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八十二話

剣獅たちが旅立った同時刻。エレンの実家では、式に向けて準備が進められていた。

慌しく吸血鬼たちが、城のなかを動き回り、あれやこれやとしているのが部屋の外に出ていないエレンでもわかる。

それは窓から見るだけでも十分だった。


したくもない結婚だが、剣獅や学園を守るためには仕方ない。

何度割り切ってもやはりため息をついて、遠く彼方の空を見つめてしまう。

脳裏に焼きついて離れない顔を思い出して。


「エレン様。公爵様のご到着ですご挨拶を」


侍女の吸血鬼がノックとともに入ってくる。

基本的に扱いは姫ということなので、侍女も命令を聞いてくれるし、このとおり連絡にもきてくれる。

内心どう思っているか、そんなことはどうでもいい。

とりあえずは父にばれなければどうにでもなる。


だからそれらしい振る舞いを演じるしかない。

エレンは黙って侍女についていった。


連れてこられたのは、父のいる応接間。入るだけで寒気がした。

いつまで経っても慣れないこのひんやりとした雰囲気に、体が震えているのもわかる。

なにより父の存在に、畏れを抱いているというのもある。


それに、吸血鬼の上位貴族が三体。

それが襲ってきたら間違いなく一瞬で血のブランデーの完成だろう。

恐怖をひた隠し、平常心に努めた。


「エレン。自己紹介しなさい」


父の低く重たい声に促されるように、自己紹介をした。


「そちらが隣の領域の公爵のアルデミラン公爵とその子息のゼイプルファだ」


と、父は本当に簡単に説明した。実はこの二人にすら興味はないのではないかと思う。

おそらく考えているのは国政のことであって、娘の結婚相手などどうでもいいのだ。


「ご機嫌麗しく存じますエレン王女殿下。息子ともども末永くよろしくお願い申し上げる所存」


お断りだ。

いつか事故に見せかけて殺してやる。なんて考えているのは、もちろんおくびにも出さない。


「姫。これから私は貴方様に一生を捧げる所存。どうぞよしなに」


そういえば剣獅から結婚しようとか言われたことないな。不意にそんなことを思い出した。

確か、あれはエレンが言い出して、剣獅はその場の勢いとかで承諾したような気もしなくない。

そう思ったら、なんか無償に腹が立ってきた。


「姫?なにかご不満なことでも?」


まずい、顔に出てる。慌てて取り繕う。


「今宵は式の前祝だ。泊まっていかれるといい夜会といこう」


父は建前のようにそう提案し、二人は膝をつき、(こうべ)を垂れて同意する。

適当に途中で抜けさせてもらおう。

エレンも続けてお辞儀で同意を示した。





一方の剣獅はというと、調子に乗ってワイバーンに飛び乗ったのはいいのだが、例によって乗り物酔いで早くもグロッキー状態であった。


「剣獅!さっきの勢いはどうした!」


「まじ無理...気持ち悪い...うえええええ」


空の上からキラキラしたものを口から垂れ流しているので、人のいるところに出たら大変なことになる。

なるべく森の上を通ることにしているが、それでも絵面的にこれはなんというか、見ていられるものではない。


「まったく剣獅は乗り物酔いだけには弱いな」


「うるせえ...放っとうぇぇぇぇぇ」


先行きがものすごい不安になる。この先まだあと一日はかかる道のりだ。

そんな状態で戦闘に入ってまともに戦えるのか、九割無理だ。


不安もつかの間、そんな余裕すらなくなる。


「前方からなにか飛んできますわ!」


アミリアが叫んだ。

前方を注意深く確認すると、黒い塊が飛んでくる。

注意深く見ると、それはコウモリの群れだ。

まっすぐこちらに飛んでくる。


「全員避けろ!!」


綾香が叫んだのを合図に、剣獅以外の全員が回避行動をとる。


「剣獅なにしてる!」


「気持ち悪っ...」


やはり乗り物酔いで動けないでいた。どこまでも頼りにならない。

仕方なく、綾香が指笛でワイバーンを呼んで無理やり回避させる。


回避したところを、大量のコウモリが通り過ぎ、また弧を描くように返ってくる。


「こいつらボクたちを狙っているんじゃないのか?」


行動パターンからするにまさしくだろう。


「昼間にコウモリとは奇妙なことだ」


といっても時刻は夕暮れ、十分活動時間内ではある。


「コウモリの弱点は光、ならば特大のを浴びせてやる。全員目を瞑れ!!」


数瞬間を置いて、辺りを凄まじい光量が埋め尽くした。

眩しくてまともに目を開けていられない。

これならばコウモリの動きも止まるだろう。


光が静まり、ようやく目を開けることができたので、確認すると、案の定コウモリの動きは止まり、一つの塊に変わろうとしていたところだった。


「やってくれたな...人間ごときが」


その塊の名を言うならば、吸血鬼。

姿や特徴からまさしくそうと言えるだろう。


「日の高いうちから吸血鬼が何の用だ」


「逆に問おう。人間がこの先に何用だ。この先は我ら吸血鬼の森であるぞ」


聞かずとも現在地を教えてくれるとは好都合。目的地はそう遠くないらしい。

しかしここに出てきているということは、もしかするとこちらのことがばれている可能性もある。

まずは目の前の敵を処理するところからだ。


「力ずくでも通してもらおう。馬鹿な親友を一発殴りいかなくてはいかんのだ」


綾香が剣を構える。空ではまるで役に立たない剣獅の次に実力があると言えば綾香なので、妥当なとこrだおう。

その構えは以前より洗練されているようにも感じる。修行に励んだ様子が見て取れる。


「いけるか村正」


【はい綾香様。お気の召すままに】


村正のも綾香に応える。二人の仲もまた一層深まったに違いない。

真の意味でいい剣姫になったと言えるだろう。


「舞え村正」


綾香から六本の腕が伸び、それがそれぞれに村正の分身を番える。


「さあ。お相手願おうか吸血鬼」










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