五十二話
一年ワルキューレ教室紋章術。この日この授業は少々どころでなく騒然としていた。
それもそのはず。剣獅だけだと思っていたのに、いきなり剣獅が見知らぬ大人を連れ込んでいるのだから。
「え~紹介します。このひとは...」
「やっほ後輩たち~!みんな元気かな~?」
歌のお姉さん顔負けの元気の良さに、剣獅はずっこけそうになる。
どうにか気持ちだけは前を向く。
「この人は俺の母親の...」
「樟葉沙織で~す」
だからなぜ前にしゃやり出てくるのかと、剣獅は怒鳴りたい気持ちでいっぱいだが、今は一応授業という建前があるのでみっともなく叫んだりしない。
自分から自己紹介をしてくれるのだから逆にいえば楽っちゃ楽と言っていい。
もっとも、こんな軽そうな人間に教えられるのはどうかと思うが。
「今日はOGの私が直々に教えよう。皆の者しっかりついてまいれ」
できれば今すぐ帰って頂きたかった。
提案したのは剣獅だが、まさかこんなにハチャメチャなテンションではしゃがれるとは思ってはいなかった。
先行不安なのは変わりない。
「沙織先輩。勝手なことをされては困るんですが」
さすがに見ていられなくなったのか、別室で見ていたスレイが眉間に皺を寄せた面持ちで出てきた。
わざとらしい席で沙織の暴走を一旦停止させる。
「あらスレ子久しぶり元気だった?」
「生徒の前ですのでスレ子は止めてもらえますか」
剣獅は真横で見ていたのでわかるのだが、スレイの額の青筋がピクピクと脈打っているのがスレイの怒り具合を表している。
ついでに言うと剣獅以外の全員が『スレ子』の愛称に、腹を抱えて大笑いしそうになるのを堪えてクスクスと笑っていたのが、さらにスレイの怒りを逆撫でする。
「樟葉息子さっさと授業を進めろ」
「剣くんファイト」
大人とは一体。
その後はと言うと、沙織の授業参観みたいになってしまった。
クレンシア王国王城王の間。
歴代国王の権威を示すように王の像が立ち並び、荘厳な装飾がさらにそれを強調する王の間。
そこにいるのは現国王でありアーサーの兄で、剣獅の叔父にあたるクレンシア14世と、現ブレイドヴァルキュリア クイーンナイト・ハルカゼである。
「ハルカゼ少し頼みたいことがある」
「なんなりと」
二人は互いの仕事上の関係で付き合いは長い。
命令や頼みごとなど日常茶飯事である。
互いの領分はわかっているので無茶な要求をすることはない。
「私の甥を迎えに行ってはくれないか」
ハルカゼは長い付き合いだが、甥がいるという話は一度も聞かされたことはない。
弟がいたというのは聞いていたので、予想はつくのだが。
「わかりました。しかしその方はどこに?」
「男の剣姫の話は知っているか?」
「剣騎のことですか?」
「そう言うんだったか…その剣騎がそうだ」
その話は半年前剣姫界に衝撃を与えた。今でも新聞に書かれた記事を忘れることはない。
しかも、最近は何やら色々事件に関わっているというではないか。
「聞き及んでおります。大層に活躍しているとか」
「私には娘しかおらん…そろそろ私も年になりつつあるしな」
「とんでもない。まだまだこれからにございましょう」
と、持ち上げてみても国王はアーサーより十も年が上で、色々政務も辛くなってきている頃だ。
引退を考えるのもわからなくはない。しかし、剣姫たちの社会に参入する体系の基盤を築いたこの男をおいそれと退がらせる訳にはいかない。
今はまだ時期が早すぎるというものだ。
「私には時間があまりない。だから頼まれてはくれないかハルカゼ」
「王の勅命とあらば」
ハルカゼは甲冑の擦れる音とともに、正面の扉から出ていき紋章術でどこかへ消えた。
剣獅の授業は引き続き行われており、沙織とスレイでそれを監督している。
剣獅の実技はテストするまでもなく、おそらく上位には入ってくるだろう。
それもすべてはクロアのマンツーマンのおかげである。
「うちの剣獅はどうよスレ子」
「その呼び方は止めてくださいと学生時代から言ってますよね」
スレイは沙織より二つ下で、よくスレ子という呼び名でからかわれていたので、沙織のことは少々ではなく苦手の部類だ。
しかし、剣や紋章術だけは尊敬しているのも事実だ。
「まぁさすがに二人の息子ですか。普通に私たちを追い越して行きますよ」
「私思うんだけど、次の五人は剣獅の周りにいる五人になると思うの」
「五人?四人ではなくですか」
つまり剣獅は勘定に入っていないのだ。
そしてスレイも大体交友関係は把握しているが、剣獅の周りには四人の取り巻きしかいなかったように思う。
「多分そう。剣獅の周りには五人集まって、その五人がこの世界を創る存在になる」
まるでそれは予知のように、誰も知らないところで告げられた。
「そろそろ授業もおわ…」
終わりだと、生徒たちの元に行こうと立ち上がった瞬間、突如剣獅たちのいる付近から爆発と激しい爆風が吹き付けた。
辛うじて開いた目でみた限り生徒は無事のようだ。
「先輩あれは!?」
「ハルカゼ…」
「ハルカゼ!?なぜ現ブレイドヴァルキュリアがこんなところに!?」
スレイも知っている。
クイーンナイトハルカゼ。本名春風春香。かつて沙織と轡を並べた黄金時代の一人だ。
普段は王室に入り浸って滅多に出てくることのないと聞いていたのだが、なぜそんな人物がこんな場にきたのかが不思議でならない。
「あのアホ娘ェ…」
沙織の肩がワナワナと震え、オーラのようなものが見える。
幻覚かと目を擦ってみても、やはり見える。
瞬きした次の瞬間には沙織は剣獅たちの元へと跳んでいた。
そして地面を陥没させる勢いで着地。
切り殺すような眼差しをハルカゼに向ける。
「春香ァ…うちの剣獅が怪我したらどうしてくれんのよ」
「沙織相変わらずね。貴女がペットの龍王を飼っていたときと同じね」
「殺す。来なさいグラディウス」
沙織の手に白く輝く剣が現れる。
掴むや否や、ハルカゼに向かって思い切り力任せに振り下ろした。
先ほどの爆発と引けをとらない爆発。
しかし追撃は止まない。
「沙織貴女に用はないのだけど」
「うちの剣獅にちょっかいかけたやつは誰だろうと磨り潰すわ」
これぞ親馬鹿パワーの成せる業である。
「今回はそのあんたの息子に用があるのよ。邪魔をしないで」
「俺?」
いきなり名を指された剣獅は突然のことに思わず驚きの声を漏らす。
「剣獅に何の用!!いっとくけど独身だからってうちの剣獅はあげませんからね」
年の差過ぎるだろう。
言われなくてももらわれるつもりはない。
「樟葉剣獅様お迎えに上がりました。王が城にてお待ちです」
ハルカゼは恭しく頭を垂れた。




