六十一話
学園の授業は学園祭に向けてすべて休み。
剣獅はハクアとともに、交流戦のための特訓に明け暮れていた。
練習相手がハクアなのだが、これが剣獅よりもはるかに強い。
かれこれ一時間やっているのだが、いまちょうど百連敗したところだ。
ほぼ秒殺と言われても仕方ない。
「ハァ...ハァ...ハクアもうちょい手加減してくれよ」
肩で息をしながら、平然と笑顔で剣を持つハクアにちょっとお願いしてみる。
しかしハクア先生はスパルタなので、黙って起き上がって来いと手招きをする。
「パパはまだ私をほんのちょっとしか使えてません。だからシィルさんくらいの人に苦戦するんです」
と、人指し指を親指を使ってちょっとの隙間を再現してみせた。
しかしそれが一ミリ程度なので、剣獅も落ち込むところ。
「どうすりゃいいんだよ。お前を使うってあれじゃダメなのか?」
「お姉ちゃんは能力のない使いやすいタイプの剣です。でも私はちゃんと能力を使える剣です」
そういうとクロアがものすごく使えなさそうに聞こえる。
そういえば、確かに一度も戦闘中にクロアの真名を呼んだことはなかった。
聖剣とは、真名を呼ぶことで真の力を発揮するものである。
「まずは私の真名を知るところからです」
「エクスカリバーだろ?」
元は一本から分裂した聖剣。それがエクスカリバー、つまりクロアとハクアのはずなのだ。
「違います。それは私とお姉ちゃんを合わせて呼ぶときの名前です。本当の名前は別にあります~だ!!」
「子供か」
子供っぽく怒るハクアに、ひややかなツッコミ。
「パパはやく特訓です。負けたら私が斬りますよ」
それは恐ろしいことだ。本気でできてしまうので尚怖い。
ハクア先生はやはりスパルタだ。
剣獅にはそれよりもエクスカリバーの真名について考えていた。
自分が我を忘れたあのとき、なぜ自分はハクアを呼ぶことができたのか疑問だった。
頭のなかに流れ込んできたものは、一体なんだったのだろうか。
そんなことを考えているうちに、時間は過ぎて行き夕暮れになっていた。
「この辺にしますかパパ」
「そうだな...いい加減疲れた...」
「パパ、考え事しながら剣握ると危ないですよ」
さすが聖剣。考えていることは筒抜けだったらしい。
剣獅は苦い顔で返した。
デルメザ...
いつも慌ただしいデルメザ本部だが、この日は別の意味で慌ただしかった。
その理由というのが、庁舎に入り込んだ侵入者の存在だった。
その排除に、全職員の総力をもって当たっていた。
庁舎内の連絡用のスピーカーから次々に情報と命令が入ってくる。
【警備班1・2は地下の重要秘密金庫。暗部は侵入者を追え。侵入者は現在二階の渡り廊下を逃走中
絶対にあの部屋には入れるなッ!!】
次々に足音が行き交い、がシャガシャと装甲の音がする。
それをかいくぐるように、逃走者ともうひとりの侵入者が庁舎を探索していた。
二人組による陽動と潜入に分かれた作戦だっただ。
デルメザ本部は、見事に作戦にかかり、現在は陽動のほうを追っている。
(あの姉ちゃんなかなかやんじゃねえの。俺も仕事してやるとするかな)
その隠れた侵入者は、誰もいなくなった廊下の床いっぱいに紋章陣を描き、そこから大量の得体の知れぬ生物を生み出した。
人のようだが、そうではなく。ヘドロのようにへばりついているがそうではなく。
いいようのない形状をしていた。
(頼んだぜ俺のゴーレムども)
侵入者は目的地である地下に向かって走り去る。
その間、得体の知れぬ生物たちはデルメザの庁舎を破壊し続ける。
それに反応して、動く。
それこそまさに作戦のドツボにはまっているというのに。
そして侵入者は地下のある部屋に到達する。
そこには、何人もの警備隊がいた。
「そこまでだ侵入者」
どうやらバレていたようだ。どうやったのかと疑問に思いながらも隠れるために使っていた透明化を解く。
