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逃亡エレン

パジャマ姿の猫エレンが脱走した。

おそらく、いや絶対に土地に疎いエレンのことだから、間違いなく迷子になっていることだろう。

迷子猫とかよく見るが、迷子エレンもしくは補導された可能性も十分にありえる。

なんにしてもかなり危険だ。


「エレンのやつどこいった」


剣獅はトランシーバー片手に、連絡を取り合いながら近所を探し回る。

剣獅の住んでいるのは結構山の近い区になるので、海に落ちたとかはないだろうが、山で遭難は若干ある。

猫の習性としては高いところが好きということもあったので、主に高いところに目を配るが、一向に姿が見えない。


『いたぞっ!!』


絢香が見つけたようだ。走る音と、追いかける声がトランシーバー越しに聞こえてくる


『見つけましたわっ!!』


アミリアも同じ地点にいたようだ。

どうやら挟み撃ちにしているようだが、どうも様子がおかしい。

なにか降りてこいとか聞こえるので、多分高台かなにかにいるのだろう。


「どうしたっ」


『木の上に逃げられた』


落ちては怪我で済むかわからないので、結構慎重になる場面だ。

そもそもエレンは猫になったとはいえ、やはり人なので自重で木の枝が折れることも考えられる。


「そのままでいろよ。場所はどこだ」


『近所の公園だ』


場所を聞くと、剣獅は自分の知ってる公園に向かって走り出した。

しかしまたトランシーバー越しに叫び声が聞こえてくる。

また逃げられたようだ。

あの二人なら見失うことはないだろうが、捕まえられるかは別問題らしい。


そういえば沙織はどうしたのだろうかと思い出す。


「おふくろそっちはどうだ」


『そうなのうちの剣獅がねぇ...』


沙織は井戸端会議に花を咲かせていたらしい。

元凶はまさかの参加すらしていなかった。


「おふくろ」


『そうそう女の子いっぱい連れてきてねぇ…』


「おふくろっ!!!」


トランシーバーに向かって叫ぶというより怒鳴った。

沙織が驚いたのがトランシーバー越しに伝わってきた。


『どどどどうしたの剣くん…』


明らかに動揺している。

声音が震えているのがいい証拠だ。


「おふくろ頼った俺が馬鹿だった」


『ちょっと待って剣く…』


何か言っていた気もするが多分気のせい、いや絶対気のせいだ。話の途中で切ったって何かあるわけがない。

剣獅はそう自分に言い聞かせる。

一応の罪悪感はあるのだが、今は怒りのほうが強い。


「どこいった?せめてエレンの聖剣が人型なら話は早いんだけどな」


エレンの聖剣は所謂武器型で、意思を持たない完全な道具であるが、剣獅たちの聖剣は人型と呼ばれる意思を持ち、普段は人の姿を持つ。

その剣同士には不可視の経絡(パス)が通っているようで、意識すればそれを通して居場所を探ることができる。


エレンがそういうタイプでない以上、この方法は無い物ねだりにしかならない。


『剣獅。あれではないか?』


クロアが何かを見つけたようで、剣獅の視線を上の方へと促す。

初めは何か分からなかった剣獅だが、よく目を凝らすと小高い山の高台にエレンの姿があった。


そこは天文学研究所跡地で、山の上にあるため重機が使えず解体工事もされずに、近所の子供の秘密基地になっているのは間々有名な話であるが、区もどうにかしようという気がないのか、立ち入り禁止の錆びた看板だけかけて放置している。

