六十三話
学園祭当日。
学園祭は三日間に分けて行われ、剣獅の交流戦のある最終日まで二日もある。
それまでの剣獅はというとだが。
「これやっぱりキツくないか?」
「ううん似合ってるよ」
「なかなかお似合いですわよ剣獅さん」
「僕の夫ならばこれぐらいのほうがちょうどいいよ」
「シィルさん?剣獅さんは私の夫になる方ですわよ」
と、こう話しているのは剣獅の格好に対しての感想の言い合いをしているのだ。
学園祭ではクラスごとに、それぞれ出し物を出すことになっており、剣獅たちのクラスでは執事メイドカフェをやることになり、執事という名前から想像できるとおり剣獅が執事をやることになったのだ。
そしてその衣装の着こなしについての話だったのだが、どうにも脱線してしまった。
「剣獅ネクタイずれてる」
「ん?」
エレンがしっかりとネクタイを直してくれる。
エレンの身長でその位置にいると、どうしてもエレンの頭が剣獅の鼻元に近づき、女の子特有の甘い香りが香ってきて少しドキっとする。
顔が真っ赤になっているのが、エレンにバレていないかとかなりドキドキしている。
(最近の俺やばいぞ。色々とエレンを意識しすぎてる。落ち着け俺~~~!!!!!)
なにやら一人で内なる自分と戦っていた。
「どうしたの剣獅。顔真っ赤だけど」
「あっ...いやなにもないぞ」
隠したつもりだが、エレンが妙に上機嫌なのでおそらく勘付かれた。
気づかれたくなかったのに。
女という生き物が時折怖く見える。
「お~いウエイトのみんな出番だよ~!!」
どうやら開店のようだ。
ちなみにウエイトというのは、ウエイトレスとウエイターがいるので呼び分けがめんどくさいので、そういう呼び方で統一することになった。
「俺最終日にやることあるんだけどな」
「がんばれ男の子」
なんか一番辛いこと言われた気がする。
今更ながら、この学園に男一人なことを嘆いた。
「あとで金請求してやる」
最大級の悪態とともに、表へと出ていく。
そして出た瞬間に、言葉を失った。
廊下の先の先まで続く人の列に。
「なんじゃこりゃあ!?」
「ぬっふっふっふっふ...ついに我らの戦略が生かされる時がきたようだな皆の衆」
なんか仕切っていた女子が急に声を張り始めた。
戦略とかなんのことだかさっぱりの剣獅からすると、訳のわからなさでいっぱいなのだが。
「学園唯一の男が執事の格好でウエイターをする。これに釣られない女子はいないはず」
「俺は餌か」
事実それだけですでに、廊下いっぱいに行列ができているのだから大したものである。
「さあ執事注文を取ってくるんだ」
もはや犬かなにかと間違われている気がする。
そして開店と同時に大量の人がなだれ込む。
次々に注文が入る。しかも剣獅を指名してくる客がほとんどで、ほかの女子たちは給使係になっている。
そのなかには、知っている人もくるわけで。
「剣獅くんアイスコーヒーを」
なぜか並んでまでやってきたメイガス。
「剣くん似合ってるから写真撮らせて」
目を輝かせてカメラを片手に持つ沙織。今日は確か平日なので仕事のはずで、しかもこういうことをするということは教えていないはずなのだが。
「け、剣獅なかなか似合ってるぞ」
確実に自分のところに参加しそうにない絢香。
村正といっしょに来店。
というか知り合いばかりで、逆に驚く。
さらにこんな人物も。
「剣...執事さんホットのコーヒーとやらをもらえるかな」
と、バレバレの変装をしてきたアウスター。
白い長い髭が特徴的なので、知っている人間が見ればまず気づく。
そうしてへとへとになりながら、昼の休憩まであとちょっととなった時間。
やはり指名が入ったのだが、その人物は少々太めの小説を片手にしていた。
「いらっしゃいませお嬢様。お飲み物は」
あくまで執事になりきる。さすがに三時間も同じことを続けていると、セリフもかなりそれらしいものになる。
と、その人物は突然吹き出した。
「ふふふ...ごめんね。あまりに似合っていたからちょっとおかしくなっちゃったよ」
