五十五話
剣獅を追うためドラゴンに乗って、クレンシア王国の王都までやってきたエレン、アミリア、シィルの三人は当然空からの突入を試みる。
しかし、空から見ても城は全方位に同じようなつくりをしているため、侵入経路というものがまるで見当たらない。
王城の庭には、二人組で巡回しているので、監視が途切れることなく目を光らせている。
突入するのは、困難を極めると言えるだろう。
さらには、あまり騒がしくせず、あくまで隠密的に行動することが必要となる。
決して騒いだり、大きな物音を立てて勘付かれてはいけない。
「どうしようこれ」
エレンは二人に向かってそう聞いた。
だが、聞くよりも先に、シィルの持つドラゴンの手綱が動いた。
それを見た瞬間、エレンは嫌な予感がしてならなかった。
そして予感は的中する。
「そんなの一択しかないっ!!」
シィルはドラゴンを急降下させる。まるで崖に沿って落ちるようにまっすぐに降りる。
ここでもう一度確認しておこう。
決して物音を立てて、気取られてはいけない
あくまで隠密的にだ。
シィルは大きな破壊音とともに、城門を破壊して突撃する。
城門は、見事に大破。
さらには、庭を巡回していた見張りの兵士たちがぞろぞろと、ものとに気づいて集まってきた。
ここでいう言葉は、「言わんこっちゃない」。
シィル一人に囮役を引き受けさせるわけにはいかない。
エレンとアミリアも、同じようにシィルの元へ着地する。
「ちょっとシィルさん!!!」
アミリアが珍しくキレた。
まぁこれだけ後先考えず行動していれば、怒られるのも致し方ないことだろう。
だが、シィルは知らん顔をしている。
「あなた状況がわかって...」
「一刻もはやく、ボクは剣獅を取り戻したい。あの約束を果たしてもらうまでは、剣獅はほかの誰かに渡したくないんだ」
それがシィルが初めてみせた、本当の自分というやつだろう。
さすがは、世界五指の剣姫の娘といったところだ。
ここまでやってしまっては、二人も腹をくくるしかない。
剣を取り出して、構える。
「貴様らぁっ!!ここがどこか知っての狼藉か!!ここは国の象徴たる王城なるぞっ!!」
直後、叫んだ男は突然首を押さえて悶え始める。
そして、口から泡を出して地面にそのまま倒れてしまった。
シィルを見ると、シィルの目が獲物を狩る獣のように研ぎ澄まされた目をしていた。
なにをしたかはしらないが、シィルの仕業なのは間違いないだろう。
「ここでもし剣獅がいなくなったら、ボクたちは絶対に後悔する。後悔したくないから、このひとたちを倒す」
シィルが敵に向かってたった一人で走っていく。
残されたエレンとアミリアは顔を見合わせる。
「どうする?」
「どうもしませんわ。私たちも参りますわよエレンさん」
「うん」
エレンとアミリアは、兵士の群れに向かってシィルの後を追うように走っていく。
三対数百の戦いが始まった。
同時刻...剣獅とアウスターは王の間で二人きりだった。
この王はなにかと話しづらい。とにかく真面目くさった顔で、冗談でもいうのでリアクションが取りづらくて、大変コミュ力のないお方である。
「剣獅。お前好きな娘とかいるのか?」
突然すぎる。
真面目な顔してなにを言うのかと思えば、こんなことである。
「は?」
それに対しての返しは、数瞬遅れてのこの一言に尽きる。
これはアウスターの質問が、というか話の入り方が悪かったとみるべきだろう。
「お前も男だ。それにお前以外はみんな女の学園にいて、好きな女の一人や二人できないわけがないだろう」
できていないからいつもエレンとかに怒られるのだが。
「いねえよ」
率直に答えた。
別に剣獅は好きだと思う相手がいたことはない。あのいつものメンバーも仲がいい友達程度にしか思っていない。
恋愛対象にするには、少々近すぎた。
元から恋愛に対する気持ちというのか、そういうものが欠落しているといっても過言ではない。
「つまらんやつだな。あのアーサーの息子とは思えん」
アーサーが女たらしすぎただけだろう。
それでつまらんとか言われて、理不尽に思うのは無理ないこと。
「なんでそんな話になるんだよ」
剣獅は半眼でアウスターをみる。が、相変わらずの真面目すぎる真顔で言うので、意図とかそういうのが読み取りづらい。
「お前があまりに嫌がるので、もしやと思ったのだが...他に別の理由があるのか?」
言われてみればそうなのだろうが、剣獅はそうではない。
「俺は、あいつらがあの学園で笑ってるのが好きだ。喧嘩してもなんでも最後に笑ってればそれでいい」
「自分の幸せを犠牲にしてもか?将来を先のない未来に擲つか」
「将来ってのは元々先のない未来を言うんじゃないか?だったら先を作るのが俺たちだ」
そのとき、再び王の間の扉が開かれる。
そして兵士が、今度は走らずに落ち着いた様子で歩いてくる。
