六十四話
忙しい二日目も終わり、いよいよ決戦の日の夜。
剣獅は眠れずにいた。
楽しみだからとか、遠足前の小学生みたいなことではない。
チェルシーと聖剣のことだ。
喧嘩ということは、剣に人格のある人型であり、対話の可能な相手だということだ。
剣獅は剣姫を辞めることを止める気はないが、それでも喧嘩したまま仲直りする機会もなく、一生を過ごす未来を見ていられなかったのだ。
(喧嘩の原因がわからないんじゃな…)
剣獅が解決法がわからなくなっている原因の一番はそれである。
何が原因かわからない以上は何もできない。
もしかすると、初めから解決する気がないから剣獅に話さなかったのかもしれない。
(あ~もう訳わかんねぇ)
「パパ思ってること口に出しすぎです」
どうやら声に変わって出ていたらしい。
寝相の悪いハクアが起きるくらいだから、結構煩かっただろう。
「剣と剣姫の問題は当人同士が一番ですよ…おやすみなさい」
ハクアはまた眠りについてしまった。
そんな時にコンコン窓を叩く者が。
そしていきなり窓をぶち破った。
砕けた窓の破片が、床いっぱいにぶちまけられた。
窓の破壊犯は「よいしょ」とか言いながら当たり前のように入ってくる。
「お前何やってんだ」
声をかけられた破壊犯は、まさか起きているとは思わず、突然のことに飛び上がって窓から落ちそうになる。
そこをなんとか剣獅が掴むのだが、宙ぶらりんになったエレンの格好はワンピースにガウンを羽織っただけの格好。
スカートの中がエレンが手で隠すまで、剣獅の目に映ってしまった。
「その…なんかすまん」
「いいから早く上げてよ馬鹿剣獅!!」
理不尽極まりない。元はと言えば、窓から侵入する方が悪いのに。
しかし、このまま放っておくのはまずいので剣獅も頑張って引き上げる。
引き上げられたエレンは顔を俯けて、剣獅を上目で睨む。
ちょっと涙目なのが可愛らしい。
「剣獅見たでしょ」
「はい見ました」
ここは素直に。
「責任取って」
「は?」
「私のパンツ見た責任取って、学園祭のあと買い物一日付き合って」
理不尽にもほどがある。
パンツの件は剣獅にも非が無いわけではないのだが、そもそも窓をぶち破るのとパンツを見るのはどっちが悪いのだという話だ。
「あのさエレン?」
「私だって剣獅と学園祭楽しみたかったのに…クラスの方に時間取られて、最終日は剣獅は予定詰まってるし…」
要は剣獅と居たかったのだ。
やり方は強引だが、それだけは伝わった。
「不器用だな。買い物くらい付き合ってやるよ」
「ありがと剣獅。じゃあおやすみ」
そう言って何故か剣獅のベッドに。
手招きしているので、おそらく誘っているのだろう。
「お前本当何やってんだ」
「剣獅知ってる?この学園は男女交際と子供作ってもいいんだよ?」
「待て待てちょっと待て!!お前俺に何させようとしてんだ」
「それは…」
と、言いかけたところで。
「なんですか煩いです…」
と、ハクアの寝言に、恥ずかしがって蚊の鳴くような声のエレンの言葉の続きは、かき消されて聞こえなかった。
「エレンなんて言ったんだ?」
「な、なんでもない...今日寝れないから側にいて」
「子供か」
仕方なく隣に座りながら窓ガラスの破片を片付ける。
こういうとき義手は、手が切れる心配がないのでかなり便利なのだ。
「剣獅明日頑張らなくていいよ」
これは意外な言葉だった。
普通なら頑張れというのだろうが、その逆はあまり言われない。
「なんでだ?」
「頑張ったら剣獅がどんどん遠くの人になっちゃう」
「俺はどこにも行かないぞ」
「剣獅を他の人に取られたくないって思うのってダメかな。傲慢だよねやっぱり」
「俺だってお前らの誰かが傷つけられたら怒るぞ。そいつを殴り飛ばしてやりたくなるくらい」
「剣獅って本当馬鹿だよね」
