六十八話
剣獅は昼休みだというのに、中庭に呼ばれていた。
呼び出した人物の名は不明。伝聞なので仕方ないとはいえるが、いずれにせよ奇妙なことに変わりはない。
剣獅も、奇妙に思いながら指定された場所へと向かう。
着くと、ベンチに座る男の姿があった。
なにもかも奇妙だ。
まずこの学園に、剣獅以外の男がいるのがすでにおかしい。
それに、年齢からして生徒ではない。
なぜに剣獅が呼ばれたのか、さらに言うと通り過ぎる生徒の目が、その男に釘付けになっているのもおかしな話。
その男の見た目は、だいたい三十前後。この寒い環境に適していないであろうワイシャツを一枚きただけという寒そうな格好。
だが、どこか他人には思えないといった不思議な印象だった。
「あんたか俺を呼び出したのは」
「遅かったな。呼ばれたらすぐに来るのは常識じゃないか?」
その上から目線な発言が頭にきたので、剣獅も言い返してやる。
「人の飯の時間奪っといてその言い草はなんだこら」
「それが目上の人間に対する態度か剣獅」
「えっ?」
突然名前を呼ばれてキョトンとする剣獅。
まだ剣獅は自分で名乗ってはいない。呼び出したのだから知っていても
おかしくはないが、下の名前で普通に呼ばれたので驚いたのだ。
「俺の名は樟葉アーサー。ハーフじゃないぞいわゆる婿入りってやつだ」
その名前で思い当たる人物といえば一人しかいない。
「お、親父...?」
剣獅の実の父。死んだと聞かされたアーサーその人だった。
「ようやくわかったか。でかくなったな剣獅」
剣獅は現実を直視できない。
死んだ人間が生き返ることなど、普通じゃなくてもありえないのだ。
そんなことは、紋章の力を使ったところでできることではない。
「親父死んだはずじゃ...」
「うん黄泉返った」
アーサーは平然とそんなことを言う。自分の言っていることが、どれほどの物理法則を無視したものなのかわかっていないのだ。
生物の魂とか、生死の輪廻とかそういったものをぶち壊したことを、この男はわかっていない。
「黄泉返ったって、つまり生き返ったのか?」
「死ぬということは、いわゆる黄泉にいくということだ。行くなら帰る道も用意されている。それが黄泉返りだ」
だとすれば、生物に生き死になど存在しないのかもしれない。
ただ行って返ってこれるのに、帰ってこないだけの世界を勝手に認識してるだけなのかもしれない。
「で、なにしに帰ってきたんだよ親父」
「お前に白のエクスカリバーを取り戻させる」
白とは、いまはなき聖剣白皇剣エクスカリバーのクロアのことだ。
イリスとの戦いで無くしたかつての相棒を取り戻せる。これほど嬉しい話はない。
だが、それよりも剣獅には結論を急がなければならないことがあった。
「親父もうちょっと待ってくれ」
「なんだ女の子に告られて迷ってるってとこか」
さすがは親というべきか、ピタリとすべて言い当てた。
ていうかほとんど見てたんではないかと思う。
「親からのアドバイスだ。お前はその子といっしょに居たいと思うか?それだけで答えは決まる」
剣獅はエレンという少女について思い出してみる。
エレンは、この学園で最初にできた友達で、シャイで優しくて、でも淋しがりで、意外と肉食系で、いつもそばにいてくれる。
いつもそばにいるのが当たり前______。
「そばにいるのが当たり前か」
「そこまでわかったら十分だ」
剣獅は走り出した。
追い風を受けているように体が軽い。最高の後押しだった。
剣獅の気持ちはきまった。あとは伝えるだけだ。
教室に着いて探してみたがいなかった。しかし、だいたい予想はついたのでエレンの元まで辿りつけた。
息を切らしながら走ってきた剣獅をみて、エレンは驚きすぎて声も出ていない。
「剣獅どうしたの?」
「お前に答えを言いに来た。俺といっしょにいてくれエレン」
「それってつまり?」
「俺もエレンが好きだよ。だからずっとそばにいてほしいんだ」
「なんかそれもう結婚してって言われてるみたい」
「それでもいい。俺はエレンだからいてほしいと思う」
それは剣獅からすると、もうプロポーズのつもりでいった言葉なのだ。
「ありがと剣獅。大好き」
エレンは剣獅の唇に、背伸びしてキスした。
