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Sea with girls

「海~海~剣獅と海~」


普段から車を運転しない沙織は、陽気にグラサンをかけて、洋楽っぽいなにかを高速を車が走る音と同じくらいの音量でかき鳴らしてハンドルを握る。

真横で聞いている剣獅は、持参した耳栓で聞かないようにし、涼しい顔で窓の外を眺めている。


「沙織さんちょっと音量下げてもらえませんか?」


絢香が耳を塞ぎながら運転する沙織に言う。


「え~?何聞こえない。もうちょっと大きな声で」


それだけの音量流していたら聞こえないのは当然だろう。

反論したい気持ちをグッと堪えて、今度は耳元で叫ぶ。


「沙織さん音量下げて!!」


「えっ?上げるの?」


「下げてって言ってるでしょうがっ!!」


絢香はぐいっと手を伸ばしてスピーカーの音量のダイヤルを回す。

洋楽は聞こえなくなり、車の走る音しか聞こえなくなった。

やっと静かになったかと、剣獅は耳栓を取る。


「結構お気に入りなのに...」


沙織だけはハンドルを握りながら涙目で曲が聞こえなくなったことを嘆いていた。

利害は反転する。


「おふくろ右」


「えっ?左じゃなかったの?」


高速道路で間々ある分岐の進む方向を逆にしたことで起こるアレである。

行ってから引き返すのは高速という名のとおり時速百キロ程度で走る車に衝突して事故の元となるので、仕方なく反対方向からの下道を通ることになる。


『沙織の馬鹿がやらかしおったな』


クロアは腹を抱えて大笑い。剣には時間なんて自然と過ぎるものであるためどれだけ遅れようが、笑って済ませられる些細なことなのだろう。

それを聞いて剣獅も窓を向いて笑いをこらえるのに必死だ。


「剣くん何がそんなにおかしいのかな?」


隣でジト目で睨みつけてくる沙織。親にはなんとなくでも子供の心理が見えるようだ。サトリか何かかってもんである。


「おふくろが道間違えたこと」


素直に言ってやると、それが地雷のひとつだったようでいじけてしまった。本当に面倒くさい親である。

機嫌を直してもらわないと、事故っては元も子もない。

とりあえずお気入りだという音楽を先程よりは低音量でかけてやる。


すると気分的に乗ってきたのかわかりやすく顔色がよくなった。音楽の力とはこういうものを言うのだろう。


「飛ばすよ~!!」


気分が乗るのは大変結構なことだが、それに乗じて運転まで気分に任せるのは本当にやめて欲しかった。

このとき速度のメーターは百四十を示していた。間違いなく事故するレベルである。

そのまま二時間ほど危ない運転にヒヤヒヤさせられながら、海まで行く事になる。






「ん~ついた~!!」


と、運転していた沙織は上機嫌であるが、その被害を被った剣獅たち四人は揃って車酔いでグロッキーである。

見ているだけで痛々しい。


「し、死ぬかと思った...」


「二度と車には乗らない。二度と車には乗らない。二度と車には乗らない」


口々に何かお経のようになにかを唱え始める四人。

四人の共通理解は「沙織の運転は超荒い。乗るな危険」だった。


「ほらほら時間ないからちゃっちゃと着替える」


誰のせいでこうなったと思っているのか。

犯人は反省しない、悪びれない。

まぁせっかく海まで来てリバースして終わりというのもどうかと思うので、剣獅はみんなから離れたところで着替え始める。


着替え終わったところで、近くの茂みに誰か人がいることを確認する。

その少女も水着を着ていたので海水浴に来ている家族のなかの一人だろう。


「キミ一人か?」


少女は首を縦に振る。


「家族は?」


少女はこれも横に振る。どうやら家族連れというわけではなさそうだ。

こういう場合は迷子案内所などに連れて行くことが一番なんだろうが、それがどこにあるのかもわからなので、安易に連れ回すのもどうかと思われる。


「キミどこから来たんだ?」


「外」


初めて会話が成立したが、どこからきたと聞かれて外と言われても逆にどこだと聞き返したくなる。

