七十二話
ランク戦もほぼ中盤に差し掛かる頃、力のないものは脱落していき、残ったものは全生徒のほぼ半分を下回った。
ここまで生き残るだけでも、十分な実力を持っているといえるだろう。
しかし、一位を狙うとなればさらに激しい戦いは不可避である。
そして現在優勝候補筆頭の剣獅はといえば、だいたい二十人ほどに後ろから追い掛け回されていた。
「なんで俺のとこにはこんなに鬼気迫ったやつらが襲ってくるんだろうな!」
叫びながら剣獅は、飛んでくる矢や槍などを避けながらフィールドを走って逃げ回る。
その間、かなりきわどいところを弓矢が掠めていったりするので、一瞬たりとも気が抜けない。
『うちの剣獅は人気者だな~』
『パパは人気ものです』
聖剣二人は呑気な声で、もはや他人事。
正直泣きたい。
「お前らなあ...ちょっとは協力しようとかないのかよ」
『ない(です)』
二人にそろって言われてしまった。とんだ駄剣娘たちである。
いよいよ腹を括って一戦交えることも考えてみた。
まあ百人相手取るよりはマシだと思えば苦でもない。
ここまで目を血走らせて追ってくる女の子も珍しいが、そんな状況にあった自分の不運を呪った。
なんだかこの学園に入ってからずっと、こんな状況ばかりにあっている気がする。
剣獅は切に願う。来年くらいは静かな一年だったらいいなと。
剣獅は走っている体を、無理やりに反転させ女子たちを迎え撃つ。
初撃。綾香の見様見真似だが、空気を双剣で叩いて空気の斬撃を撃ちだす。
見えない一撃に、先頭にいた三人ほどが斬撃にやられる。
それをみた一人が、近づいたほうが得策と考えたのか固まっていた集団を飛び出して走ってくる。
その子は、剣獅と同じソードタイプの剣を振りかぶってきた。
剣獅は双剣で受け止める。
カタカタと剣にこめた力が拮抗し、剣がこすれあう音が響く。
女の子に対してちょっとあれかなとも思ったが、手が使えない彼女の脇腹を渾身の力をこめて蹴りぬく。
「ぐっ...!!がはっ...」
少女の華奢な体では、剣獅の蹴りに耐えられるわけもなく力の方向に苦悶の声とともに、水切りの石のごとく地面を跳ねて飛んでいく。
一人倒したのもつかの間、遅れて集団が攻めかかってくる。
倒された仲間に動揺しないあたり、それほど連携などというものは重視されないのだろう。
一人ずつ倒すのもいいが、体力の消耗を考えればまとめて倒したかった。
「いくぞハクア。出でよ黒皇剣エクスカリバー」
まとめて倒すには、特殊能力のついたハクアがうってつけだった。
その特殊能力とは、いわば引力と斥力を発生させる力。
剣獅は、その能力でまずは周辺の地面から土を引力で引き上げ、少女たちの周りに檻のように囲うように集めた。
土の壁は案外厚く、剣で斬ったところで貫通するはずもなく、槍をもっていても貫通することはない。
つまり剣獅はじっくり料理できる状態というわけだ。
だからといって、ちんたらしている暇はない。
剣獅は紋章術を詠唱する。
「雷鳴とともに消えろ。神鳴」
突如土の檻のなかに、一本の雷の柱が射す。
なかにいた少女たちは、声を発する時間もない刹那の時間で雷に打たれる。
剣獅がみたところ、敵は全滅したらしい。
しかしほっとしたのもつかの間、最悪の敵が現れる。
およそ剣獅はこの敵とは遭遇したくなかった。ごく自然的に負けてくれていたらどれだけよかっただろう。
その敵は銀狼に跨り、転がる少女たちを一瞥する。
「さっきの雷剣獅でしょ」
「エレン、なんでここにきた。いまなら見なかったことにするから離れろ。俺はお前とやりたくない」
剣獅にとっての最悪の敵。それは剣獅の彼女であるエレンだった。
「私は剣獅と戦いにきた。負けるつもりはないよ」
