SeaGirls
見上げると燦々と輝いて自分の肌を照りつける眩しい太陽。少し黄色を混ぜたような綺麗な砂浜。
そして小波が浜を打ちつける音がテントの下で日陰に隠れて寝る気持ちよさを倍増させる。
そしてもうひとつ聞こえてくるのが、絢香とアミリアのどうしようもない喧騒である。
どうやら剣獅にサンオイルを塗ってもらう順番について争っているようだが、はっきり言うとこのまま寝て静かに過ごさせて欲しかった。
剣獅はまたゴロンと寝返りを打ってテント越しに空を見上げ、自分の義手のほうの腕を掲げる。
本当なら剣獅も海には入りたいのだが、諸々の事情があるため一応の水着とその上に軽いパーカーのようなものと、下に長め丈のズボンで隠している。
暑くはないのだが、妙に動きづらい。
動かずに寝ている分にはまったく問題ないので、今回は寝て過ごす。
そしてふと物思いに更ける。
「これから全部始まったんだよな」
自分の腕と足が義手になったことで、まず絢香と出会い、そしてその事故が元でクロアに出会い、エレンに出会い、アミリアに出会い、沙織が剣姫であることを知った。
すべてこの偽りの手足の導きであるといっても過言ではない。
感謝でもするべきなんだろうが、そういう気にはなれなかった。
この手足のせいで哀れみや差別の対象となることは多かったし、どちらかと言えば苦労のほうが多かった。
剣獅にとってこの腕と足は忌むべきものなのだ。
「剣獅!!お前もなんとか言ってやれこのわからず屋に」
「それはこちらのセリフです!!この頑固女!!」
過去に浸る気分を一瞬でぶち壊したのは、未だに頭の上のほうで不毛で醜い争いをしている二人だ。聞いていても気分が変わる訳でもないので二人のことはしばらく無視することにした。
それに引き換え、エレンとイディアは砂浜で城を作って平和なものである。
それにしても先ほどから妙に人の視線を感じる。
何かなと周りを見渡してみると、どういうわけか人の群れができていた。
しかも男が大半だった。
「なんだ?」
その視線の先を見てみると、絢香とアミリアに集まっていた。
今はこんなんでも二人は言ってしまえば美少女だ。それが二人も集まっているので注目を集めるのも頷ける。
もしかしてと思ってエレンたちの方を見ると案の定あっちも同じことになっていた。
遠目で見るとかなり困った顔をしているのがわかったので、喧嘩する二人は最悪聖剣を出せばこの鬱陶しい野次馬共を撒くことも可能だろう。
剣獅は起き上がってエレンのところまで歩いていく。
「はいはい退いた退いた」
剣獅は野次馬を掻き分けてエレンとイディアを連れ出す。
そして威嚇のために地面を殴って砂の柱を作る。
「あんまり家の妹にちょっかいかけんなよ」
妹というのは、エレンの身長とイディアの見た目的に一番当てはまるカテゴリーがこれだったからだ。
実際剣獅の威嚇にビビったのか、シスコンの兄がいるからナンパは難しいと考えたのか野次馬はぞろぞろと去っていく。
「剣獅。私のことそんな風に見てたんだ」
追い払えて満足していたところで、後ろから冷たい言葉が聞こえてくる。
はっとしてぎこちなく首を回して見ると分かりやすく怒っていた。
普段は感情の抑揚のないエレンがこうも一日に分かりやすい反応を示すのは新鮮ではあったがどうにか機嫌を直さなければならない訳で。
「剣獅正座」
「え、いやあのこれは...」
「正座」
「だからその...」
「せ・い・ざ」
「はい…」
抗議は聞きいれられず、こうして機嫌が直るまで言うことを聞いておくのが一番だった。
「確かに私はあの二人より胸ないから小さく見える」
普通の女子に比べればあると思うのだが、あの二人と比べればそれも霞むくらいに差がある。
