七十八話
剣獅は驚愕しながら、目の前の老婆を見る。
剣獅がまだ出会わぬ最後の、世界最強の五本指の一人、レイ・フレバンス。
俗世を嫌い、人を嫌い、孫と二人で暮らしているという噂があったが、紛れもない事実だった。
そして、あの吹雪の中、正確にナイフを投擲する技術もそうだと知れば納得する。
「あたしは沙織のガキを寄越しなって言ったんだけど、お荷物が引っ付いてきてるじゃないかメイガスのやつ…」
と、なぜか文句を垂れ始めた。
一人でぶつぶつ言って話が進まないので、剣獅が切り出す。
「それで、依頼というのは?」
「ああ?そうそう忘れてた」
完全に一人の世界に入っていらした。
「この山の頂上に一匹ドラゴンが住み着いて、狩りができなくなっちまったのさ。あたしが行けたらいいけど年だからね、ちょっと代わりに倒してくれ」
やはり見た目通り、寄る年波には勝てないようだ。
だからこそ呼びつけたのだろう。
「わかりました。いってきます」
「待ちな。今日はもう遅いから泊まっていきな」
空を見上げれば、まだ日は西側にあるというだけで、夕方でもなかった。
「ここいらの夜は早い。よしんば早くに倒しても帰る頃には真っ暗さ。暗い中クレバスの側なんて歩きたくないだろ?」
それはほぼ死と隣り合わせ、もしくは片足を棺桶に入れられたようなものだ。
想像しただけで、背筋が凍りそうだったので、大人しく従っておく。
「クレア!部屋に案内してやんな!」
家に入ると、いきなりレイが大声で怒鳴るような声で叫ぶ。
すると、二階から雪に混じりそうな銀色の長い髪の少女が下りてきた。
「なんか私と被ってる…」
確かに違いといえば、長いか短いかくらいしかないくらいに、エレンと色々被っている。
「剣獅は長いほうが好き?」
「どっちでもいいぞ。エレンは多分どっちも似合うから」
そう言ってやると、嬉しいのか赤く染まる頬を隠したいのか、剣獅に背を向ける。
この辺は、まだまだうぶなようだ。
「さすが沙織の息子ってとこか…まるでそっくりだねぇ」
レイがそう言いながら、ため息を漏らす。
「こちらです二人とも」
そんな三人を余所に、クレアは機械的に口を開く。
まるで感情がない。
なんだか剣獅はひどいデジャヴを覚えた。
そういえば最初のエレンもこんなんだったと。
二人は導かれるままに連れ歩く。
「親子揃って夫婦仲がいいとか、これはもう遺伝というべきか」
剣獅たちを尻目に、レイは一人でそんなことを考える。
その夜、なぜか夕飯は宴会のごとく笑いに溢れていた。
主に沙織の話題で盛り上がる。
歩く伝説の沙織からは、笑える話がいくつも出てくるのだ。
そんな夕飯は夜遅くまで続き、四人揃って夕飯のあとすぐさま寝てしまった。
眠る剣獅を、抱き抱えて誰かが運んでいるような感覚が包む。
誰だろうと剣獅は重たい瞼を持ち上げ、抱き抱えている者を見上げる。
「あっ起こしてしまいましたか」
クレアだった。
彼女は寝たかと思いきや、どうやら寝たフリをしていたようだ。
何故かは謎だが。
「まぁこのまま運んで差し上げます」
と、クレアは気にせずそのまま歩く。
基本無表情なので、何を考えているかわからない。
剣獅も抱えられるのは久しぶりなので、小さい頃を思い出して、急に懐かしくなった。
小さい頃は、といっても幼稚園くらいの年の話だが、沙織は剣獅が寝るまで側にいて、寝たらいっしょに抱き抱えてベッドに入るというのが普通だった。
剣獅としては、母親の愛というやつを一身に受けて、幸せだったと思っている。
ただの親馬鹿ということもあるだろうが。
それに対して、クレアはおそらく両親がいない。
レイに引き取られたというのが妥当だろう。
だから少し切なくなった。
「キミは寂しくないか?」
不意にそんなことを聞いてみた。
「寂しくありません。お婆様がいますから」
クレアはそう返す。
「でもキミは…」
「いいんです。私はもう十分幸せなので、これ以上何もいりません」
クレアは達観していた。もうすべてを諦めて、開き直って、受け入れていた。
わかった瞬間、剣獅は彼女を抱きしめていた。
これを見られたら、エレンになんて言われるかわかったものじゃないが。
「何ですか?こんなことしてるところを見られたら彼女さんに嫌われますよ」
「エレンもこのくらい許してくれるさ。キミはずっと誰かにこうして欲しかったんだろ?
自分を愛してくれる誰かに。自分を想ってくれる誰かに」
「あなたがそうだと言うのですか?」
「俺は残念ながらエレン一筋だからキミを愛せない。でもその代わりくらいいくらでもなれる」
「どうして…そんなこと…」
「似てるから。俺とキミは似てるんだ」
彼女の目には既に涙が溢れていた。
それが彼女が顔を埋める剣獅の胸元から伝わってくる。
「そんな優しくされたら…女の子は泣いちゃうんですよ?」
クレアは、初めて小さく涙をこぼしながら笑う。
やっと笑顔が見れたつかの間、後ろから刺すような殺気と、いまにも噛みつかれそうな、グルグルと喉を鳴らす狼がこちらを睨んでいた。
「人が寝てる間に浮気?剣獅」
ものっすごいいい笑顔で言われた。このあとどうなるのだろう。
「いやその誤解だエレン!」
「ほぅ…言い訳はまぁお慈悲で聞いてあげようか」
と、言いながらフェンリルの喉をごろごろと撫でる。
許す気なんてないぞということだろう。
「愛してますエレンさん許してください」
剣獅は額を擦り付けて土下座した。
これで大抵許して…。
「そんなやっすい愛してますで許せるかこの馬鹿ぁっ!!」
くれませんでした。
このあとどうなったかは…以下自主規制。