ただし見晴らしはいいので、デートスポットには人気である。


「なんであんなところに」


おそらく猫の習性で高いところにきたはいいが、隙間のある足場に怯えて動けないというなんとも間抜けなことになっているのだろう。


「絢香、アミリア。エレンを見つけた」


二人にも連絡し、こちらへ来てもらうことにする。


『実は私も見つけました』


『私もだ』


この連絡は杞憂に終わったが、別に悪い結果ではない。

むしろ三人が同じ場所に向かっていることが非常に喜ばしいことだ。


「じゃあ…天文台で」

『ライブホールで』

『路地裏で』


何故か三人の向かう場所が違っていた。


「『『えっ?…』』」


そして三人同時に疑問の声を挙げる。


「お前らどこ向かってんだ?」


『私はちゃんとパジャマの人を…あーっ!!この人パジャマ違いです!!』


なんとパジャマの人は別にいた。何故パジャマなのかはこの際スルーしてあげようこれも秘密保持だ。


『私もどうやらパジャマ違いでヤクザのアジトに来てしまったようだ』


「お前に至ってはパジャマと何を間違えてんだーっ!!」


剣獅はトランシーバーの通信を落として、一人でエレンの元へと向かう。

地獄の百八段と呼ばれる長い長い階段を一気に駆け上がり、ついにエレンのいる天文台にたどり着いた。


「見つけた…」


「にゃ~!!...」


エレンはガクブルであるにも関わらず、捕まえようと迫ってくる剣獅を威嚇する。

見ていると妙に様になっている気がするが、これは長時間の猫体験の為せる姿なのだろう。


「ほらこっちこい」


猫を呼び寄せるのと同じ要領で手招きで呼び寄せる。

だが、手で顔を掻いたりして聞いてくれない。

これはいよいよ強行手段に出るしかない。


剣獅は立ち入り禁止の看板を跨いで、エレンの元まで歩いていく。その間わずか二メートル。

そして抱き抱えようと手を伸ばした瞬間、なぜか長くなっていた爪に引っ掻かれた。

引っ掻いたことにも驚きだが、爪の驚異の成長スピードにも驚きである。


「....つッ!!」


思いの外エレンの爪は鋭く、剣獅の指に赤い血が滴る。


「フーッ!!」


完全に威嚇モードである。こうなると普通は避難するか、餌で釣るのが一番なのだがいまの剣獅にはどちらも有効な手段ではない。

長いことエレンをこのままにしておくわけにもいかないというのと、餌となるものをなにひとつもっていない。

そもそもエレンの好物など一切知らない。身近に見えてあまりエレンについて詳しくきいたことはなかったことに、今になって気づく。


「エレン帰ろう」


剣獅が話しかけてもエレンは一向に警戒を解こうとしない。むしろ強まっている様子が見受けられる。

野生の本能が出ているとても危険な状態である。

放っておくと本当に野生化してしまうかねない。


「もうこんな時間だ。帰って夕飯作るの手伝ってくれよ」


「にゃーッ!!」


エレンは等々頭に血が昇ったのか剣獅に飛びかかる。

そしてそのまま剣獅は押し倒されるようにして地面に倒れこむ。

ある程度のダメージを覚悟した剣獅だが、そうはならなかった。

エレンは歩き回って疲れていて、眠たかったところに剣獅が来たので機嫌が悪かっただけのようだ。

剣獅の胸の上でスースーと寝息を立てて寝ている。こうしてみるといつものエレンだった。


「帰るか」


剣獅は寝た虎、もとい猫エレンを起こさないようにそっと抱き抱えて家まで歩いていく。

真っ赤に燃える夕日がとても眩しかった。





剣獅の家でエレンは目を覚ました。同時に猫化の時間も終わっていた。

いつまでパジャマだったのか正確には覚えていないが、記憶はあった。

自分が猫になったことも、最後剣獅を押し倒したことも全部覚えていた。


あの香料を嗅いだあと、なぜか猫のような行動と言葉しか話せなくなりそれに逆らえずに街を歩いていたことも全部覚えていた。

剣獅たちは覚えていないものと思っているだろうが、記憶がある分エレンは今すぐ自分の存在を消したいぐらいに恥ずかしい。


恥ずかしさに布団に顔をうずめていたところに、剣獅が部屋へと入ってくる。

なんと間の悪い。


「エレン大丈夫か?」


「な、なんのこと?」


できるだけ惚けようと必死だった。

できればというか絶対にバレたくない。記憶があるなんて知られたらもうこの世で生きていくことはただの生き地獄でしかない。


「大変だったんだぞ。お前が猫みたいになって、まぁそれもおふくろが悪いんだけどな」


「そ、そうなんだ」


「それにしてもあの猫エレンは可愛かったな~」


これがエレンの地雷を力いっぱい踏みしめた。

突然剣獅の顔面に、白い枕が高速で飛んできた。

その飛んできた方向に顔を真っ赤にして投げたモーションのままのエレンが肩で息をしながら憤慨していた。

一瞬剣獅はなにが起きたかわからなかった。


「馬鹿剣獅!!」


「ええッ!!?」


「ちょっと着替えるから出て行ってっ!!」


と、無理やり部屋から追い出されてしまった。

こんなに怒ったエレンは初めてなので、どうしていいかわからない剣獅は部屋の前で三分ほど固まっていた。


そして部屋でひとりになったエレン。


「馬鹿剣獅...もう一回猫になってもいいかも」


可愛いと言われたことがかなり嬉しかったようだ。






エレンの間違って嗅いだお香。あれは南米の一部の地域のみで使用されている儀式用のものらしい。

なんでも動物を祀った祭事で、動物の気持ちになりきるために古代の人間が考えつきそのまま一般に出回っていった結果、一種の悪戯グッズとなってしまったというわけである。


なお、お香の効力は十二時間ほどで消えるため祭事が終わる頃にはとっくに切れているように計算して作られている。

本当にはた迷惑な品だが、これは剣獅の手で綺麗に焼却処分となった。


そして次の日。


「ワン」


またエレンが動物になっていた今度は犬だ。

どうやら色々な種類のお香を買い集めていたようで、カバンのなかには大量に同じような製品が紛れ込んでいる。


「おふくろいい加減にしろーーーっ!!!」


そんな長い夏休みの一日の思い出。今日も樟葉家は騒がしい。












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