別に気にすることはないと思うのだが、エレンはそれがコンプレックスになっているようだった。
「しかも身長も小さい」
多少自虐的なのは聞いていてこちらが悲しくなってくる。
身長なんて気にすることないのにとも思うのだが、やはりこれもエレンには気になるところらしい。
「エレン止めにしないかこの自虐タイム?」
「静かに」
とうとう聖剣まで取り出しておっかないことおっかないこと。
それが目の前で、いつでも串刺しにできる位置にあるのだから尚怖い。
「剣獅。確かに助けてくれたのは嬉しいけど、俺の彼女くらいのこと言えないの?」
「だって付き合ってる訳じゃ…」
「嘘でも言えないの?」
「いやだから俺たちそういうのじゃ…」
「言・え・な・い・の?」
半ば強迫に近かった。
エレンの剣を持つ手に力が入る。
「エレンさんハ自分ノ彼女デス」
こう言わないと許してもらえそうになかった。
「じゃあ彼女のためにかき氷買ってきて」
嵌められた!!。しかも剣獅に拒否権はない。
すべてはエレン嬢の作戦だったのだ。
「わかった…」
げに恐ろしき知略家よ。
剣獅の財布から三百円ほどが飛んでいった。
痛くはないがなんだか悔しい気分になる。
「エレン姉ちゃんズル賢い」
イディアにこんなことを言われようがツンっと知らん振りである。
かき氷を食べているエレンを見ていると、やはりエレンも美少女なのだ。
「ほらイディアの分」
実は二つ買っていたのだ。
子供は他と同じじゃないと怒るのが相場である。
「剣獅」
どうやらまた地雷を踏んでしまったらしい。
一先ずエレンの怒鳴り声は無視して、どこかへ退散する。
そういえばクロアたちはどこに行ったのかと探してみる。
なんだかんだで同族であるが故に仲が良いのか、しょっちゅういっしょにいるのを見かける。
意識を集中してみると、案外近くに埋まっていた。
まるで砂風呂の如くである。
「なにやってんだ?」
「砂の布団だ気持ちいいぞ」
剣獅は知っている。このあと顔だけが日焼けして真っ赤になることを。
子供のとき一度だけやってそうなってからは絶対にやらないと誓ったアレだ。
それを知らずにやってるクロアはなんだか可哀想な子に見えてくる。
「クロア。今すぐにそれやめたほうがいいぞ」
「何故だ?」
「真っ赤になって皮がズルズルになるからだ」
なにを想像したのか、一も二もなく砂の布団とやらを破壊して砂を落とすために海へと突っ込んでいく。
クロアはクロアで元気なものである。
エレンもまぁ妹扱いしてしまったが、クロアは正真正銘妹のような存在である。
兄弟のいない剣獅からすれば、大きくなってからできた手のかかる妹といったニュアンスなのだ。
だからどうしても最後に甘やかしてしまうところも、剣獅の反省すべき点ではある。
それはそうと、クロアを熱消毒しようとした犯人村正はというと。
「主と仲良くしているクロア様が羨ましくて、ついやってしまいました 」
要は絢香にかまってもらえないのでいじけているのである。
村正も絢香からすれば妹のような存在であるのに、絢香と言ったら剣獅にばかり目がいってまったく相手にしない。どころか最近剣にするときも名前を呼ぶこともなくなった。
それが堪らなく寂しいのだ。
「…ったく。自分の剣の相手くらいしてやれよ」
そういうと、剣獅は村正を肩車して絢香の元まで運んでいく。
「どうした剣獅」
「お前の可愛い村正がお前と遊びたいってよ」
「剣獅様何をっ!?」
「ならば来い村正。久しぶりに沖まで競争でもしよう」
小さいときから危ないことしてました。
良い子は沖まで泳いだりしないように。
なんにしてもあの姉妹のような二人が仲良く戻ってくれたのは良かった。
そこで剣獅は再び眠気が襲ってきたので、再びテントで寝ることにした。




