軍曹と上等兵
もうどうにでもな~れ!
東暦1988年
11月25日
1600hrs
グレイ・ライン21番哨戒所
何もない地平線にポツンと建つ一つの櫓、そこに居るのは二人の男女。
「本日も異常なしであります、軍曹殿」
「ああ、それは大変喜ばしいことだ」
軍服に身を包み、小銃を肩から下げている。
一人はセイノル・グレス、上級軍曹で36歳、もう一人は徴兵上等兵、メニス・レファー18歳である。
彼らが守るのは広大な連邦との国境。母国はフレスト連合王国、通称連合国と呼ばれるこの世界では地域大国に位置する。
対してバノンファ民主主義連邦、通称連邦は周辺諸国の軍事力の三倍を持つ国。一時は周辺国を巻き込む大戦争をして、今は和平を結んだが、この連邦、連合国の国境線の非武装地帯の監視をするのがグレイ・ライン。
幹線道路や要塞、本拠駐屯地から離れたこの哨戒所は文字通り陸の孤島である。
10名の分遣分隊で構成され、セイノルが分隊長、メニスは徴兵で流されて来た。
この時期は陽が沈むのも早く、広大な大地に沈みゆく夕日というのは一つの楽しみである。少し昔・・・といっても12年前はここも血まみれだったのだが、平和になったものだ。
「今日も寒くなる。早めに降りてしまおう・・・ああ、そうだ」
セイノルは一つの書類を差し出す。
「そろそろ任期満了なんで、この二任期目に強制突入されたくなかったら書類にサインよろしく」
それは任期満了の除隊申請書。36か月の徴兵期間の最後3か月から1か月以内に出さないと優秀なら自動的に継続扱い、成績不良なら不名誉除隊にされる。
「嫌です」
「そうか、じゃ、よろしく・・・え?」
流れるように即答されて一瞬スルーしかけたが、はい?
「いやいやいや、お前除隊しないと高等学校いけないぞ?」
「ですから戻りたくないですし、このまま下士官試験受けようと考えています、というより既に書類提出しました」
無表情に何か言っておりますよこの人!
国民中等学校戦争で中退し高等学校に行けずに軍人として戦場を駆け巡ったセイノルと違い、経済に恵まれる彼女は本来徴兵される立場でもなく、高等学校、最後はエリート中のエリートの大学に進学も視野に入れられる人物だ。
彼女から志願して徴兵されたと聞くが、ここまでぶっ飛んでいるとは知らなかった。
「んなことは聞いてないし、第一推薦は」
「ニネット伍長殿から」
「あいつっ!!」
うちの副官はとんでもない事をしてくれた・・・。
こいつは優秀だが、無愛想で無表情でよく対立をしてくれた。男であろうが元から習っていたとする柔術で張っ倒すし・・・
しょうがないから上層部はこちらに彼女を流してきたのだ。
まあうちの連中らはある意味おかしい奴らの集まりだから歓迎していたが。本当に苦労した・・・まあそのおかげで何とか先輩立てたり後輩を指導したりしばいたり出来る程度には成長した。
「お前が下士官になったら部下が可哀そうだ」
「可哀そうですか?」
「自分の身を振り返れよ馬鹿野郎」
だが彼女は首を傾げる。無垢な心は素晴らしいが、本気で張っ倒すぞ。
「しかしなぜ残るんだ?」
セイノルが聞くと、メニスは答える。
「ともかく私には外の空気は似合いません。軍に来てから確信しました」
そりゃそうだな、底辺の溜まり場の軍でも一際異様だったわ
「軍は底辺のたまり場、外ではそんな事ばかり言われ、実際そうだった・・・しかし、私みたいにどうしようもない人間も頭数に入れてくれる人間が居たり、磨いてくれる人間も居ました。私はそんな場所を今は愛しています」
珍しく饒舌なメニスははっきり言い切る。セイノルも思わず笑い出す。
「そうだな・・・俺が馬鹿だった。お前に学校や社会は似合わねえか・・・ふざけた底辺のたまり場がお似合いか・・・」
「ええ、そしてもう一つはとある人に追いつきたいので」
「ほう、そいつは不幸だな。こんな奴が副官になったら大変だ」
主に部下たちが・・・事務的には腐っても優秀なので上は楽だが、下の事情は考えず部下は死ぬ。
「ええ、ですから軍曹殿。私が下士官になり次第、私を部下にしてください」
「あ・・・ああ・・・あ?」
二度目の呆け、だが彼女は止まらない
「私は貴方の事が好きですので、絶対に離れるつもりはありませんので」
「・・・・・」
絶句、ただただ絶句。こいつ遂に壊れたか・・・。
「お前は何を言っているんだ」
「何とは・・・ありのままの事実ですが?」
「余計に性質が悪いだろ!」
こいつが俺のことが好き?ダブルスコアで年齢離れている自分にか?ずいっと近づくメニスに後ずさるセイノル。しかし櫓の上部は狭く、すぐに壁だ。ここから落ちたら死ぬし、逃げ場なし
「私はあなたの隣に違う副官が居るのは好ましくありません。好きでいなくても、他の人物と恋愛をするのも結構、しかし軍では時間がかかっても隣に立ち、譲るつもりは毛頭ありません・・・まあ軍曹殿に言い寄る女性など私以外は娼婦ぐらいでしょうか」
嫌味は言うが、それを気にする前にメニスの真っ直ぐな視線に逸らせない自分が憎たらしい。自分だって男だ、そこまで言われればぐらつくし、軍人で凛としていて雰囲気は好みだが・・・
「だからといって、色々飛びすぎ・・・」
次の言葉は出ない、いや出せないのだ、突如口を塞がれるから・・・口で・・・
しばらく無言が続き、やがて離れる。
「おい・・・おい」
「しばらく離れるので餞別くらいいいじゃないですか。減るもんじゃありませんし」
そのまま櫓の梯子を降りようとするメニス、だがこのまま逃げさせるか
「てめぇ、この支払は見合うだろうなぁ?!」
セイノルの言葉に、メニスは
「はい、応えてみせますよ」
今まで見たことのない、素晴らしく自然で見とれる微笑を残してやがて梯子を下りて消えていく。
「くそったれめ・・・」
セイノルは悪態をつきつつも、彼女が下士官になるための思案を始めた・・・。
数年後、とある中隊長付准尉の補佐の立場で、優秀で周りが羨む軍曹が付き、同時に爆発しろと軍隊の若い独り身たちに罵られたそうな・・・。
むしゃくしゃして書いたので、いつにも増して駄文です。