エレンはクスクスと笑う。
「お前なぁ」
「じゃあおやすみ」
「ちょっと待てそこ俺のベッド...」
と言っても手遅れなのは間違いない。
既に寝てしまった。眠れないのはおそらく嘘だろう。
結局剣獅はエレンの割った窓ガラスの後片付けと、修繕に時間を取られて日が昇るまで一睡もできなかった。
「剣獅大丈夫か?顔色がかなり悪いぞ」
これから戦う剣獅の顔を見た絢香が真っ先に心配してくれた。
他のメンバーもそうなのだが、エレンだけは素知らぬ顔をしている。
犯人だから当たり前なのだろうが。
「いや大丈夫だ」
剣獅は自分の頬を叩いて気合を入れる。
「勝ってこい」
「応援してますわ」
「こんなとこで負けたら夫失格だぞ」
それぞれ応援の言葉をくれる。
やる気が少し向上した気がする。
そして最後にエレン。小声でみんなに聞こえないように言ってくれる。
「約束守ってね」
「おう」
その約束がどっちを指すものかはわからないが、どっちの約束も守るつもりだった。
かならず無事に帰ると。
剣獅は戦いの舞台となる闘技場へと足を踏み入れた。
その瞬間、いきなりナイフが飛んできた。
ちょうど眉間のあたりに飛んできたナイフを、剣獅は持ち前の反射神経で反応し掴んで返した。
「誰だっ!!!」
「ごめんね剣獅くんボクだ。実力に関してはなにも知らなかったから、ちょっとだけ試させてもらっちゃった」
それは対戦相手のチェルシーからの先制攻撃だった。
「悪趣味だな」
「だからごめんね。でも十分戦えるのだけはわかったから、これで気兼ねなく君を倒して剣姫をやめる」
「じゃあ賭けをしよう。俺が勝ったらちゃんと剣と話し合ってもらう」
「おいでコルタナ」
あの有名なデュランダルと同じ鉄と鍛え方をされた伝説に名を残す名剣コルタナ。
その現身はいたってシンプルなロングソード。
特に飾らず、ただまっすぐな彼女そっくりな形状だ。
「あんたらしい剣だよ」
「いくよ」
チェルシーが猛スピードで剣を構えながら走ってくる。
剣獅も剣を構える。
初撃。激しいつばぜり合いになるかと思いきや、近距離での斬り合いに発展した。
激しい攻防に誰もが息を飲んだ。
互いを感じる距離で剣を振り合う二人は、互いのなにかを感じていた。
心の底に眠る本性というものを。
「これが君か」
「あんたもどうしようもないな」
それは互いに、一流の剣獅に上り詰めたが故に分かりあった。
理解し合えたことだ。
「君はとんでもないものを秘めて生きているんだね。それでよく人の心配なんてできるね」
「あんたもただ拗ねてるだけじゃねえか。気付いてやれよ剣の気持ちに」
剣獅が見えたものは、チェルシーの気持ちの奥。
本当は謝りたいと思っているのに、剣がなにも言わないからと拗ねてずっと黙っているのだ。
そんな閉じこもったイメージが見えた。
「ボクはボクだ。誰にも指図など受けない」
「バカ野郎がぁぁっ!!!」
チェルシーの脇腹を思い切り蹴り抜いた。
勢いの乗った蹴りは、チェルシーを地につかせるに十分だった。
「剣は自分だって言ってんだろうが。あんたがそんなんだから剣も拗ねたままなんだろうが」
勝負あり。
口論も試合も剣獅の勝ちである。
「まだやるか」
「そうだな俺も混ぜてくれや」
突然の後ろから聞こえた声。
振り返って回避したときには、その刃は剣獅の腕を掠めていた。
しかも義手でない左腕。
「てめえは...」
「俺か?俺は剣騎だよ」
そう男は、歳は剣獅と同じくらいの白髪の鋭い目つきの少年だ。
その手に握られているのは、黒いエクスカリバー。
「てめえか偽物は」
「だから言ってるだろうが。俺が剣騎なんだってよ樟葉剣獅」
「ぶっ殺す」
痛みの走る左腕をかばいながら、剣獅は少年に向かってエクスカリバーを振り下ろした。
「ハハハッ!!!ここでどっちが本物か白黒つけてやるぜ」