「どうしてもか?」
「どうしても。剣獅にだけは負けたくない」
今日のエレンはやけに熱くなっていた。さらにいえば、ここまで何人も倒してきたのだろう絶対的な自信のようなものも見て取れる。
エレンの跨る銀狼も聖剣なので、エレンの思うままとなればニ対一の状況を常に作り出せる。
これほど厄介な敵もそうはいるまい。ここまで勝ち上がる実力は十分だった。
しかし剣獅は、いざエレンを前にして違ったことを考えていた。
なぜいまこのタイミングで勝負をもちかけてきたのかだ。
争う理由など一つもないはずだ。
「剣獅。ここは影の濃い森のなかだから私の体質にはまったく影響しない。遅れは取らないよ」
エレンは半吸血鬼であるため、日光によって体力が著しく下がる。だが、この日陰でなればそれもないというわけだ。
もしかすると、初めからこの場所にくるのを狙われていたのかもしれない。
「後悔するなよエレン。出でよ白皇剣エクスカリバー」
言って聞かないなら、なるべくはやく終わらせるに限る。それもなるべくエレンへのダメージを少なくすませる。
両手に構えた剣をクロスさせた状態から空気を叩くように振るい、空気の斬撃をつくりだす。
綾香の技から盗んだものだが、威力はそれなりのものはでる。
その斬撃が飛んできたとわかった瞬間、銀狼はすぐさま回避行動をとった。
野生のカンというものは、聖剣であっても失われぬ特性らしい。
何発打っても、銀狼はすべて野生のカンで見切り避ける。
銀狼はすばやい動きで、避けながらも確実に剣獅を翻弄していた。
(埒が明かないな...恨むなよ)
剣獅は先ほどつかった大技を再び使う。
「雷鳴とともに消えろ。神鳴」
天より一本の雷の柱が射す。しかし、それですらも銀狼は読んでいた。最高速で走って千分の一の速さが襲う前に退避していたのだ。
恐るべき天性の野生の本能というべきだろう。
しかも、すきだらけのところを銀狼に跨ったエレンが攻撃してくる。
手合わせしたことはなかったが、すぐには弾き返されないくらいには重い。
それでもまだ軽かった。片手で受けきれたので、もう片方で斬りかかろうとすると、今度は銀狼が反撃する。
カチカチと剣と剣、剣と爪が鍔迫り合いでこすれあう音が鳴る。
二人の戦いは思いのほか拮抗していた。
「どう?強いでしょ私も」
____違う。エレンは元から強かった。
「剣獅に守ってもらう必要なんかない!!」
____違う。本当は守ってほしい。
「だから...」
____傷ついてほしくない。そう願ってるんだろ、全部知ってるよお前のことなんて。
剣を交えるだけで、エレンの心が筒抜けになったように鮮明にわかった。
おそらくこんな理由がなければ、エレンは自分から剣獅に勝負を挑んだりしない。
それくらい優しくて、剣獅を愛しているはずだ。
「エレン。全部わかったよだからもうやめにしないか」
「剣獅はいつも無茶して傷ついて、死に掛けてる。お願いだから私の前からいなくならないでよ」
「俺はいなくなったりしない。ずっと側にいてやるから」
二人は剣と銀狼の実体化を解き、剣獅はエレンを抱き寄せた。
終始、エレンは剣獅の腕のなかで泣いていた。
こんな弱いところを、見せてくれたりするのが剣獅としては嬉しかったりするのだが。
そんな様子を影から見ているものが一人。
(あれは...剣獅さんとエレンさん?!なぜこのようなところで...)
およそ秘密にしなければいけないことは、意外なところでばれるものだった。
嫉妬にも似た感情が、アミリアの胸中を渦巻いていた。
そこで時間切れのサイレンが鳴り、ランク戦は倒した人数によって剣獅が一位という結果で幕を閉じた。
新たな騒動の波紋を残して。




