口和む剣姫たち
世界で五本の指に入る剣姫たち。特に決まったくくりはないのだが、畏怖と敬意を持ってその存在は神聖視される。
そんな剣姫たちは度々集まっては会談とは名ばかりの談話会を行う。
場所は世界が一望できるであろうほどに高い山、ビスフォレスト山山頂にあるエデンの神殿と呼ばれる真っ白い荘厳な佇まいの神殿だ。
そこでメイガスはいち早くついて、日本から取り寄せている日本茶を啜りながら他のメンバーの到着を待つ。
「やはりこの茶が一番だな」
と、ほっこりしていると誰かのヒールの音がする。
段々近づいてくる人物。メイガスは近くにくる前に誰かわかっていた。
「レイ久しぶりじゃないか」
「久しぶりだなメイガス。あの馬鹿娘はまだ馬鹿をやっているのか」
レイと呼ばれた典型的白人顔の女性。年の頃はメイガスとそうは変わらないだろう。
何を隠そうレイこそが五人のうちの一人、聖騎士レイ・フレバンスである。
中々豪快な性格が有名で、それでいて礼儀やルールを絶対遵守する聖騎士の名に恥じない人柄の人間なのだ。
そのためしばしば剣姫の学園から講師や学園長の依頼があるのだが、縛られるのが嫌なのかそういう話はすべて断っており、現在は孫と二人で穏やかに暮らしている。
ヒールは昔から好きな靴なのでヒール以外の靴は履かない。
「で、私らを呼びつけた沙織はまだか。あいつとは因縁に決着をつけねばならん」
レイは腰に下げた自分の聖剣にてをかける。
レイと沙織は、まだ沙織が学生時代にエキシビションのつもりで戦った試合で負けているという過去がある。
「やるのはいいがここでは暴れないで欲しいねぇ」
メイガスは止めるつもりもないので、やんわり注意するだけに止めた。
そうしているうちに別のメンバー、それもメイガスはあまり会いたくない人物がやってくる。
三十後半もうすぐ四十になろうかという年でなかなかにヘビーな服装を着こなす暴れ姫。
その言動には品性など欠片ほどもない。
「俺は三番かよ」
暴帝シリウス・カーラー。
学園長メイガスの実の娘であるが、今は夫の姓を名乗っている。
沙織のことは学生時代から尊敬しており、どんな状態であろうともこの会談には参加する。
「来たか馬鹿娘」
レイはフンっと興味無さげに言った。
この二人は性格が真逆のため馬が合わないのだ。
「あんたに用はねぇよ」
「止めなさいシリウス」
「あんたも母親面すんじゃねぇよババア」
今日のメイガスの沸点は異常に低い。
青筋を立てて怒っているのがわかる表情を見なくてもわかる。
「少々仕置きをせねばならんようだな小娘ェ」
レイは先ほど言われた言葉をそっくり返してやったらどんな顔をするかと想像すると、おかしくてたまらなかった。
「まぁまぁ先生。そうカリカリしない」
誰にも気づかれずに入ってきた人物こそが呼び出した張本人。姫夜叉の異名をとる樟葉沙織だ。
実力の序列で言えば沙織は最上位にあたる。
「やっと来たのか。時間にルーズなのは相変わらずか」
「そんなことよりシリウス。うちの可愛い可愛い息子に何してくれてんのよ。切り刻んであげるから正座しなさいいますぐに」
自分の過去を剣獅に知られまいとしてきた十余年を無駄にされたのだ。怒る理由としては十分である。
メイガスの注意も聞かずにシリウスに向かって怒鳴っている。
「あのいや先輩…それしまってください怖い怖いです」
シリウスもいつもの男っぽい口調ではなく、素に戻ってビビっている。
剣を教えてくれと言って、もはや苛めに近いほどにボコボコにされた経験は未だに忘れることのできない記憶の一つだ。
「先生も先生よ!!何が『全部私に任せておけ』よ。この三ヶ月でうちの剣獅がどんだけ危ない目にあってるか、しかも女の子をあんなに連れて帰ってきて!!」
まさかこっちにくるとは思ってなかったメイガスは面食らったような顔をつくる。
