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八十九話

「俺を殺すか。随分言われなれた言葉だな、そんなに俺を殺したいのかよ」


「是が非でも殺したいね、それがイディアを復活させる儀式の生贄となるのだから」


イディアと聞いて、全員が脳裏に浮かんだのはすべての剣姫の祖たるイディア・クロニカのことだ。

それは授業で一番初めに習うことであり、また各所いたるところに銅像やら石像の立つ街があるほどに有名な人物である。

しかしそれも四百年という大昔の話だ。いまなおその名を口にすることはそうはない。


「イディア様を復活させる。それがどういう意味かわかって言ってるんだねゼウス!」


メイガスが声を荒げた。


「そうかあなたはイディア様の弟子の最後の一人だったな。ならば私の目的もわかったようなものいや、私自身を見なければ想像もできないか。出でよ我が化身」


突如地面がせり上がり、ゼウスの身の丈ほど隆起する。

せりあがった地面は砕け散り、一振りの剣が地面に突き刺さる。


「神剣ウィストリケス...あんたはイディア様の」


声が震えているのがわかった。

こうも驚きも畏れもするメイガスを見るのは初めてのことだ。


「私は神剣ウィストリケス。始まりの剣姫にしてすべての剣姫の祖たるイディアの剣であり、始まりの聖剣」


「イディアの聖剣って、あいつ一体何年生きてんだよ」


「聖剣に寿命はない。聖剣が死ねば主も死ぬが逆はなく、剣だけが永遠にこの世をさまよう。

さまよううちに人の精気を吸い上げて人の心を理解していくと、私やそこのエクスカリバーのように人の形を作るのだよ」


胸のなかでクロアが微妙に反応したのがわかった。

なにか思うところもあるのだろう。


「イディアは死の間際に私に語った。自分が死んだあとのことを、そして泰玉の祭壇のこともな」


「あれはあたしが破壊した。もうただの瓦礫だよ」


「メイガスお前は昔から優秀だった。祭壇のことに気が付き、ことが及ぶ前に確かに破壊してみせた。

だが、お前はあの祭壇がなにかをまるで知らない」


「知らなくても壊れたんだ。すでにお前の計画は何百年も昔に頓挫してんのさ!」


メイガスが攻撃に出る。

ウィストリケスがどんな能力であれ、接近しなければ攻撃もなにもない。

なにより、消耗した体力で長期戦などできるわけもない。

取れる手段は短期決戦のみ。


「メイガス。何百年と時間が経つうちに私の能力を忘れてしまったようだな」


ゼウスはなにもない虚空に剣を振る。

なにかを察知したメイガスは、咄嗟に剣を構えて防御姿勢。

と、なぜかメイガスのほうが後ろに飛ばされる。


「全方位にあらゆる距離から放つ全距離(オールレンジ)攻撃。シンプルかつあらゆるものを近づけさせない絶対的な力だ」


「勘違いしてるようだが、あんたもあたしの能力忘れてんじゃないだろうね」


メイガスの能力とは事象の書き換え。無を有に逆も然りにできる能力である。


「知っているさ。だから質問しようなぜ先ほど防御した。お前の能力ならばいくらダメージを受けても傷をなかったことにできたはずだ」


その理由はメイガスの後ろにある。

メイガスに能力には弱点とも言える効果範囲が存在する。

もし、能力を使っていれば、自分のいる空間だけに効果が発動し、周りには斬撃が飛んでしまう。

そのうえで、最初の戦闘を分析、剣獅たちでは防げないと判断し、あえて能力を使わなかったのだ。


「生徒を守るために我が身を盾にするか。教師冥利に尽きるなメイガス」


「教師ってのはそういうもんだ...死んだあの人が言ってたよ。誰かのために死ねることに喜びを感じることは幸せなことなんだって」


「ならば死ねメイガス!お前のあとに剣騎を殺してイディアを復活させる!私の目的はそれで完遂される!」


再びの全距離攻撃。どこにいようと逃げ場なし。

メイガスはそれを真正面から受け止める。

見えない真空の刃でも、必ず飛んできて、なおかつ斬撃が分かれることもないならば、当たっているうちは後ろに被害は飛ばない。


「破ッ!!」


見えないはずの斬撃を、強引に弾き返すことに成功した。

そしてついにメイガスの刃がゼウスに届くかに思われたが、いや、届いたがその刃がゼウスの体に傷をつけることはなかった。

どういうわけか、刃は体を斬ってはいないのだ。まるで鉄に当てたように皮膚で受け止められている。


「お前は見誤っているよそして勘違いしているな。いつ私の能力が一つだと言った」


メイガスは攻撃がくるまえに飛び退いて距離をとる。


「全距離攻撃が矛とするならばその対となる能力絶対防御。この体はすべての聖剣を通さない」


「つまりウィストリケスが顕現した時点で勝ち目はなかったと」


「そういうことだ。お前たちが助かる道は剣騎を差し出すしかない。そうすればイディア復活までの間わずかな生を得られる」


誰もが首を縦に振るようなことはしなかった。

そんなことで裏切れるほど結束は弱くはない。


「やれやれあたしもなめられたもんだね。生徒一人ひとりがあたし自身だ。

それにあたしはここの学園長生徒に降りかかる災いはすべて払い除けるのが仕事だ」


「あくまで教師として死ぬかメイガス」


「逆にあんたにも教えておこうか。いつあたしの剣がこいつだと言った?」


手に持った剣をひらひらと振る。

まるで酒瓶を転がすように、いつもへらへらとした様子でそう言い放つ。

これがいつもの調子だ。やっと本調子というところだろう。


「ハッタリにもならないようなジョークはよせ。お前の手に持つそれは紛れもない聖剣だ。

聖剣である私がそれを見まがうことなどありえない」


「だったら見せよう。このあたしの本当の姿を」


(いよいよあいつを出すときがきたか...)


このときメイガスには、走馬灯のようなものが駆け巡っていた。





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