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エレンっ猫

久しぶりの自分の家での朝、とは言っても寮も別に変わったわけではないので何かが変わることはない。

だが、やはり気持ちの問題だろうか何かが違う。

妙にいきいきとした気分になるのだ。


聞きたい話もすべて聞けたことで、疑問のなにもかもなくなり、今の頭は至極クリアだ。これから長い夏休みをどう過ごすかを考えるだけでも十分に有意義な一日を過ごせるだろう。

しかし、剣獅の周りがそんな静かな日常を提供してくれるはずがない。

例によってまた騒がしくなる。その発端となったのは沙織が南米から持ち帰った土産物のお香だった。


「ふぁ~...」


あくびをしながら体を起こす剣獅。

さすがに親の前でベッドに潜り込むような馬鹿な真似はしなかったようで、今日はクロアしかベッドにいない。

クロアはどうやら夏でも同じように惰眠性らしく、気持ちよさそうにスースー寝息を立てながら寝ているのがどうも剣獅の保護欲を引き出させついつい甘やかしてしまう。

剣獅は起こさないようにそっとベッドから出てリビングへと出て行く。


なにやらリビングが騒がしい。

ガチャガチャという食器を洗う音ではなく、まるで子供が追いかけっこでもしているようなバタバタとした足音と、なぜか怒声のような叫び声が聞こえる。

またあの三人が喧嘩でもしているのかと思っていたが、そうではなかった。


「お前らなに騒いで...」


「にゃ~!!」


いきなりなにかが剣獅を押し倒すように飛び込んできた。

そしてそのなにかはすぐさま剣獅の上から退けてどこかへ走って逃げようとする。


「なんだ!?」


「剣獅さんおはようございます。いますぐエレンさんを捕まえてください」


「は?エレン?」


起き抜けになにを言われたのだろうか、正直アミリアの言ってることの意味がまるでわからない。

なぜ剣獅がエレンを捕まえる必要があるのだろうか。

とにかく逃げたなにかを追って二階へと直行。二階で扉の空いている部屋はさきほどクロアが一人で探し回ったりしないように開けていた剣獅の部屋しかない。


剣獅は自室のドアをバタンッと開ける。

逃げたなにかは確かにそこにいた。同時にアミリアの言葉の意味もすべて理解した。


誰が思うだろう。まさか起きてみたらエレンが猫になっていたなんて。

猫エレンはクロアに頬ずりをしてベッドに寝転がっていた。


「え、エレン?」


「そうですエレンさんです」


「なんでこんなことに...」


ことの発端は沙織の持ち帰った南米のお香。沙織がもう一つの土産物にと持ち帰った香辛料があるからとエレンにかばんのなかを探させたときのこと、探している途中で間違って瓶に入ったお香を嗅いでしまい、どうやら精神に働きかける類の一種の催眠効果があり、猫のような性格というかまんま猫になってしまうのだ。


そして猫になったエレンはしばらく家のなかを荒し回り走り回り、アミリアと絢香と沙織の三人でリビングに閉じ込めて捕まえようとしていたのだが、いつものエレンと違い猫エレンの動きはそれはもう素早しっこく、捕まらなかったところで剣獅がやってきて今にいたる。


「にゃ~!!」


エレンはなにか好きなオス猫でも見つけたように寄り添ってきて剣獅の脛に頬ずりし始めた。

なぜだろう見ているだけで妙に愛らしい。

早く戻さねばとも思うのだが、逆に戻らなくてもいいかとも思ってしまうよからぬ心が生まれる。


「これ飼えるかな」


「剣獅さん」


アミリアにものすっごい剣幕で睨まれて、絢香は後ろで村正の鋒を指で往復させていたので前言撤回。

あまりにも怖すぎる。





「で、これどうすんの?」


というわけで作戦会議。

エレンはというと、剣獅が抱き抱えてリビングに運んできたのだがソファに座った剣獅に膝枕で動こうとしない。

猫だからだろうか、なにか無理にゴロゴロ言ってる気もする。頭を撫でてやると、だんだん寝始めた。


「剣獅さんにだけその懐きようは確実にエレンさんの意識に繋がってますわね」


「さて、これをどうしたものか」


「ていうかおふくろ。なんつうもん持って帰ってきてんだよ」


そう元はといえば沙織の持ち帰ったものが原因なのだ。責は沙織にある。


「いや~剣くんが猫になったら可愛いかなって」


「親バカも大概にしろ馬鹿親」


そんな水の掛け合いをしている場合ではない。

あんまり長いこと放置していると、猫の習性からして外に出ていきかねない。こんな姿のエレンを公衆の面前にさらけ出した暁には、この一家は人をペットにして調教する趣味があるとか思われること請け合いだ。


「おふくろ。買ったときになんか言ってなかったのか?」


「さぁ?外国だから」


「今度から外国やめような」


わりとキレ気味に言う。

当事者のくせに役にたたないものだ。


「催眠術というのはどうでしょう」


アミリアが提案してきた。

確かに催眠術というのは、ある程度信用できる人間がある一定の行動や言葉を吹き込むことで人間の潜在意識に働きかけて人格を変えたり、金縛りにしたりとできる。

だが、今のエレンが真面目に言葉や動きを見てくれるとは限らないし、なおかつこの完璧なまでの猫っぷりである。


「いっそ....」


絢香が村正を取り出す。

その研ぎ澄まされた刃が、美しく光る。

当然ながら、料理でもされると思った猫エレンが怯えきって机の下に隠れてしまった。


「お前はなにをいっそやる気だ。殺して終わらそうはなしな」


物騒極まりない。


「じゃあいっそ飼いましょう」


「それさっき却下されたからボツ」


沙織の案はすでにものすごい剣幕と、『剣』幕によって葬られたあとだ。


「しかし、これ治すよりも今どうするかだな」


いつまでもこのままでいいことはないのだが、今すぐに解決する方法がない以上は今を過ごすためにどうするかを決めなければならない。

早めに手を打たないと...。


「剣獅」


「どうした?」


「さっき出て行きおったぞ」


クロアの指差す方向に、エレンの姿はなく入り口の扉は開かれている。

猫がよく自分で洋式扉のドアノブを開けるアレである。


「や、やられた....」


もういまがどうこうではない。

さっさと捕まえなければ色々拙い。

さてここでもうひとつ疑問が。


「エレンってどんな格好してたっけ」


「パジャマ...」


「パジャマ」


「パジャマよねえ」


パジャマ猫娘が外で走り回っているとなると。想像されるのは警察に通報されて、職質されてもなにも答えられずにそのまま連行されるパターン。そうなると、もう探し出すこと自体がかなり困難になる。


「急いで探せっ!!」


東京の街を舞台に猫になったエレンVS人間の本気の鬼ごっこの始まりである。










ここから夏休み編は番外編ってことでナンバリングは致しません。

ズレてたらすみません。


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