「い、いやまぁ息子がモテるのも鼻持ち高じゃないか?」
「剣獅は私のものよ!どこにもあげる気はありません!!」
あの優等生沙織がどこでどうやったらこんなモンスターペアレントになるのだろうかとメイガスは頭が痛い。
「本当なら剣獅は普通の学校に行かせるつもりだったのに。本当なら腕と足も取り替えてあげたいくらいなのに…」
「腕と足がどうした?どこも悪そうに見えなかったが?」
メイガスは結構肝心なシーンでいないことが多く、剣獅の過去については一切聞かされていないので、剣獅の手足の片方ずつが義手義足であることは知らない。
知らないということで言えば、沙織を覗いた全員が当てはまる。
「剣獅は事故で手足を失って今は義手義足で生活してるわ」
メイガスはいきなりのことに絶句して言葉を継ぐことができない。
「そういうことか…それでも上手くやれてるならそれでいいじゃないか。他人が口出すことじゃないよ」
「それより、沙織。そろそろ私らを呼んだ理由を説明して貰おうか」
唯一無関係で無関心のレイが話を無理やりに切る。
あまり長引かせるような話ではないので、言うとおりにこの話題は打ち切る。
「じゃあ本題ね。ここにいないローレンについてだけど。その筋の情報によるとイシュタムという組織にいるらしいの」
「イシュタム...嫌な名前だねぇ」
イシュタムとは、死者を楽園に連れて行くとされる悪魔の名前だ。
意味合いとしては、死ぬことが楽園に通ずる道だと言いたいのだろう。
「結構過激な組織らしくて、抵抗する街や国をいくつも潰しているらしいわ」
「先輩。それの所在やボスの存在は?」
「これがてんで駄目。探せば探すほどに難航するのよ」
沙織は記者の傍らこういった情報収集などもやっており、かなり凄腕の情報屋として有名なのだが、その沙織が手こずる相手というのがどういうことか三人はわかっていた。
「それとデルメザには気をつけて。イディアを奉って何かしようとしてるらしいから」
「イディア?あのイディア様か?」
世界で最初に聖剣を手にした最初の剣姫。その実、彼女は大地の巫女で大地から一本の剣を作り出したとも言われる。
奉ったところで何も出るわけはないのに、何を企んでいるのかまるっきり分からなかった。
「とりあえずそれだけ」
「いつもいつもよくそんなに集めてくるものだな」
レイが面白くなさそうに言う。
こんな情報を持ってこられては勝負だとは言えなくなったからだ。
「そりゃどうもレイおば様」
おば様と言うには少々年を召しすぎている。もちろんわかりやすい皮肉だ。
他の二人の手前手は出さずにぐっと堪えた。
「それじゃ今日はお仕舞~い」
気の抜けるような声を出して、スキップ鼻歌のコンボで出ていった。
いつもこうというわけではないが、こういう性格であることはわかっているのでそれに文句を言う人間はここにはいない。
いるとしても呆れ返っているだけである。
続いてシリウスも出ていく。沙織がいなくなればシリウスにここにいる理由はない。
「レイ。少しいいかい」
「なんだ改まって。思い出話なんぞ聞かされても面白くもないぞ」
「私らもそろそろ年だ」
「なんだ年寄りの愚痴でもするようになったのか。あんたらしくないねメイガス」
そう精神論を語っても、体は精神論に付き合ってくれない。
自分が老い先短いこともメイガスはなんとなくわかっていた。
「レイ。もし私に何かあったらうちの生徒の力になってくれないか」
「それは私に学園長後任をしろと言っているのか?」
レイはメイガスの言葉の真意を計りかねているようだ。
「いやいや任されて欲しいのは沙織の息子の剣獅くんだ」
「アーサーの馬鹿王子の息子か。私に何をしろって?」
「絶対にレイの力は必要になる。そのときは頼むよ」
レイは正直戸惑った。長い付き合いでも頼み事など数えるほどもされたことがない。
自分の死を予見して、その上で言っているのだ。
