四十六話
朝からエリスに頼まれたとおりに、昼休みの時間を使って校内を案内する。
だがどういうわけだろう。シィルとの距離に違和感を感じる。
近いようで遠い。手を伸ばせば触れそうで、でも握るまでいかない微妙な距離。遠目からみると進行方向が同じだけの男女にしか見えない。決してカップルのようには見えないようにした位置取りなのか、それとも単にシャイなだけなのかだが、シィルの性格上シャイということはないだろう。
「なぁ...なんか遠くないか?」
「別にそんなことないですよ?」
少女は取り繕ったような笑顔を向ける。
この笑顔もただの愛想笑いだ。
「お前疲れないか?」
「疲れる?何にですか」
不躾な質問だとは思った。意味が通じづらいのもわかっていたので補足で説明する。
「お前色々無理してるだろ。顔に出てるぞ」
「そんなことありません。行きましょう」
シィルは笑顔を崩すことなく剣獅の先をスタスタと歩いていく。
剣獅も余計な世話だとは思うのだが、なんだか放っておけないのだ。
自分も無理して周りに合わせようとして、それがストレスになっていた時期もあった。多分シィルも同じかそれ以上だ。
とりあえず少しずつ小さなことから変えていくことにした。
剣獅の案内している後ろで、二人の動向を見逃そうとはしない面々が廊下の端から顔を出して覗いていた。
「デート...」
「デートですわね」
「デートだな。許さんあの女」
恋する乙女には好きな男の側に他の女がいることがどうにも許せないのだ。
あんな変な間隔であるいていても、デートに見える。
『絢香様。決して切り殺そうなどと物騒なことは考えませぬように』
「うっ…」
やろうとしていたことを先読みされた。
これまでのことを考えれば、誰でも分かりそうだが。
『絢香様。剣獅様ははっきり言うと人のいい唐変木なので思ったようなことは起きませんよ』
今日の村正ははっきりものを言う。剣獅が聞けばぐっさり心に刺さることだろう。
「しかしだな…」
『器が小さいと嫌われますよ』
これが止めだ。
この言葉が効いたのか、絢香は回れ右で剣獅と反対方向に歩いて行った。
「あれ絢香どこ行くの?」
エレンが絢香の動向に気づいて話しかける。
グギギという擬音が似合いそうな首の回し方をした。
「い、いや。わ、私はまだ昼食をとってなかったことを思い出してな…ではなっ!!」
風が吹きそうなくらい素早く絢香は去っていった。
なんだったのかエレンは不思議そうに後ろ姿を眺めていた。
「行きましたわよ」
アミリアの声で振り向いて剣獅の後を追った。
追うことさながら探偵のごとく。
どこまで来たかは知らないが、とにかく遠くまできたはずだ。
あのときどんな顔をしていただろう。
恥ずかしくも顔を真っ赤になどしていなかっただろうか。
思い出せないくらいに記憶から抹消できたのは、自分としては良かったのだろうがもしエレンに聞かれたときはどのように返せばいいか返答が思い付かない。
情けない。今日は剣獅のために弁当二人前も作ってきたというのに渡せず逃げた。
なんと臆病なのだろう。
村正の言うことも正論だが、怒られてもいいから奪い取れば良かったのだ。
「私はどうしたいのだろうか…」
「絢香様…」
二人でいるとき、村正は独り言も聞いてくれる話し相手だ。
常に聞き手に回ってくれるので、気が楽なのは間違いない。
「村正。私はあれで良かったのか?」
「絢香様のやり方であればあの方がずっといいと思いました。近づいてくる女を片っ端から斬っていては剣獅様も近寄りたがらないでしょうし」
またも村正の言葉が心に刺さる。
正論であるが故に反論できない。
「今日は私がお供いたしますので昼食にしましょう」
そのとき、絢香の片方の瞳が十字に変わった。
これは十夜芽の一族のみ持ち得る超能力の類いで、少し先の未来の映像を断片的に見ることができる。
しかしこれは、絢香の場合突発的であり、こうして極たまに突然イメージが浮かんでくるのだ。
この能力から別名『遠世目の一族』とも呼ばれることもあり、日本の歴史の時の権力者の背後には十夜芽ありとも言われるいわば日本の影の存在である。
そして今回絢香が見えたものは、仮面をつけた人間。その前に倒れる剣獅とその傍らで砕け散ったエクスカリバー。
「剣獅が…死ぬ…」
昼食がどうとか言っている場合ではない。
今更だが剣獅の周りを監視しておかねば、特に仮面の女などもっての他だ。
「絢香様?」
主と一体と言えども、さすがに考えていることや見聞きしたものまで共有できない。
村正は黙って早足で闊歩する絢香についていくしかなかった。
「もういいか」
「ええありがとう樟葉くん」
校内案内も一通り終わった。これから昼食にしようというところで、絢香がものすごいスピードで歩いてくる。
隠れていたエレンたちもびっくりである。
「剣獅っ!!」
「は、はいっ!!」
ものすごい剣幕で歩いてくるものだから、間近にきたときの迫力が桁違いだ。
剣獅もついいい感じの返事を返してしまう。
「ちょっとこい。今日からは私が監視してやる」
手を引かれて、引きずられるような形で連れていかれる。
あまりに一瞬のことに、シィルもエレンもアミリアも呆然としている。
「待てよ絢香。どこまで連れていくんだよ」
「今からお前は私と常にいっしょにいろ。絶対だ出かけるときは私に一声かけろ」
それはどうも息苦しくて仕方ない。
「絢香どういうことだよ?説明してくれ」
「お前が死ぬ未来をみた」
剣獅はこのセリフを悪い夢でも見て、心配になっているだけではと軽く考えていた。
そして絢香の頭に手をおいて。
「大丈夫だって。俺は死なない」
「違っ…私が言っているのは…」
「ほら食堂行こうぜ」
絢香は剣獅の言葉が余計に心配になった。
そんなことを言って、もし目を離したときに剣獅が死んだら。
そのとき私は平常心でいられるだろうか。
たぶん無理だ。
「剣獅…」
「ん?」
「いや、何でもない…」
「そうか。早くしないと授業始まるぞ」
そうじゃない。私が言いたい言葉はそうじゃない。
ただ、お前に伝えたい。
死んでほしくないから、私が守るから側にいてくれ。
そう言いたかったのに、臆病な自分を呪った。




