九話
「本日より一週間後、ランク戦を行う。それに伴ってお前たちには聖剣の顕現をマスターしてもらう。全員着替えた後、演習場に集合しろ」
担任のはずのエリスが役に立たないので、かわりにスレイが伝令を伝えた。
担任交代をしてもいいかと思われるのだが、学園長が選んだことなのでこれも致し方ない。
朝の連絡事項を聞いた生徒たちは、演習用の体操服てきなものに着替えるために教室を出ていく。
剣獅も後に続いて出ていこうと席を立つ。
「樟葉剣獅」
いきなり声をかけられた。
声のほうを振り向くと、アミリアがなにか言いたそうに剣獅の後ろに立っていた。
なんだろうと、答えを待つ。
「今度のランク戦、順位で決めましょう。順位で上だったほうがデュエルの勝者というルールでよろしくて?」
ようはデュエルのことだ。昨日からデュエルデュエルって、どこの妄想カードゲーマーだ。と剣獅は思った。
別に断るつもりもさらさらないので、素直にOKして立ち去った。
「絶対あなたには負けませんからねっ」
剣獅は後ろ手を振って返した。そして一言。
「面倒くせぇ...」
男子更衣室、実はここも学園長が剣獅ひとりのために増築した場所であり、その分女子より狭いのだが剣獅ひとりで使うには広すぎる空間である。
「ふぅ~はぁ~」
二種類のため息が同時に出る。ここは寮同様にあの女子たちの目がない空間のひとつであるため、剣獅の気の休まる空間でもある。
ずっとこうして椅子に座ってこの空間の静けさを堪能していたいが、そうしているわけにもいかない。
剣獅は服を脱いで着替える。
「へ~義手と義足なんだ」
「カッコいいか?」
「なかなか」
あれ?今普通に会話してしまった、ここには自分しかいないはず。では返事したのは誰だ?
声のした向きに顔を向けると、半裸の少女がいた。
一糸はどうにか纏っているが、下着だけという健全な男子には見せていいのかというあられもない姿を晒してしまっている。
「ちょっと待てお前っ、どこから入ってきた!」
どこからと言われても当然入口である。剣獅はそのことに言ってから気づく。
少女は、そのことを入口を指差して示す。
「お前なんでここにいんのっ?ここ男子更衣室だけど」
「あの空気嫌いなの。みんなで何かと啀み合ってるのが」
おそらくは剣獅と女子たちのかみ合いの悪さのことを言っているのだろう。
女子にもこういう考えのやつはいたようだ。
「その点君はこっちに関わろうとしないよね、まるでひとりでいる狼の子供みたいに」
「子供はひとりじゃないぞ」
「ひとりだよ、君はこっちの世界に入ることを怖がって群れを作れないはぐれ狼」
この少女はまるでなにかを知っている風な口ぶりをする。
いや、この場合はなにかを悟っていて、それを剣獅に説いているのではないだろうか。
「はぐれたって何したって変わらない。俺は俺でやるだけだ」
「私もおるしな」
クロアは突然にして剣から人型へと変身する。出るときは一言出ると言って欲しいものだ。
「幼女、剣の幼女」
「誰が幼女じゃこのアホー!」
少女の発言に、数秒と持たずに怒りを滾らせたクロアが、少女に向かってドロップキックを繰り出すのだが、少女はヒョイっと躱してしまい、クロアは泣きながら、剣獅に例の「幼女じゃないもん」を連呼しながらポカポカと可愛い攻撃をしてくる。
「これあなたの幼女?」
「変な言い方すんなっ!」
ここでイエスと答えて言いふらされた暁には、衆目に幼女を連れている変態として白い目と凶器に囲まれた日々を過ごすことになるだろう。
証拠となるものを連れ歩いているせいで洒落にならないのだ。
「可愛い幼女、触らせて」
「ば、馬鹿者っ!わ、私は高貴なるせいけ...にょわー!」
お願いしといて許可も得ずに、匂いを嗅いで柔肌に肌をこすり合わせて遊んでいるようだった。
それ以上やると、さすがにクロアが泣き出しそうだったので少女の頭を掴んで引き離す。
「おかわり」
「ねえよっ!どんだけ触りたいんだ」
「う~ん...一生」
「クロア、おまわりさんかSP呼んで来い、いますぐこいつしょっぴいたほうが今後の世界のためになる」
少女は笑っているのだが、剣獅はまったく笑えない。
そこにタイミング悪く、担任教師のエリスがきてしまった。
「樟葉くん集合ですよ~早くしてくださ...あがっ」
この状況をみたエリスの顔が石になったように固まった。
パンツ一枚の剣獅、下着だけの少女、なぜかいる幼女、誰もいない更衣室、なにかの間違いを連想させるものはすべて揃っていた。
「あ、あああのせせせ先生は、なななにも見てないですからね。決して二人でここでなにかあったことなど一切みみみ見てませんからね。そ、そそそそれではごゆっくり」
「なにをゆっくりさせる気だぁ~!!」
剣獅の絶叫が更衣室に響き渡った。
「遅いぞ樟葉とエレン・テルン」
あのあと、エリスに事情を説明したところ少々怒られてしまい、結局遅刻する填めになった。
この少女__エレンも一緒に怒られた。
まったく、なにをしに来たのかわからない少女である。
「すいません」
剣獅は謝っているのか疲れているのかよくわからない腰の曲げ方で頭を下げる。
スレイは別に怒っているわけでもないので、適当に注意したあと列の後ろに座るように指示した。
「さて、それではお前たちにはまず聖剣契約をしてもらう」
(契約?契約っているのか)
剣獅は普段ごく普通にクロアを出したり戻したりしているので、契約をした覚えがない。
だから初耳であるのも普通っちゃ普通なのだ。
『お前は私と契約しただろう』
『いつだよ』
『あの私を幼女呼ばわりした老婆のところで』
あれかと剣獅は、学園長室での「お前は私を幼女と呼ばないか」という会話があったのを思い出す。
実はあれが契約になっていたのだ。
『全然気付かなかった。あんなんでよかったのか』
『今はあんなのでよい。もっと高位にお前が登れば違う契約をしなければならんがな...』
なぜかクロアの声は、若干恥じらっているようにも聞こえた。
なぜかは剣獅にはわからなかった。
「樟葉、お前剣が出せただろ出してみろ」
いきなり呼ばれて、不意をつかれた剣獅はドキリとした。
だが、すぐに気持ちを立て直して、クロアを顕現させる。
「出てよ聖剣エクスカリバー」
剣獅の声に反応して、剣獅の手に両刃の少々太い剣が収まる。
しかし、剣を出させてなにをさせるつもりだろうか。
「このように、剣は主と契約することで顕現し、力を発揮する」
単なる講習の実験台だったようだ。
身構えた剣獅の力が一気に抜ける。
「お前たちもやってみろ。そのあと紋章術の基礎を教える」
「ちなみに先生の聖剣はどこなんですか?」
一人の生徒が挙手して質問する。
スレイはやや答えにくそうに、顔を背けて。
「私の剣は壊れた」
とただそう答えた。クラスの中でこの話はタブーだという認識が固まった。
「さぁ、お前たち早くやれ。ランク戦まで時間がないぞ」
ランク戦まで、あと六日と十四時間。