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四十四話

「剣獅!剣獅!」


クロアの呼ぶ声がする。剣獅はその声に導かれるようにしてなにもない空間をひたすらに歩く。

何千何万の歩みを刻もうと、そこにはなにもない。

ただ無限に広がる黒い空間の静寂しかない。


そんななかで、クロアは黒い中に白い格好なので一際その存在の白さが顕著に現れる。


「クロアどうした」


「剣獅さよならだ」


「おいちょっと待てよ。それってどういう...」


クロアの体にガラスをハンマーで叩いた跡のようなひび割れが入る。

その罅はやがて広がっていき、クロアはまんまガラスのように砕け散り、その破片すらも消え去ってしまった。


「クロア?...クロアッー!!」


呼んだところで返事は返ってこない。

その辺にクロアの姿はなく、なにもない空間がまたなにもなくなっただけだ。


「行くなよ...俺から離れていくんじゃねぇよッ!!クロアッー!!」







叫んだところで剣獅は自分の声に反応して目を覚ます。

どうやら今見ていたものは夢だったようだが、なんとも気分の悪い夢だった。

みれば全身から汗がびっしょりと流れている。

それよりまずクロアだと思ったが、心配するまでもなく剣獅のとなりでスヤスヤ寝息を立てて寝ているのを見て、剣獅は安堵のため息をつく。


「なんだったんだいまの...」


なんだか胸騒ぎがしてならない。今日から新学期だというのに。


「樟葉くん起きてますか?入りますよ」


点呼にきたエリスだ。

新学期早々から殊勝なことである。


「はい先生起きてますよ」


「おはようございます。今日も一日頑張りましょう」


一瞬朝のテレビでみる天気案内のアナウンサー的なノリだったが、別に気にならなかった。普段からエリスはこういう人間なのだ。

普段から出張ばかり行っていて、こちらの仕事にはあまりでてこないので、出会うことがかなりきまぐれなぐらいのレア中のレアな存在なのだ。


「それじゃあ樟葉くん教室で」


そう言ってエリスは出て行った。

剣獅は汗まみれなのが気持ち悪くなって、俗に言う朝風呂というやつに浸ってみることにした。

朝風呂は健康にいいだの悪いだの、結構賛否両論であるが剣獅は夜風呂派なのはここだけの話。


剣獅は脱衣所に向かい、そのまま汗まみれになった部屋着を脱いで洗濯機へ投げ入れる。

そして全裸になってそのままバスルームの扉を勢いよく開けた。

すると、どうやら先客がいたようだ。


ショートにまとめた白髪の小柄な色白な素肌の美麗な少女エレンだ。

剣獅は目の前にいる人物を見て、目をぱちくりさせる。


「きゃー。剣獅の覗き魔ー」


いつもの抑揚のない声でそんなことを言われても、剣獅としても反応に困る。


「お前なにしてんの?」


「シャワー壊れたから借りてる」


「アミリアのところにでも行ってこい」


「アミリア朝早くて鍵かかってるから使えない」


なぜ自分のところなら無断侵入、無断使用はいいと思ったのだろう。

アミリアのところにも忍び込めばいいことだろう。


「それとも剣獅は私の幼児体型見てもドキドキもしないのかな?」


からかっているとしか思えないセリフだが、言葉と体が全然リンクしておらず、卑下にしていても魅力的な肢体をこれでもかと見せつけてくる。

さらには剣獅にその体を密着させてくる。


「あのさエレン?この格好でこの距離はまずいんじゃないか?」


朝からこんなことをされれば、剣獅の別のところが元気になって変な気を起こしかねない。

いまが理性を保てるセーフティーラインだろう。


「別にいいよ」


何がっ!?。剣獅の悲鳴はもはや言葉にもならず、音になる前に口で止まっていた。


「剣獅が襲ってきたらそれはそれで責任は取ってもらうし」


その責任というのはつまりケッコ...いや考えないようにしよう。

まだ早すぎる。そう、まだ自分には早すぎる話だ。だってまだ十六なんだもの。


「わかった。外出ておいてやるからさっさと済ませろよ」


まさか裸のエレンを外に放り出すわけにもいかず、仕方なくだがシャワー権はエレンに譲った。

そのためには体の汗による気持ち悪さに耐えなければならなかったが、まぁほんの十五分かそこらだろう。苦になるようなことは多分ないはずだ。


「剣獅いっしょに入ってよ」


「わがまま言うな」


エレンの頭を小突いて剣獅はとりあえずの上着を羽織って風呂場を跡にした。

さすがに一年中冬のような気候のここで全裸でいるのはかなり寒いのだ。


「剣獅の意地悪...」


剣獅が出て行ったのを名残惜しく思いながらエレンは頭からシャワーを浴び続けた。





「剣獅って一家に一台はほしいよね」


「俺は便利な電化製品か」


エレンは剣獅の作った朝食を口に入れながら言う。

今日はたまたま外で待たされたので、剣獅が余った時間がもったいないと結局エレンが三十分以上も入っていた間に作ったのだ。

エレンが出てきたタイミングとクロアの起きてきたタイミングが噛み合ってしまい、現在険悪な雰囲気の朝食がテーブルをはさんで展開されている。


「剣獅あ~ん」


とか言ってエレンが挑発するように自分のサンドイッチを剣獅の口に押し当ててくる。

なんだか前にも似たようなことがあったような気がして、デジャヴのようなものを感じる。


「貴様斬り殺すぞ女ッ!!」


とうとうクロアがキレた。自らの存在であるエクスカリバーを顕現させて、行儀悪くもテーブルに脚を乗せてエレンにその鋒を向ける。


「やめんか」


クロアの身長ならば剣獅が腕を伸ばせばデコピンできる位置まで腕が届くので、手を伸ばしてデコピン程度のお仕置きをしてやった。

なにがあっても食卓に脚を乗せるのはやっちゃならんのだ。


「剣獅貴様っ!!私の主でありながら私以外の女とイチャイチャしおって」


「あのな...」


「そう。剣獅と私は婚約してるの」


エレンが根も葉もないような嘘で火に油を注ぐものだから余計にクロアの機嫌を損ねる一方。

もうちょっと仲良くしてくれと願うばかりだ。

この二人はであったときからそうだが、なにかと仲が悪い。


「こ、こここここここ婚約だとっ!!?」


クロアはその一単語を聞いただけで顔を真っ赤にして倒れてしまった。純情にもほどがある。

頼りになるんだかならないんだか、本当に世話の焼ける妹である。


「エレン。あんまりうちの妹分いじめるなよ」


「剣獅。このまえ私も妹って言った。つまりこれは姉妹の喧嘩」


確かに海でエレンたちのナンパから助けるために嘘を言ったが、あれは本当に嘘だ。

エレンを妹になんて見れるはずがない。口ではなんとでも言えても、意識のほうでエレンはひとりの女の子にしか見れない。


「姉妹なら仲良くだ」


「わかったお兄ちゃん」


そういうエレンは少し小悪魔的な笑顔を含ませていた。











今回からまた本編に返ります。と言ってもあまり進んでいませんがゆるゆる進めないと自分の展開でガツガツいくと、この物語は百話ですべてが終わってしまうような悲惨な事故が起こってしまう可能性もないではないのです。

できれば二百はいきたいので長い目でゆったりと楽しんでいただければと思います。

ナンバリングは前回の続きからやるので悪しからず。

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