表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/108

七十五話

あれから酔いが冷めて、二人の酔っぱらいどもはどうにかなったが、なんだかエレンが妙によそよそしい。

多分勢いだけでいっていたところもあるのだろう。


エレンは何考えてるか読めないが、実は案外考えなしなので非常に危ない。


「なぁエレン…」


「ひゃいっ!!」


と、キャラ崩壊を起こすレベルだ。

こんな感じの生活が二日ほど続いている。


「な、何?」


「背中に値札ついてるぞ」


エレンの服があまりに少ないのを見過ごせなかったのか、沙織があちこち連れ回して衣類を大量に買ってきたのだ。

娘がいなくて、こういうことができなかった反動でかなりはしゃいだに違いない。


「ちょっと取ってよ」


言われて剣獅はエレンの背中に手を伸ばすが、手が触れるたびに何度も体がはね上がってちょっと面白い。


「と、取れた? 」


「あ、うん」


「朝から仲のいいことね」


「うわぁっ!!!」


二人の間にいきなり沙織が現れる。

まるで気配がなかったので、まったく気づかなかった。

おかげで奇声をあげ、エレンは立ったまま気絶する事態になった。


「おふくろいきなり出るな湧くな」


「人を幽霊か何かみたいに言わないの。それよりお花見の準備手伝いなさい。アーサーはちゃっちゃとやってるわよ」


確かに、廊下を忙しくドタバタと往復している姿が見える。

剣獅はどうせと力仕事に回ることにした。


「エレンちゃんはお弁当作りね。お花見初めて?」


「あっはい」


「いい?お弁当は女の価値を決める指標なのよ」


またよくわからないことを言い出した。

なんだかんだで、沙織もエレンのことを気に入っているようだった。


いまだに剣獅といちゃついてると、怨念のこもった目で睨みつけてくるが。


沙織は主婦だけにさすがの腕前だが、エレンも毎日剣獅に弁当を作っていただけに、腕前はなかなか。

作業はあっというまに終わった。

見事な重箱(五段か六段ある)の完成である。


「アーサー、剣くん準備は?」


「いつでも行けるぞ」


「じゃあ行きましょう。いざ」


と、車に乗った瞬間、剣獅が持ち前の乗り物弱さを発揮したのはここだけの話。





「お~剣獅。でかい桜だな」


「大きいですねお姉ちゃん」


せっかくの花見なのでクロアとハクアも外に出してやった。思えばここ数日、ろくに外に出しておらず少し悪い気もしてたのだ。


「そうだなたしかにでかいな」


桜はかなりの大樹で、クロアを肩車してる現在も、枝までは剣獅があと二人は必要になりそうだった。


「なんだか剣くん二児の父親になったみたいね」


なんだか前にもエレンにそんなこと言われたような気がする。

やはりそう見えるのだろうか。


「まさか夜に花見とはな。演出が悪くないな」


今の時刻は、だいたい七時過ぎといったところだ。

桜はライトアップされて、昼間と違った印象を受ける。


「さあて今日は飲むわよ~」


「沙織。お前は飲むのはやめなさい」


「あ、アーサー?そんなまさか…」


「お前は酒癖が悪いから酒は置いてきた」


先日の件を忘れるような愚は侵さない。

こっそり缶ビールを持ってきてることは教え…。


「あ~缶発見~アーサー愛してる~」


なくても見つかった。愛してるのは酒か夫か。

これからアーサーは、酔っぱらいの世話をすることになるのかと思うと気の毒だった。


「剣獅はいあ~ん」


こっちはこっちで、普通に普通じゃない普通を満喫していた。

『あ~ん』なんて、男の誰もが夢見ることであろう。

エレン特製の玉子焼きだが、さすがに美味い。

花嫁修業などエレンには不要だろう。


「剣獅私にもしてくれる?」


『あ~ん』のキャッチボールを要求してきた。

大人しそうで肉食なエレンらしいといえばらしい。


「剣獅私にもだ」


「パパ私にもお願いします~」


クロアとハクアまで頼んできた。

なんか将来が大変そうだった。


「剣く~ん私にも~」


三人終わったところだというのに、追加で沙織まできた。

その顔は朱に染まっていた。


「親父ちょっとちゃんと見て…」


アーサーの姿がない。探して見ると案外見つかったが、大人しく寝息を立てている。

どうやら酔うと寝相がかなりよくなるらしい。


しかし、それによって沙織のお目付け役がいなくなった。

ていうか缶ビールで酔うって何本持ってきたんだ。


「エレンちょっと水買ってきてくれるか」


「う、うん…」


沙織の止め方は、水を飲ませればいいらしい。

一か八かというところである。


「剣くん最近ずっとエレンちゃんにばっかり構って連れないぞ~うりうり~」


剣獅の頬をぐりぐり指で捩じ込むような仕草をするのだが、これがかなりうざい。

悪酔いにもほどがある。


「剣獅買ってきたよ」


ナイスタイミング。

剣獅は迷わず沙織の口に、ペットボトルを突っ込んだ。

飲んだら眠くなったのか、コロッと寝てしまった。


「助かった…」


「自販機の買い方知っといて良かった…」


向こうには自販機などない。エレンが買えたのは奇跡だということに、いま気づいた。


「さて邪魔な親がいなくなったし、ちょっと二人で歩かないか?」


「いいよ」


「クロアハクアちょっと二人頼むな」


クロアはおいてけぼりみたいでつまらなそうだが、その辺邪魔はしないでおこうとはしてくれてるらしい。

ハクアがついてきそうなのを、首根っこを掴んで止めていることから察するに。


「エレン行こう」


「うん」


二人は夜道を本当に散歩程度に歩き出した。


「あ~春休みが終わったらまた学校か~」


「この一年すごかったよね」


入学早々にデュエル、絢香と再会を果たしたがなんだか別人みたいになってたり、シィルに結婚を迫られたり、二回も死にかけたり、アーサーが生き返ったり、思い出してもなかなか騒々しい一年だった。


「この一年乗りきれたのはお前らがいたからだ」


そこはお前がいたからだとか入ってほしかったが、事実なので黙っておく。


「正直さ、お前が結婚するって言い出したとき迷ってたんだ」


「知ってたよ。だからちょっと意地悪しました」


「お前なぁ…」


「でもちゃんと答え決めてくれたから、私の思ったとおり」


今回の件に関しては、エレンの手のひらの上だったらしい。


「なぁエレンもう一回聞くけど俺でいいのか?」


「うん剣獅がいい」


なんだろう。多分こういうものを求めてたのだろう。

誰かに嫌われ続ける世界から抜け出させてくれる何かを。


「戻るか?」


「いやもうちょっと歩きたい」


そう言って、剣獅に密着してきた。

二人は夜の桜の咲く道を寄り添いながらゆっくりと歩いた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