーウォーカーを知ってるかい?
知らないってことは、君はこの街の人ではないんだね。
ヘンリーウォーカーってのは、この町一番の金持ちの名前さ。
しかし、どういうわけか、あいつにはお金はあっても友達がいないんだ。ついでに言えば、家族もいないから、完全に一人ぼっちなのさ。
ほら、あれ見えるだろう、あの屋敷。あれ、ヘンリーウォーカーの屋敷なんだ。
あんなでっかな屋敷があるんだったら、パーティでも開けばいいのに、もったいないなぁ。
俺から見たら、ヘンリーウォーカーって人間は、かわいそうだと思うな。だってそうだろ、ひとりぼっちな上に、それをどうにかしようともしないんだ。
おっと、危ない危ない、噂をすれば、だ。
あいつだよあいつ、ヘンリーウォーカー。
病人みたいな顔つきだろ。
何考えてんのかしらねぇけど、あんま関わりたかないな。おれは、家にでも帰るよ。じゃあな。
青空の下、その木はよく映えた。
堂々と構えたその姿は、いったいいつからあったものなのか。街の年寄りも知らないらしい。
近くで、子供たちが遊ぶ声が聞こえた。
錆びついたブランコをギィギィいわせながら、高く、高く、揺らしていく。
のどかな風景。和やかな雰囲気。しかし、そんな中でも、自分を曲げずに、堂々としている男が一人。
公園のシンボルである、大きな木の下で居眠りをしているその男は、名をヘンリーウォーカーと言った。
「君がヘンリーウォーカーかい?」
一人の青年が、その男に話しかけた。
しかし、ヘンリーは反応することなく、灰色の高そうな帽子を顔に乗っけて、大きないびきを公園中に響かせ、居眠りしていた。
青年は、ヘンリーが目を覚まさないことに対して、やれやれと肩を竦め、すぐ近くの水道口に向かった。
蛇口をひねり、その手をびしょびしょに濡らすと、彼はヘンリーの元に戻ってきた。
ヘンリーの顔に乗っていた帽子を払い落とし、水浸しの手を、そっと彼の鼻の穴に近づけた。
水滴が鼻の穴に入ってしまったヘンリーは、咳込み、苦しそうな声を出しながら、体を起こした。
「もう一度聞くけど、君がヘンリーウォーカーで良かったかな。」
ヘンリーは、青年を睨みつけた。
すぐにはその質問に応えようとはせず、帽子に付いた砂埃をパン、パンと払った。
もったいぶった仕草で立ち上がると、ポケットからタバコを取り出し、口にした。
「公園でタバコを吸うのは感心しないな。
特に今は、子供達がすぐそこで遊んでいる。」
ヘンリーは、久しぶりにイライラしていた。
その青年は爽やかさを感じさせつつも、老いた亀のような落ち着きを持っていた。
その動きはのんびりとしていたが、さりげない気品も感じられた。
只者ではない。ヘンリーはそう思った。
十中八九、仕事の関係だと思った。ヘンリーは、幅広い分野で商業を成功させてきた。
そのため、その能力を見込んで、仕事の依頼をしてくる者も多い。
しかし、それを受けるかは、仕事の内容と、依頼人の態度を見てから考える。
いきなり鼻の穴に水を突っ込んで、さらに失礼な態度。ヘンリーは、この男が誰であろうと依頼を受ける気は無かった。
「いいか、よく聞け。俺は、この町一番の金持ちだ。誰の指図も受けないし、ましてや、お前みたいなやつの言うことなんて、聞くものか。」
「ということは、君がヘンリーで良かったかな。」
「そうだよ!!
全く、容量の掴めないやつだ。」
青年は、ヘンリーに近付くと、その綺麗な顔で、不機嫌を隠そうともしない顔を、睨みつけた。
「………なんだよ」
「僕は君が誰かなんて気にしないよ。君がこの町で一番お金持ちだというのは聞いた。でも、ルールは守らないと。」
そう言うと、青年はタバコの火をもみ消した。
なんなんだお前!
とっさに、ヘンリーは怒鳴ろうとした。
しかし、どういうわけか、声が出ないことに気がついた。
掴みかかろうとして、自分の手が細い、茶色いものになっているのに気がついた。
足も、どっしりしていて、動かない。
助けて!
人に助けを求めるなんて、何年ぶりのことか。
しかし、その声は出なかった。
…………目が醒めると、ヘンリーは驚いた。
なんて言ったって、自分の体が木になっていたのだから!!




