七十一話
イシュタムのボス。デウスは、窓の外を眺めて思い耽っていた。
剣騎である剣獅を連れてこいと、部下に命令し続けてすでに一年。いまだにそれらしい成果が現れない。
瀕死においやったという話は聞いたが、ジェスとローレンは逃げ帰って結局戦果は得られなかった。
シークに一度やらせたゴーレム騒動は、剣獅たったひとりに阻まれてしまった。
もっと悪いことに、こうしている間にも力を増しているというではないか。
なにか対策を練らねばと、デウスはいま頭を悩ませているのだ。
「シークよ。私はなぜ部下に恵まれない」
傍らにいるシークは黙り込んで思った。そんなこと知るか。
それを部下に聞いている時点で、上に立つものとして失格ではないのか。
「私はただの駒であるので、そのようなことはわかりかねます」
なんだかめんどうになったので、とりあえずの言葉で逃げておいた。
シークはときどき思う。付く人間を間違えたのではないかと。
このデウスについてきてすでに七年。拾われたのはいいのだが、そのあと逃げ出せばよかったとさえ思う。
初めはこの男の思想に加担しようとは思ったが、だんだん理想がバカらしくなってきたのだ。
そこからのこの命令。
「どんな手をつかっても構わん。やつを連れてこい」
シークはおもった。この任務が終わったら脱退してどこかで暮らそう。
一ヶ月など早いもの。あっという間にランク戦のときがやってきた。
剣獅も別に一ヶ月間あぐらをかいてだらけていたわけではない。ハクアを相手にひたすらに剣の修行をしていた。
相変わらずハクアはスパルタなので、百回に一回しか勝たせてくれないし、勝てないともう一回させられる。
その分レベルは上がっているし、何本か取れるようにはなって強くなっているのが実感できた。
「ではこれより学期末最後のランク戦を行う。なんだかんだで二回目だが説明事項はないな。
これは来年にも響く重要な戦いだ。気を引き締めてかかるように」
スレイの激励のあと、演習場にゾロゾロと入っていく。
剣獅たちも入っていく。
「剣獅。私相手でも手加減しないでね」
「えっとそれは?」
「私も全力でやる。強くなったところをみてほしいの」
久々のエレンの本音を聞けた気がする。
嬉しい反面、やりにくいところもあって素直にわかったと返事しがたい。
剣獅はとりあえず返事をせず、うやむやにしたまま演習場へと入る。
「それじゃあ初めっ!!!」
開始のホイッスルが鳴る。
すると開始ほんの数秒で、剣獅は周りを囲まれてしまった。
数は八人。どうやら高ポイント獲得を目指すものたちが結託したらしい。
数で囲めば勝てるという安易な作戦だが、間違いではない。正解でもないが。
「この数でかかればあんたも終わりでしょ」
「楽勝」
好き勝手言ってくれる。ハクアはこんなときのこともちゃんと考えてくれていた。
『数で攻めてくる敵の個々の思考は弱いです。一番最初に口を開いた人を先に倒してください』
というわけで、最初に口を割った相手をとりあえず攻撃する。
相手に向かって急接近した剣獅は、脇腹に回し蹴りを叩き込む。
ちょうど真横にいたのが運の尽き。真横にいた敵も巻き添えを食らわせる。
「隙をみせたなっ!!」
攻撃が終わったいまがチャンスと思ったらしい。後ろから斬りかかってきた。
叫ばなければ当たったかもしれないが、なんにしても音を出すべきではなかった。
剣を振り上げてちょうど無防備な腹を、剣の柄で突く。
これが痛くて普通に効くのだ。
剣を振り下ろすことなく、
力なく倒れた。剣獅もとりあえず紳士らしく受け止めて地面に下ろしてやる。
残りは五人。
すでに戦意はそがれているようだ。
残された手立てはこれしかないと思ったらしい。
色仕掛けで、スカートをギリギリ見えるか見えないかのところまで捲し上げる。
