七十七話
「エレン準備できてるか」
今日は一週間のクエスト研修にいくのだが、その初日の朝から剣獅の周りは相変わらず騒がしい。
学園長に事情を話して、エレンと共同で住めるようにしてもらったので、現在二人暮らし、というか同棲生活をしている。
そして、毎朝夜型のエレンを起こすのは剣獅の役目。
剣獅はエレンの部屋の扉を数回ノックして、ガチャりとノブを回したその瞬間、剣獅のちょうど顔目掛けて何かが飛んできた。
剣獅は鍛え上げた反射神経で、それを掴む。
何かと見ると目覚まし時計、そして半泣きになりそうな着替え中のエレンの姿が見えた。
「おはようエレン早く着替えろよ」
「勝手に部屋に入るな馬鹿ぁっ!!」
できるだけ何もなかったようにしたかったのに、やはり怒られた。
婚約者でも立ち入られたくない部分というのがあるのだろうか。
剣獅は自然に、できるだけ自然を心がけてそっと部屋を出た。
そんな感じに樟葉家の一日は始まる。
「いいか諸君!研修と言っても死の危険がないわけじゃない!くれぐれも気を引き締めて当たれ」
朝からスレイの重たい言葉が響く。
そういえば他の子のクエストは、薬草収集とか比較的簡単なものばっかりだったのに、剣獅だけ雪山のドラゴン退治なんてものがあった。
「先生これ明らかに生徒がやる内容じゃないですよね」
と、抗議したところ。
「お前に使命があっただけだ。あとまぁ今までの功績での実力だ」
かつてドラゴンを倒したことがあるだけに、無理ではないクエストだが、それだけに使命してきた相手が気になる。
「剣獅大丈夫。私の旦那様は最強だから」
「そうか、ありがと」
エレンのちょっとした応援が、照れくさかった。
「お前らあんまり若いうちからそういうことしてるといつか離婚とかするからな」
と、経験もないスレイに経験者っぽいことを言われ、ムスッとしたエレンは剣獅を引っ張って行こうとして、剣獅はとりあえず引きずられながらも一礼して付いていく。
「ありゃ尻に敷かれるタイプだな」
数年後の姿を想像して、同情しながら見送った。
剣獅たちの最初のクエストは、雪山のドラゴン退治。他にも火山を噴火させる魔神の討伐、マフィアの掃討など結構過激な任務が多い。
そしていま、依頼主のいる雪山の頂上を目指して歩いていた。
さすが雪山というだけあり、学園なんかより何倍も寒い。
「寒いな~手が凍るみたいだな」
「剣獅寒い…暖めて」
剣獅はエレンの手を握って、自分のコートのポケットに入れる。
「どうだ?」
「まだ寒い…私的にこうかな」
と、いきなり剣獅のコートの中にもぞもぞと入ってきて、胸元辺りに顔を出した。
これだけ見ると二人羽織だ。
「エレンこれ歩きにくいんだが」
「ん?なにかな」
こういうときのエレンは少々意地悪だ。
可愛らしいといえばそうだが、剣獅を困らせて遊んでるようにも見える。
「おぶってやるから退いてください」
「わかった」
エレンは小柄なので、出たり入ったりお手のもの。
コートの中でもぞもぞされると、くすぐったかったりするのだが、少しくらいなら我慢してやることにする。
そして、最初から狙ってたように背中におぶさり、再び歩き出す。
「ねぇ剣獅。今回の依頼人ってなんで剣獅のこと知ってるのかな」
「週刊剣姫にも俺の記事は乗ってるしな~その延長じゃないか?」
剣姫のための情報誌週刊剣姫には、連日のごとく一ページを使って剣獅の記事が掲載されている。
やはり男の剣姫はジャーナリストからすると格好のネタらしい。
「この前なんか私と熱愛報道とかあったよね」
「間違ってないからいいけどプライバシーの侵害で訴えようか今度」
それをされたらジャーナリストはお仕舞いである。
今度から、記者はペコペコ頭を下げながらくることだろう。
「話がそれたけどとりあえずそういうことだろうってのが俺の意見」
「当たらずも遠からずかも」
「というと?」
「先に剣獅を知ってて、尚且つ剣獅の実力も知ってる情報通かも」
エレンのは所謂勘だが、女の勘は馬鹿にできないので、心のうちに留めておく。
「行ってみればわかることだし、いまは気にしないでおくか。それに見えてきた」
吹雪の荒れる雪山の中腹に佇む、木造の一軒家。
丸太作りという、なかなかアンティーク感ただよう家だ。
「あそこに依頼人が…ってうおっ!?」
いきなり家のほうから、雪に混ざってナイフが飛んできて、剣獅の足元に突き刺さる。
聖剣ではないが、十分な速度で投げられれば普通に死ねる。
剣獅はその場を離れ、戦闘態勢をとる。
「白の聖剣エクスカリバー」
二本のうちの、クロアを選んだ。
純粋な戦闘力なら、クロアのほうがやりやすい。
『剣獅あとで私もおぶれ』
「こんなときでもマイペースだなっ!」
クロアに怒鳴りながら、雪の中で飛んでくるナイフを弾き続ける。
エレンは、こんな事態だというのにいまだおぶさったまま。
しかも、吹雪で視界が悪く、細いナイフを見分けるのは困難を極めた。
「ちょっとエレンさん力貸してくれませんかね?」
「やだ」
「いやそこをなんとか」
「愛してるって百回言えたら一秒貸してあげる」
「俺それ何万回言わなきゃいけないんですかねぇ!?」
怒鳴りながら、ひたすらナイフを弾く。
しかし、よくもまぁ敵もここまで正確に投げられるものだ。
「しょうがないなぁ。おいでフェンリル」
エレンの聖剣である、銀狼が顕現する。
なんだが雪山と狼が似合いすぎて、活躍の場はここしかないのではないかとか思ってしまった。
「フェンリル敵を足止め」
銀狼は主の命令のままに、ナイフを投擲し続ける敵の元へ駆ける。
しばらくすると、攻撃は止んだがフェンリルが帰ってこない。剣獅たちはフェンリルのあとを追って走ると、フェンリルは老婆の足元で、まるで飼い犬のように扱われていた。
さらに目を引いたのは、その老婆は、雪山だというのになぜかヒールを履いていた。
「なんだいあんたらこの子の飼い犬かい?」
「それ私の剣です。フェンリル戻って」
主の命令を守り、フェンリルは剣の姿に戻った。
「動物型の剣か面白いね」
「あなたが依頼人ですか?」
「お~お~やっとメイガスのババアが私の依頼を処理するようになったか。私の名前はレイ・フレバンス。あんたの母親と同じ世界最強の五人と呼ばれる一人さ」




