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六十七話

病室に一人残された剣獅は、体があまり動かないので特にすることもなかったので、エレンのことについて考えていた。

思い出されるのは出会ってからおよそ半年の記憶。


いつの間にか当たり前になっていたが、ずっと側にいた存在。

クロアやハクアも隣にいたが、それとは別のかたちで側にいた。

剣獅のために怒ったり、泣いたり、笑いあった一瞬でさえも、剣獅は忘れてはいない。


しかし剣獅は、元々自分の感情というものに疎い傾向にあるので、エレンのことをどう思っているかなどよくわからないのだ。

こればっかりは人に相談できるものでもなく、だからこそ悩んでいるのだが。


「どうしたらいいんだろうな」


「今のは誰に言ったんですか?」


傍らで下手くそながらもりんごを向いているハクアに、独り言の質問をされて口ごもる。

というか、剣は達人並のくせに包丁の扱いはど素人で見ていられないのはどういうことだ。


「独り言だ」


「エレンお姉ちゃんのことですか?」


だいたいわかるだろうが、ズバッと当ててくる。


「あんなこと言われたの初めてだし、どうしていいかわかんねえんだよ」


「パパは基本的に人のこと見過ぎです。もっと自分と向き合ってみたらどうですか」


人の顔色を伺って、なるべく波風を立てないようにと行動するのは剣獅の悪い癖だ。

しかしそれは、過去のトラウマと劣悪な環境が生み出したものであり、決して剣獅を責めることは誰にもできないだろう。


「ハクアはどう思ってるんだよ。やっぱり反対するのか?」


言ってから思ったことだが、この質問はするべきではなかった。

どうせハクアの答えは他人の感想で自分ではないのだから、参考程度にしかならない。


前にクロアがいっしょに寝ていたときは、えらく反対されたのを思い出してハクアもそうなのではないかという答えを想像したが、意外とそうではなかった。


「パパは多分エレンお姉ちゃんに同じ境遇を感じて、すごく親近感を持って接していると思います。

だからお姉ちゃんの気持ちに答えてあげてもいいと思います」


ハクアは二人のことは賛成のようだ。

剣獅と繋がっている聖剣だからこそわかることもあるのだろう。

剣獅が鈍感な部分を、ハクアは敏感に感じている。


「そうか...ところでハクア、りんご貸せ俺が剥く。もはや皮しか残ってねえじゃねえか」


ハクアの手に持つりんごは、剣獅の言うとおり皮だけの薄いだけのになっていた。

そこまでやったら普通は綺麗に剥けているとはずなのだが。


「嫌です。パパは寝てなきゃダメです!!」


強く言われたのだが、食べるものもなければ体力が戻るわけがないだろう。

結局包丁を奪い取り、新しいりんごを自分で剥いて食べることになってしまった。







剣獅が病院で寝ている間の一ヶ月。

死人の魂の行き着く世界。人呼んで黄泉では大騒動が起こっていた。

一人の死人があの世の番人数百万を相手に戦い続けているというのだから。


番人の形状は狒々のようだが、その巨躯は見上げるだけでも一苦労するような大きさを誇る。

番人たちは死人が現世に出ないように、文字通りの番をしているだけだが、このときは全勢力をもって当たらねばならなかった。


その男は真正面から番人に戦いを挑み、そのうちの一体を一刀のもとに倒してしまったからだ。

一体の消滅を感じたすべての番人が、その男を倒さんがためにぞろぞろと集まってきたのだ。


数で捺せば倒せるというのは、その当人の体力が尽きるのを待つ消耗戦が組める状況にあるときだけだ。

しかし、死人に体がないのと同じように体力はない。

よって、永遠に戦うことができ、一匹を一撃で倒せるその男に番人たちが敵うはずがなかったのだ。


番人たちは考える頭脳を持っていない。

番人たちは狼のように群れず、ただ同族の死を嘆いて仇討のために襲いかかっているだけなのだ。

よって、敵わないことなど関係なく向かってくる。


男はその番人たちを次から次へと倒していく。

巨大な番人たちが、次々と倒れ砂へと変わっていく。


「しゃらくせええっ!!!」


男は自分を中心に円月を描くように、剣を振るった。

すると、辺り数キロに渡っていた番人たちがその範囲だけ一気に消滅した。

番人たちの死骸の砂が、あの世の空を舞い空を黄色く染める。


「今のうちだ」


男はあの世と現世をつなぐ門へと向かうために、走るというよりは地を蹴って急いだ。

巨躯の体を動かすには相応の時間がかかる。

それだけの時間があれば、その門までたどり着くことは容易だった。