不意討ちのようなキスも、剣獅は全部受け入れた。
長い。互いの気持ちを確かめ合うように、いつまでも離れなかった。
「そういえば今日のデートの約束はどうするの?」
「もちろん行くよ。お前との約束をすっぽかすなんてあり得ない」
「俺のことも忘れてもらっては困るな」
不意に聞こえたその声は、紋章術で瞬間移動してきたアーサーの声だった。
そういえばなにも言わずに、放ってきたことを完全に忘れていた。
突然現れたアーサーに対して、警戒心を持つエレン。
むしろこの反応が普通で、ほかの女子の反応がおかしすぎるのかもしれない。
「剣獅知り合い?」
「知り合いっていうか...」
剣獅が説明に困っていると、アーサーが横から助け船。
「リーザのとこの娘か?初めまして剣獅の父親のアーサーだ。この馬鹿のこと頼むぜ」
エレンもぎょっとしたような顔で、アーサーをみる。エレンも沙織の話は聞いているので、アーサーは死んでいて生きているはずがないと思っていたからだ。
というか、人が生き返ったら普通はこういう反応をするだろう。
「クロアを取り戻すってどうやるんだよ」
「お前のなかの黒に勝つただそれだけだ。黒は絶対に一人じゃ勝てない。なぜならお前自身と戦っているのだから」
よくて引き分けしかないということだろう。あの戦闘狂がそんなことを考えているかはさておき。
「そこで第二の協力者が要る。本当は俺がやるつもりだったんだが、嬢ちゃんがいるならちょうどいい」
「エレンにやらせる気か!?」
「この子も剣姫だろ?戦わずしてなにが剣姫だ」
剣獅としては、エレンはずっと箱にしまって守っていたいような存在だ。死ねば終わりの世界に、身を投じさせるなど考えられなかった。
「エレンをそんな危険にさらすような真似できるか!!」
少々過保護だと思われてもいい。むしろ過保護でいろ。全部自分が矢面に立てばいい。
剣獅はそう思っていた。
しかしエレンは違った。
「剣獅大丈夫。私は大丈夫だから」
「エレンダメだ。もしもがあったら...」
「そのもしもがないように守ってよ。私のこと守ってくれるんでしょ?」
そんなことを言われたら、剣獅としても二の句を継げない。
「決まりだな。剣を地面に突き刺して額を当てろ」
なにがなんやらもうわかったもんではないが、クロアを取り戻すためだとやけになりながら言うとおりにする。
エレンも反対側から同じようにする。
すると、剣獅の意識はいつのまにかあの世界に引きずり込まれていた。
エレンも同じようで、真横にエレンの存在を感じる。
「ここは?」
エレンはこの世界にくるのは初めてなので、圧倒的な質量の違いのある世界を興味深く見回している。
「ようこそボクの世界へお嬢さん」
剣獅とエレンのほんの人一人分の隙間、そこに現れたのは白髪長身の侍のような格好の男。
あのときとは姿が違うが、確実に剣獅の裏の心の人格である。
そいつが、エレンの手に触れた瞬間、剣獅の手は真っ先にそいつの喉めがけて剣を振り抜いていた。
ただ、自分のやることは自分には手に取るようにわかるといったように、寸前で刃先を掴まれて止められてしまった。
「ボクが避けたらこの子に当たるけどよかったのかい?」
「お前そんな性格だったっけ」
カタカタと、力が込められた剣が震えて音を立てる。
「とりあえずその手退けろやぁぁぁぁっ!!!」
剣獅はエレンには当たらないように、細心の注意を払いながら、裏の人格の男に向かって蹴りを繰り出した。
それもわかっていたように、軽々よけられてしまった。
「あのやろちょこまかと...」
「君たちの目的はこいつだろ」
そういって見せびらかすのは、剣獅の相棒であったクロアの本体。白皇剣エクスカリバー。
その剣を見ただけで、剣獅の目に殺気がこもった。殺してでも奪い取るという、ただひとつの念がそこにあった。
「きなよ。奪い取ってみ...」
言い終わる前に、剣獅は動き出していた。
一瞬にして、脚力だけで裏の人格に肉薄する。
「とりあえず一発食らっとけや。俺の女に手出した分と薄汚ねえ手でクロアに触れた分だ」
裏の人格に剣獅の完璧な一撃がきまった瞬間だった。
真っ白な地面が赤に塗変わった。




