四十一話
二年生にあがった春。この頃からアーサーのモテ期は絶頂を迎える。
一年時に一応国王子だからと遠慮していた女子たちは、一年を通してアーサーの気さくさにたがが外れたのか、遠慮もなしにグイグイ詰め寄ってくる。
しかしアーサーの気の向いている相手はただひとり。この学園においても珍しい部類に属する、アーサーにまったく興味のない人種でこのとき姉さまと呼ばれて親しまれていた沙織だった。
勘違いするなかれ別に好意とかではなく、ただの目標としてである。
あれからは幾度となくデュエルを挑み、負けては罰ゲームとして校内の庭掃除などをさせられているような生活がかれこれ三ヶ月も続いている。
アーサーもそろそろ精神的に限界だった。
箱入り育ちの王子に庭掃除は苦痛でしかない。完璧な嫌がらせだが、もちろん沙織は狙ってやっている。
さらにはアーサーと沙織が恋仲だというあらぬ噂まで持ち上がるようになってしまった。
一刻も早く沙織を倒さねばこの噂を晴らすことはできないだろう。
これにはアーサーも今まで以上に本気だった。
そしてこの頃、栞、リーザ、スカーレットは密かに沙織をアーサーから引き離す計画を立てていた。
この三人は意外にもウマが合うのか仲の良い三人で、恋敵でもあったが同時に仲間でもあるという複雑な関係で互いに友情を保っていた。
だが、三人を繋ぎ止めているアーサーに女の気があるではないか。呉越同舟というわけでもないが、三人の心は決まった。
三人掛りで沙織を討ち取ろうという作戦に出る。
だが、その作戦は思いもよらぬ形で阻止されることとなる。
三方を囲まれた沙織。表情から察するにまためんどいのがやってきたとでも思っているのだろうとわかる。
一方取り囲む三人はそれぞれ剣に槍を構えて沙織をいまにも飛びかかって襲いそうな野獣のような目をぎらつかせている。
「樟葉沙織。あなたにはアーサーを諦めてもらう」
「諦めるって。諦めてほしいのはこっちなんだけどな...」
今沙織が言ったのは、アーサーに諦めてほしいという意味である。
だが、三人はこの言葉を別の形で受け止めてしまった。
「誰が諦めるもんですかっ!!」
誤解も甚だしい。
言われのないことで剣を向けられるのも不本意だが、沙織もみすみすやられてやるような真似はしない。
沙織は三人を相手取るが、沙織にかかれば同学年の女子など相手にもならない。
男でもアーサーならまったくである。
そして初めから決まっていたように、地面に三人は横たわっている。
「まったく...あの男どんだけ私に迷惑かければ気が済むんだろ」
とぶつくさと居もしないアーサーに文句を言いながら剣を仕舞う。
しかし、ここで諦めてくれないのがこの三人。なかなかしぶとくまだ立ち上がってくる。沙織からすればどいつもこいつもいい加減にしろというところだ。
「もういいよ立たなくて。今保険医の先生でも呼んでくるからそこで寝たふりしといて」
「そういうわけにはいかない」
「なぜならあなたがいることで私たちの友情が壊れるから」
「それだけは防ぐ手立てはあなたが消えてくれるしかない」
沙織もいい加減に堪忍袋の尾が限界だった。
乙女にあるまじきことだが、青筋を立て品性の欠片もない。しかしここまでされては怒るのも仕方ない。
「次きたら本気で殺す」
沙織の周囲からひやりとした殺気が迸り、三人はそれがまるで幽霊のように絡み付いてくる錯覚を覚える。
若干消耗している三人に正直勝ち目はなかった。
しかしそんな張り詰めた殺気を握りつぶすように、あるいは踏み潰すように空から落ちてきたのはなぜかドラゴンに乗るときのための衣装であるはずの服装をしたアーサーだった。
あまりに突然のことに、沙織も殺気が失せていた。
「痛って...あんなところから落ちるとは」
「なにやってるのよあなた」
呆れ顔で一応反応だけはしてあげるという風に沙織が聞く。
「ドラゴンの稽古をしていたら空から落ちた」
地面に背中全体をつけて転がっているのだからまぁそんなところだろう。