そして今門の前にはなにもいない。

男はその門を、拳で思い切り殴りつけてぶち破った。


頑強な門からブラックホールのように、凄まじい吸い込む風が流れてきて、男はその風に乗ってあの世へと入った。

黄泉はすぐに門を閉じて出させるまいとしたが、とき既に遅し。男はあの世の管理の届かない現世へと行ってしまった。


「待ってろよ剣獅」


男はあの世から現世へと黄泉返った。








翌日。元から傷口が塞ぎかかっていたこともあってか、退院はすぐにできた。

学園に通うことも、激しい運動をせず一週間安静という条件で許してもらえた。


学校に行く道は、前とは違って殺伐とした雰囲気はない。

道行く人に、退院おめでとうなどとと普通に話しかけられることが多くなった。

一ヶ月前の事態収束に一番貢献した剣獅を認めつつある証拠だった。


未だ声をかけるまでいたっていない生徒もいるが、それでも普通に学園の一員としては認めているらしい。

そしてうるさいのがこの三人。


校門の向こうから、漫画みたいにドドドと音がしそうなくらいに全力で走ってくる絢香、アミリア、シィルの三人。

いつもはクールなくせにこういうときの心配症はまた別なのだ。


「剣獅いつ目が覚めたのだ!!言えば一秒とかからず駆けつけたというのに」


あの状況でこられたら、それはそれでややこしいことになる。

むしろいなくてよかったのかもしれない。


「剣獅さんが目を覚まさないのかと思うと、食事が喉を通りませんでした」


どうやら本当らしく、アミリアの顔が少々痩せている。

一ヶ月もでよく生きてこれたなと、むしろ関心する域だ。


「さすがは僕の夫だ。必ず帰ってくると信じていたよ」


信じていたわりには、案外心配してくれていたりするのがシィルだ。

そして残るはエレンだが、その姿はここにはない。

おそらく教室だろう。


今日はエレンにちゃんと告白の返事をしなければならない。

そう決めてここにきたのだ。


剣獅は三人を連れて教室へと足を進めた。






教室に入ると、相変わらずマイペースなエレンが本を読んでいる姿が見えた。

しかし、エレンはすぐにこちらに気づいて、ちょっと顔を赤くして顔を本に隠した。

やはりエレンもあれは恥ずかしさの極みだったに違いない。


「おはようエレン」


「ん。おはよう」


エレンはあくまでいつもどおりでいたいのか、あまり剣獅以外の人間にいつもと違う姿を晒したくないのか、特に変わった様子はない。

いつもどおりのエレンだ。


だから剣獅も自然体でいようと心がけた。

返事をちゃんと返すその瞬間までは。


「今日の放課後時間空いてるか?」


「うん」


「じゃあちょっと付き合ってくれ」


そう。剣獅のほうからデートに誘ったのだ。

というのも、いまだに決まらない自分の心を確かめるのと、どこか静かな場所に行きたかったからだ。


「わかった」


エレンもこの言葉の意味を理解したらしく、先ほどまでのポーカーフェイスは脆く崩れさって、りんごよりは薄い桃くらいに赤くなっていた。


スレイが来たので話は一旦終わりである。


「ん?おお!?怪我人樟葉ゾンビのように甦ったか」


「誰がゾンビですか」


あんまり面白くなかったので、冷ややかにツッコミを入れる。

すると、スレイが眉間に皺を寄せてこちらを睨み付けてくる。

よほど嫌だったのか、ギャグにそんなに執着していたのか。


「お前が休みの間にお前の下駄箱が粉砕されてな…」


いきなりとんでもない話題をぶちこんできた。


「その理由がお前へのラブレターの山だ」


「えええええっ!?」


ラブレターで鉄でできているはずの下駄箱が粉砕って、紙の力恐ろし過ぎる。


「その処理をしていたのは私だというのに、まったくどこまでも両親に似た馬鹿者だな貴様は」


ものすごい皮肉たっぷりに言われても反論できない。

もちろんこれも言われなきことだが。


「す、すいません…」


なんだか申し訳ない気持ちになって悪くないのをわかっていても、謝ってるしまった。

そこまで聞いたところで、機嫌を治したのか眉間の皺がなくなった。


「とりあえずだ。私からの一言、というよりは全校生徒からだありがとう樟葉。お前がいなければ怪我人や死人がお前だけではすまない事態になっていた」


どうやら全校生徒というのは本当らしい。

スレイの言葉に頷くのが見える。


「それだけだ以上解散」


小さな表彰式はこれで幕を閉じた。

皆に認められたことが、剣獅にとっては何よりの勲章だった。



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