気安く受けていい話ではないだろう。だが五十年以上の仲だ。断るつもりはなかった。
「わかった引き受けてやる」
「助かるよ」
「だが死んでくれるなよ?話し相手にはいつでも困っているからな」
それは孫と二人きりだからじゃないのかと言いたくなったが、無駄に話を拗れさせるのも馬鹿らしいので苦笑いを浮かべた。
「じゃあな。もういく」
レイはまたヒールの音を鳴らしながら部屋を出ていく。
部屋にはメイガス一人になった。
「さて、私もいくかね」
メイガスは出口ではなく、紋章の力で移動した。
結構無粋であるため、他のメンバーの前ではやらない。
緑が鬱蒼と生い茂る爽やかな風の吹く丘。そこにポツンと人の手で作られたであろう石の建造物が聳え立つ。
そこに刻まれるのはアーサーの名前。
ここはアーサーの墓である。
生前のアーサーはここで寝そべるのが好きだったので、沙織がここに作らせたのだ。
そんな墓に人が来るのは年に一回か二回だろう。
その一回が今だった。
「久しぶりだねぇアーサー」
メイガスは墓に話しかける。
そこに居はしないが、気分的に話しかけたくなるのだ。
メイガスはアーサーが亡くなってからは、毎年命日にやってきては花を添え、少し愚痴を溢して帰っていく。
なんだかんだで思い出深いのだ。
「あんたの息子はあんたに似ない顔だけど、あんたにそっくりのやんちゃなガキだねぇ」
勿論墓石は答えない、はずだった。
『そうか。剣獅は俺に似たのか』
墓石が突如喋りだした。
この石は鬼石といい、名前を書かれた黄泉にいる者の魂の拠り所になる。
希少性はあまりないが、あまり気のいいものでもないのでこれを注文する客はめったにいない。
『先生。剣獅のことはお願いします』
「ハハハ沙織と同じこと言うんだねぇ。とんだ親馬鹿夫婦だ」
そう言われてはアーサーも返す言葉もない。
『まぁ剣獅は先生も超えるいい剣姫になりますよ』
「そうかいそいつは楽しみだねぇ」
この楽しみは方向性が違うように思われた。
『どんな顔してんだかなぁ。会ってみてぇなぁ』
「そのうち会えんじゃないのかい」
『沙織が来させてやってくれるかどうか』
「違いない」
二人で長々と笑い話をした。
何時間経ったかなんて分からないほどに長かった。
剣獅の話から、沙織の悪口まで話すネタには一切困ることはなかった。
そうして話すうちに意外な人物がやってくる。
「先輩」
『お~お~懐かしいなぁその声シリウスだな。何年ぶりだ?』
「十年だな」
『口調まで変わりやがって。昔のほうが可愛かったぜ』
「からかうのは止めろよ先輩。亡者に褒められても嬉しかねぇよ」
『もう一回言ってみな。私は沙織先輩が大好きですって』
その瞬間シリウスの拳が墓石に放たれたが、メイガスが寸前のところで防御用紋章術で防ぐ。
「次言ったら墓石消す」
目がマジだった。
アーサーもヒヤヒヤである。
『悪かった悪かった。でもよお前剣獅に負けたんだってな』
再び拳が向けられるが、メイガスが羽交い締めで取り抑える。
わかってやっているのだから質が悪い。
「いつかリベンジしてやる」
『もしかしたら俺より強いかもな。さすが俺の息子だ』
「アーサー。子供自慢は終わったみたいだから帰るよ」
『ああ先生。それじゃあいつか会うときまで』
何を可笑しなことを言うのだろう。
死者が生き返るはずはない。しかも肉体だってすでに朽ち果てている。
だから何かの冗談で言っているのだと思って、このときは愛想で「またね」と答えた。
シリウスはと言うと、メイガスより先に憤慨しながら帰って行った。
『剣獅頑張れよ』
そう言って墓石は何も喋らなくなった。
記念すべき50回です。次から新学期ハラハラドキドキで書き綴ります。
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