「それより勝負だ」
こんなときでもリベンジの瞬間を逃そうとはしない。しかもアーサーは周りのことなど一切見えていないらしい。
完全に三人はおいてけぼりになっている。
「じゃああの子たちどうにかしてよ。じゃあ勝負してあげるから」
気だるそうに言う。
ちょうどいい厄介払いがきたとでも思っているのだろう。
しかもアーサーは勝負できることが嬉しいのか、特に沙織の意図も考えずに喜々として引き受ける。
「おいお前ら。こいつは俺が倒すから邪魔するな」
邪魔というワードが響いたのか、三人はどこかに立ち去ってしまった。
そして邪魔者がいなくなったところで、アーサーは遊び相手でも見つけたように笑いながら剣を構える。
ところが、沙織はすでにそこには姿がなかった。アーサーが厄介払いをしている最中に逃げたらしい。
ポツリと取り残されたアーサーは追い払った手前寂しい格好になった。
そして次の日。
「弟子にしてください。姉さん」
と、三人に頼みこまれて知らず知らずのうちに師弟の関係になっていた。
これが栞、リーザ、スカーレットとの邂逅となった。
そしてそれから三年になり、その後暴帝と言われるようになったシリウス・ファレールが入学してくる。
当時シリウスは今と変わらずやんちゃ盛りの跳ね返りっ子だった。
学園長の娘ということもあり、教師でさえも手を焼くほどの問題児。そんな問題児もなぜか沙織にだけは少ないながらも心を開いているらしかった。
「先輩。剣教えてください」
ちゃんと教師には使わないような敬語まで使う慕いぶりに、いつしかお守りまで任されてしまった。
そんな気はなくてもそうなってしまったのだ。仕方ないかと半ば諦めていた。
そんなゆるゆる仄々とした生活のなかで、アーサーの体にある異変が生じ始めていた。
あるいはその前兆とでもいうべき現象である。
剣をひと振りしただけで、頑強な岩山をひとつ真っ二つに切り裂いてしまった。
普通ならありえないことだが、アーサーの体には確実になにかが起こっていた。
「力が溢れる...俺は確かに強くなっている」
このときはまだ自分の異変を異変とも気づかずに、ただ鍛錬の結果かなにかと勘違いしていた。
だがそれは大きな間違いで、この瞬間がおそらくはセーフティーラインだった。
「樟葉沙織!勝負だ」
例にもよってまたきたと、いつもの嫌そうな顔をつくる沙織。弟子である三人は腐ってもアーサー信者のためこういうときはアーサー側につくのはいつものことだった。
シリウスはというと、傍らで傍観を決め込むというかなりの自由奔放ぶりである。
「はいはい。今回の罰ゲームはと...」
「負けるの前提かっ!!」
いい加減手馴れてきたのか、最近は弄ることも覚え始めた。
「わかったから勝負勝負」
やる気がないのがまるわかりである。
しかしアーサーは強くなった力を見せたくてたまらないといった様子で、特に気にもしない。
互いに剣を構えて対峙する。
その瞬間、アーサーの剣が二本とも黒く変わり、
アーサーの目も虚ろに変わる。
「消す」
一瞬の体が半分に引き裂かれるイメージのあと、アーサーの剣閃が沙織に襲い来る。
直前のイメージによりどうにか反応できたものの、今のは達人のそれに近しい威力とキレなにより気迫がこもっていた。
剣もそうだが、もうひとつの異変はアーサーの意識がはっきりとしないことだ。
一応認識はされているようだが、自分が誰かもはっきりしていないらしい。このままでは手当たり次第にここにいる者、もしくは別の場所にいるものを自分が見たイメージのとおりに殺してしまうかもしれない。
それだけは絶対に止めなければならなかった。あくまでこれは自分の勝負で他人は関係ない。
「久しぶりの本気バトルしよっか」
「お前から先に消してやろう」
「謳えグラディウスッ!!!」
グラディウスに生み出された光によって、二人は眩い閃光へと包まれた。
いつまで続くかなこのギリギリな感じのストーリー