同時に、足元に一枚の紙片が落ちる。
この透明化もすべてこの紙一枚で行っていたのだ。
そして、透明化の解けて見えた姿は、白髪の目つきの鋭い16くらいの少年。
「おっさんらは俺のことどうやってわかった?」
「馬鹿め足元を見てみろ」
見ると、足元には大量の赤外線センサーのようなものが張り巡らされていた。
デルメザは地球の防犯システムなどをかなり取り入れているので、この世界においてはハイテクそのものなのだ。
「こりゃ参った。かくれんぼはおっさんらの勝ちだな。だから特別サービスで俺の剣を見せてやるよ。
出てよエクスカリバー」
その手に握られたのは確かにエクスカリバー。
黒に染められたハクアに似た禍々しい色のエクスカリバーだ。
「こいつまさか...」
「そうだ俺こそが剣騎だ。このエクスカリバーの名をしっかりと耳に刻め!!」
その後、その部屋には無数に広がる死体と、血だまりができており起き上がるものは誰もいなかった。
それを見たものが口々にこういった。
『魔剣』エクスカリバーと。
それがクリスのいなかったおよそ二時間の間に起こった出来事の顛末である。
「ボス取ってきたぜ。昔の樟葉剣獅の腕と足」
イシュタムの拠点である城に、その侵入者二人の姿があった。
もうひとりはローレンだった。
この白髪の少年の実力を見るということで、囮の役目をしぶしぶ引き受けたわけだが前の職場でもあるため陽動にかなり気を使ったのは確かである。
「ご苦労。どうだったかねこの子の実力は」
「実力は認めてやるが私はこいつが好かん」
露骨に嫌そうな顔と眼差しで睨みつける。
「いいじゃねえの姉ちゃん」
と、反して軽い口調で近寄ってくる少年。
ローレンはそれがたまらなくうざい。
「それだ。その姉ちゃんというのをやめろ。私は貴様の姉ではない」
「いいじゃねえか姉ちゃん」
「調子が狂う」
ローレンのほうが先に折れた。
単にこのやりとりに嫌気が差しただけかもしれないが。
「こんなものをなにに使う?」
「剣騎が聖剣を二本持っているのか疑問に思ったことはないかね」
そばで少年が「俺一本ですけどー?」と軽く抗議するのを横目にローレンに尋ねる。
単純に神話になぞらえて二本になっただけだと思っていたローレンには答えが見つからない。
「剣騎は元々神の使者なのだよ」
「神?馬鹿馬鹿しい。そんなものがいるわけがないだろう」
「前剣騎であるアーサー・クレンシアの前にも剣騎に該当する者たちはいた。ただその力は人々からすれば異様なものだったのかもしれない。
そこで代々剣騎たちはその力を隠して生きてきた。いつか現れる神のために」
「その神はいつ現れる?」
「神は剣騎自身が呼ばなければ一生現れることはない」
その部屋に沈黙が走った。
「つまり前任者たちは、自らその待ち人を呼ばずに来るものと勘違いして死んでいったと?」
「ああそうだ。実に滑稽な話だろう」
「それとこの剣騎の体の一部がどう関係がある」
「つまりだ。これと剣騎の持つエクスカリバーを使って神を召喚する。そして私はその神を殺して私が神になる」
聴く人が聴けばなんと馬鹿な夢だろうと思うだろう。
だが、聴けば聴くほど十分な根拠が揃っていて、否定しづらい。
そしてこの男のあの異様な力ならばと思ってしまう現実味を帯びた話なのだ。
「どうかねご感想は?」
「私は貴様らを利用するだけだ。あとは勝手にしろ」
そう言って踵を返し、部屋を後にした。
「待てよ姉ちゃん」
少年も後を追う。
「時代は幕を開ける。私が創造主となる新時代だ」
前祝いといわんばかりに、ワインのビンを丸々一本飲み干した。
そして、その山に男の高笑いが響いた。
物語はちょっとずつ進んでいきます。
二年までが学園編と、そこから先は全世界編の二部構成でやりたいと考えています。そこまでどうかお付き合いください