「あの...どちら様で?」
「ごめんね。僕はレイチェル・リース。アカリファ学園の五年生だけどチェルシーって気軽に呼んでよ」
剣獅がまず思ったことは、「ボクっ娘ならシィルが間に合ってるんだよなぁ」などという聞こえたらかなり失礼なことになることだった。
そのあとにアカリファという言葉に、ようやく反応する。
「あさってかな。君と対戦するわけなんだけどちょっと二人きりで話したいな」
「あ~今はちょっとな...」
「確かにそうだね。ごめんね変なこと言って迷惑だったよね」
ここで突き放しては、なんだかダメなような気がした。
なぜかは知らないが、絶対にこの人を知らなければ後悔すると思った。
「昼休みなら空いてますがそれでいいですかお嬢様?」
「本当かい?お願いするよ執事くん」
どうにか歩み寄ることはできた。
戦う相手と話し込むのもどうかと思うのだが、それでも放っておけないような気がしたのだ。
昼休み...中庭のベンチで待っていると、学園祭を満喫しすぎてしょうがないと言ったように、食べ物と本を片手ずつに持ってこちらへと走ってきた。
ものすごく危ないのでやめてほしいのだが。
「ごめん待たせちゃったかな」
「いや全然」
「ここで話そうか。ちょうどベンチもあるし」
二人用のベンチで剣獅の隣に座ってくる。
密着度というのが、二人用なので近すぎるくらいだ。
「謝ってばかりだけどごめんね。君との勝負を希望したのは僕のほうなんだ」
「なんで?」
「僕剣姫やめようと思うんだ。子供からの夢を叶えてみたいんだ」
「夢?本の虫になることか?」
「からかっているつもりなら怒るよ」
「だって本好きそうだし」
好きそうというか、明らかに好きだろう。四六時中本を持っているイメージさえ感じる。
先ほども、本を持っていない方の手にものすごい量の食べ物を持って、決して本を手放そうとしなかったほどだ。
「笑わない?」
「内容による」
「君は意地悪だ」
「そう言われたことはないな。また新しい」
「僕小説家になろうと思うんだ」
なんだか似合いすぎて言葉も出なかった。
なぜかそんなイメージを抱いたのだ。その夢を聞いた瞬間に、小説家のチェルシーの姿が想像できた。
「いんじゃねえの?多分似合ってると思う」
「本当?素直に嬉しいよ」
「でもなんで...剣だって戦いたいって思ってるんじゃ」
「それはないよ。僕はもう剣と喧嘩したままだからね。三年のときに些細なことがきっかけで僕は彼女の名前を呼ばなくなった。だから剣姫を辞めて剣をペンに持ち替えようと思う」
その目は覚悟を決めた目だった。
迷いなど微塵もない。
「でも最後に男の君と戦って見たかったんだ。前のアーサーはものすごい強さだったって聞いたから」
いつも沙織ばかり話に出てくるが、父アーサーもその名に恥じぬ強さを持っていたらしい。
それを聞くとなぜか誇らしくなる。
「それは俺の親父らしい。会ったことはないけどな」
「それは驚いた。じゃあ君の強さで僕を比べてみるとしよう。アカリファ学園最強の称号は捨てるつもりはないし」
「お手柔らかに頼む。怪我するとまた怒られる」
「彼女持ちかい?女のこばかりだからよりどりみどりだろう」
「止せよそんなんじゃない」
なんかさっきまでの仕返しをされている気分だった。
そこは年上だけに、一枚上手だったということだろう。
「彼女がいなかったら僕のものにしようかななんて考えてたのに。君は結構好みなんだけど」
「だからそんなのいないんだけど」
「いやいやそんなことをしたら僕はその子に殺されてしまうから手を引くよ」
なんの茶番だ。
「ありがとね剣獅くん。あさっての対戦楽しみにしてるよ」
そう言ってチェルシーはなにか肩の荷が下りたように、スキップしそうなくらい軽快な足取りでどこかへ行ってしまった。
「さて俺も戻るか」
剣獅もまたカフェの手伝いがあるので、教室のほうへと対照的に重たい足取りでフラフラ帰っていった。