イマイチ要点を得ない会話の内容だ。


「外ってどこだ?」


「外は外」


話す気があるのかないのか微妙なところではある。

だが、外というワードから想像されるものがひとつだけある。それは学園のあるほうの異世界だ。

この世界の外側の世界という意味ならば、外という言葉もなんとなくだが納得がいく。


「お前は剣姫を知ってるのか?」


これは一種の賭けだ。これの答え次第ではこれからの対応が大きく変わる。


「知ってる」


やはり向こうの世界の人間らしい。こんな少女がひとりで来るとは思えないので、勝手に出てきたのかはぐれたかのどちらかだろう。

家族はないと言っているので、親でない保護者がいる可能性も一応頭に入れておく。ついでにそいつが剣姫である可能性も。


「どうするかな...」


とりあえずこちらの保護者である沙織を呼ぶしかない。

もしかしたらなにかを知っているかも知れない。

そう思って携帯を取り出したとき、少女が自らおぶさってきた。


「何してるんだ?」


「歩くの疲れた」


そんなに疲れるほど歩いてないくせに。これは暗に自分を連れて行けということだろう。可愛い顔してえげつない性格の少女だ。

別におぶっていても重くもなかったので、そのまま背負わせることにする。


「キミ名前は?」


「イディア」


剣獅はその名前に聞き覚えがあった。歴史の授業で聞いた始まりの剣姫のことだ。

しかし、その剣姫は何千年という前の話でその剣姫はすでに死んでいる。この少女のわけがない。

有名な剣姫の名前をつけたかった親の意向だろう。


これでこの少女の親は剣姫関係者ということがわかった。

この知識は剣姫にしか伝わっていないことであるため、そうでないとおかしいのだ。


「剣く~ん!!」


合流地点に大手を振る人影が見える。あれは沙織だが、剣獅はそれを見て固まった。

その理由というのが沙織の格好だった。

なんとアミリアと同じように紐水着を着ていたのだ。


もうちょっと自分の年甲斐というものを考えて欲しかった。

そして合流して第一声がこれである。


「なにやってんだ年増」


「剣くんこういう派じゃなかった?」


「息子の性癖舐めるなっ!!今すぐに着替えて来い」


悪ふざけの止まらない大人に一喝。

剣獅は沙織のも見繕っておけばよかったと後悔することになる。

沙織は仕方なく近くの海の家で水着をレンタルして着替えるので、剣獅がテントを張る地点での合流となる。


「剣獅。ちょっと聞いていい?」


エレンが言いにくそうに話しかける。


「なんだ?」


「その背中にくっついてる子何?」


剣獅もまぁ言われるとは思っていた。

行って帰ってきたら子連れである。これは誰もが聞きたくなる疑問だろう。


「なんかくっついてる。別に重くもないから勝手にぶら下げてるだけだけど?」


「そう」


そういうエレンの顔は怒っているように見えた。

なにを怒らせることをしたのだろうかと、剣獅はエレンの怒っている理由がわからなかった。


「エレン怒ってる?」


「別に」


「やっぱり怒ってるよな」


「別に。剣獅が女誑しだからって怒ってないし」


確実に怒ってる。そんなことは聞くまでもないのだが敢えて聞いて突っついてみたくなるのだ。

剣獅はイディアと同じ状態をつくるために、エレンをお姫様だっこで持ち上げる。


「け、剣獅!?」


「これでいいか?」


エレンは恥ずかしさやらなんやらで顔が真っ赤になっていた。

剣獅はといえば、またもエレンが赤くなっている理由がわからずにいる。朴念仁という言葉がこうも当てはまる男もそう多くはないだろう。


「二人って付き合ってるの?」


イディアのこの一言がエレンに止めを刺した。ついに精神崩壊を起こしたエレンが海に向かって走り去ってしまった。

普段のエレンならありえないことだった。


「そういうことは言わないの。一応付き合ってはないから」


剣獅はまた大変なものを預かるハメになったと、ため息をもらした。














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