「ここで負けてくれたらいいことさせてあげるけど?」
「悪いな。決めた女が一人いる」
残りの五人をあっけなく斬り捨てた。
こんな色仕掛けにひっかかった暁には、もれなくエレンに愛してると何百回と言わされそうだ。
と、一応自分を戒めておく。
「剣獅今あの女のことを思い出していただろう」
クロアには全部ばれているので、口止めにあとでクレープでも買っておくことにしよう。
剣獅が開幕からの戦いを終えたちょうどそのころ。
演習場のちょうど裏手。そこにシークは命令を遂行するための作戦を遂行するために、ゴーレムの魔方陣を描いていた。
シークは昔から人形遊びをして育った子供だったので、その延長でこのゴーレムの召喚が得意になったのだが、裏を返せばこれしかできない。
聖剣は巨大化するだけの能力で、戦闘能力はそこまで高くはない。
そんなシークにこの任務は、ほぼ無理ともいえる。
「さて、あとは...」
突如首筋にあてがわれる濃密な殺気。この殺気は覚えがある。
かつて、罠を仕掛けた対象である綾香だ。
あのときはフードをしていたので、正体に気づくかどうかは怪しいところではある。
「貴様そこでなにをしている」
「わ、私はただの作業員です」
苦し紛れの言い訳だが、学園であるここならばなんとか通じるだろう。
緊張で汗が滴る。
「残念だったな。ここには作業員は一人しかいない。正体を見せてもらおうか」
逃げ切り失敗。こうなっては戦うしかない。
「分てガンガルシア」
シークは聖剣の能力を開放する。
名を呼ばれた剣が、元の何倍にもふくれあがる。
「貴様その剣は...」
綾香はそこで思い出した。こいつが何者であるかを。
「遅いですよぉっ!!!」
演習場の裏で、静かに爆発音がした。
それこそ怪獣が大地を踏み鳴らしたような音だ。
「舞え村正」
綾香も村正を呼び、六本剣の化身を呼び出す。
これは前回と同じだ。
化身は巨大化した剣を軽々と受け止める。
「さて、あのときの礼もたっぷりとしなければならんらしいし、十夜芽家次期当主十夜芽綾香が剣獅たちの邪魔をさせんがため、相手をしよう」
正直正面切って相手どられると、シークに勝ち目はなかった。
(仕方ない...)
シークは自分に残された選択肢である、土のゴーレムを召喚した。
それも一体だけではない。ほぼ群れといっても過言ではない数を召喚する。
「追い詰められて人形に頼るか。哀れだな」
綾香は化身を解いて、村正を腰に据える。
「抜刀村正」
シークの頭上ぎりぎりのところを、綾香の剣閃が奔る。
後ろを見ると、ゴーレムたちの体がきれいに裂けている。
「新技だがなかなかの威力だな。まあ私の村正だけはある」
ズドンとゴーレムの体が落ちる音がする。
そのおとを聞くたび、シークの絶望がつのる。
「万策尽きたか?こいつをどうしようか」
「捕虜にするのがよいかと」
確かにどこかわからないものは、色々と聞き出すため捕えたほうが早い。
まして侵入者だ。それなりに情報は取れるだろう。
(このままでは...奥の手を使うしかないか)
シークはいつものゴーレムを召喚する陣を、自分の体に描き出した。
そしてシークはゴーレムへと変わる。巨大化し、まるで土の巨人のようだ。
「これが私の奥の手。これであなたも終わりです」
ゴーレムの巨腕が、綾香に向かって振り下ろされる。
見た目は隕石が振ってきているのと変わらない。
「村正抜刀。袈裟」
袈裟斬り一太刀で、ゴーレムの体は上から下まで真っ二つに別れる。
シークも、体となっていたゴーレムを失ったことで元の姿で落ちてくる。
それを綾香は受け止める。
「強さを履き違えたもの同士、私たちはもしかしたら似ているのかもしれないな」
そんなランク戦の裏で行われていた知られざる戦いの話。