「城門にて女王騎士団が襲撃してきた剣姫三名と交戦中。まもなく鎮圧されるかと...」
剣獅は兵士が入ってきた瞬間には、入口の扉のほうへと歩き出していた。
「行くのか」
「ダチを救いにいくだけだ。出てよ黒の聖剣エクスカリバー」
黒い聖剣が、窓を突き破って剣獅の手の内に収まる。
学園においてきたハクアが、剣獅の呼びかけに応じて顕現したのだ。
『ご無事でなによりですパパ』
「行くぜ。ちょっとだけがんばってみるからさ付き合ってくれるか?」
『私はパパの聖剣です。いつでもあなたとともに』
剣獅はハクアを手に、おそらくだがエレンたちのいるであろう城門に向かって脚を進める。
「やぁッ!!」
アミリアの槍に数人ばかりが串刺しにされ、あたりに返り血が飛ぶ。
串刺しとは言ってもあくまで再起不能なぐらいに掠ったくらいだが。
エレンとシィルも同じように数千の軍勢を相手に剣を取り、相手を行動不能にする。
次々に倒れていく兵士たち、
顔に血を浴びながらも、前進してくる剣姫たち。その戦いは熾烈を極めた。
その声が聞こえるまでは。
「なんや~?可愛ええ娘らやな~。殺すんもったいないわ」
聞こえてきたのは、城門の上。ふわふわしたなまりの利いた関西弁の女の声。
その声の方をその場の全員がみる。
すると、城門には七人の人影が見えた。
「殺しちゃだめよ。あとで剥製にするから」
「それ殺すのと同じ」
「刑を執行する」
「まったくヒルダがギャルゲーにはまっているから...」
「遅れたのはハルカゼのほうでしょマジで。あたしはただ彼氏とメールしてただけだし」
『それ確実に遊んどったろうがいっ!!』
「なんでもいいから早くしようよ」
なんだか和気あいあいとした雰囲気の七人。だが雰囲気でわかる。
彼女たちは自分たちでは到底歯が立たない次元の実力者だ。
「女王騎士団...!?」
このときシィルがその言葉を口にしなければ、三人が戦慄することはなかっただろう。
王国最強の戦力女王騎士団。あの世界五指の五人がいなければ、世界最強とまで謳われる部隊だ。
シィルもシリウスからこいつらとだけはやり合うなと、注意を受けている。
「ついにきたね女王騎士団。くるとは思ってたけど」
それはほとんどあんたのせいだ。
エレンとアミリア二人が揃って口に出さなかったが思った。
「貴女らの戦いぶりは見事。むしろ賞賛に値するだろう。たった三人で、よく我が国の誇る兵士たちを打倒してここまでの損失を出してくれたものだ。ここまでやられて貴女らの行動を黙認するわけにはいかない」
女王騎士団が剣を取る。
「最悪監獄は覚悟するといい」
「三人相手に七人とは加減というものをご存知ないようですね。ハルカゼ姉さん」
女王騎士団を見下ろす遥か上空。ひとりのドラゴンにまたがる剣姫。
エレンたちには聞き覚えのある声。
頼もしい援軍だった。
「絢香...」
ハルカゼは上空から見上げる絢香を、睨みつけるように見上げる。
そして、いきなり剣を振り、空気の刃を放った。
絢香も対抗するように刃を放った。
空気の刃はちょうど中間あたりで衝突し、弾けて圧縮された空気が強風を巻き起こす。
「十夜芽の家を出て、春風を名乗ったあなたが、まだその技を捨てていないとは」
「この技は私が培ったものだ。手放す気はない」
「では。十夜芽家七十代目当主として、けじめをつけなければいけないようですね」
「私に勝ったこともないお前がか?笑わせる」
「今までの私と思わないことです姉さん」
「一々癇に障るッ!!」
十夜芽とハルカゼの斬撃対決が始まった。
しかし、これでも六体三。計算上は一人で二人相手にする計算だが、そんな計算はとうの昔に崩れ去っている。
「さてこっちもやろうか」
六人が城門から降りて、襲い来る。
実力者の剣姫が六人。
アミリアはこのとき、ひとつ懸念を抱いた。
エレンはもしかしたら体力がないのではないか。
エレンの体はアミリアやシィルほど鍛えられているわけではない。
現に、今も肩で息をしている。
まともに剣を受けきることができないのではないか、そう思えてならなかった。
しかし悠長に人の心配などをしてはいられない。
アミリアのほうにも、敵は迫ってきていた。
アミリアは必死に長い槍で素早い剣に対応する。
そして、横目でエレンを見やるが、限界が近いのか反応が遅れている。
そんなエレンに、向かって一太刀浴びせようと凶刃が迫る。
「エレンさんッ!!」
叫んだところで、ようやくエレンは自分の状況に気がついてどうにか回避行動を取る。
だが、押されている。
「人の心配とかできるん?後ろ忘れてるで」
後ろからも、敵はきていた。前は剣、後ろは槍。
避けられない。
そんなときにふと、走馬灯のように剣獅の顔が浮かんだ。
(剣獅さん...)
すると本当にやってきた。
「遅くなって悪いなみんな」
黒い剣を構えた剣獅が今そこにいた。




