四話
「で、剣獅君。今更なんだが本題に入っていいかな」
「えっ...いままでの本題じゃなかったんですか?」
まさか、という顔で驚く剣獅。
あの相談にいつでも来たらいい的な一幕は、本題ではなく前置きだったらしい。
紛らわしいことこの上ない。
「ちょっといいかな?目を瞑っていてくれ」
剣獅はよくわからなかったが、言われるままに目を瞑る。
何をされるのかと、剣獅は気が気でない。
すると、いきなり胸に穴が空いたような間隔を感じる。
何事かと自分の胸を見ると、間隔のとおりに穴が空いていてその中に、メイガスの手が入り込んでいた。
「学園長...何を...」
「まぁまぁ見ていたまえ、痛みもないだろう」
言われてみれば確かに痛みはなく、ただ穴が空いたという間隔だけがあった。
不思議な現象に、剣獅は困惑の色を浮かべる。
「ん...これか」
メイガスはいきなり手でなにかを掴んで引っ張り出した。
それは、四角いなにかで覆われた、キーホルダーサイズの剣だった。
「やっぱりか」
剣を見て一言そう言った。
剣獅にはなにが起きたのかさっぱりだった。
「それは?」
「こいつは君の幻聴の正体だろうね」
剣獅の目が点になる。
剣獅がこの学園にきた目的、それは自分に聞こえる幻聴の正体を確かめることだった。それをあっさりとはいこれですと見せられてもどうしていいのか、リアクションに困る。
「えーと...なんですかそれ」
「ん?聖剣エクスカリバーだ」
まるで小学生が何をしているのかと聞かれて、鬼ごっこだとか答えるようにあっさりと淡白に言う。
そこからは、その剣の凄さも威厳も感じない。
「へ、へ~...」
「なんだね、もう少し面白いことは言えないのか?」
いきなりこんなものを見せられて、面白いことを言えというのは無茶ぶりもいいところである。
「まぁ、今のそんな顔をしている君には不可能だろうね」
わかってやっていたというところが、質の悪いことこの上ない。
どこかのヤクザのほうがまだマシかもしれなかった。
「君の剣だ。手に取ってみたまえ」
手に取れと言ったわりには、剣獅の手に押し付けるように四角い物体を渡してきた。
いくら今見たばかりとは言え、自分のものをそんなぞんざいな扱いをされては複雑な気分になる。
剣獅の手に収まった瞬間、四角い物体は突然発光し、眩い光が宇宙のような部屋を太陽よりも明るく照らした。
「なんだっ!?眩しっ...」
しばらくしてようやく光が収まり、代わりに何もかもが白で染まった服を着た少女がいた。
そして、その少女はゆっくりと目を見開いた。
「ここが人間の世界か...」
「なんですかこいつ?」
言った瞬間に、少女に思い切り頬を叩かれた。少女とはいえなかなかに痛い。
「貴様っ!!、高貴なる聖剣たる私に向かってこいつとはなんだ」
「高圧的幼女?」
「誰も言ってはおらぬわー!!」
剣獅は悟った。こいつもエリスと同じタイプだと。
そこで弱S性の二人の目がキラリと光る。
「ほうほう、なかなか可愛い幼女じゃないか」
「だから違うと言うておろうが!」
「幼女じゃん」
案外少女のメンタルは脆く、この一言で耐え切れずに泣き出してしまった。
「幼女じゃないもん」を連呼しながら剣獅にポカポカと可愛い攻撃を続ける仕草は、どこか癒されるものがある。
さすがの剣獅も幼女を泣かせて遊ぶ趣味はないので、よしよしと頭を撫でてやる。
そしたらようやく泣き止んだ。
「とにかくこの幼...聖剣が君の剣だよ」
メイガスは危うく幼女と言いかけた口を、必死で言い直して誤魔化す。
少女はメイガスをジト目で睨みつける。
メイガスはあさっての方向を向いて、ヒューヒューと下手くそな口笛という、下手くそな誤魔化し方でやり過ごす。
「お前か?俺に話しかけてきてたのは」
「いや?」
「なぜに疑問形?あといやってなんだ」
今、この少女は剣獅の質問に対して否定した。ということは、剣獅の幻聴の正体はこの少女ではなく、なにか別のものが他にいるということになる。
「私の同居人でな、そいつがやかましいから私はちょくちょく起きて、貴様の行動を見てきたぞ」
「あ~そうかい。それで、お前は俺に力を貸してくれんのか?」
問題はそこだ。ここが剣姫の学園である以上、剣の存在はなくてはならない。
剣が嫌といえばそこまでであり、ここはもう賭けでしかなかった。
もっとも、普通はこのような人型ではないので、こんな質問をすることはないのだが。
「う~ん...お前は私のことを幼女と言わないか?」
さきほどのことをかなり根に持っているらしい。
ここは素直に言わないと答えることにした。できるだけ自然に。
しばらく悩んだ末。
「よしわかった。樟葉剣獅、貴様を私の主人として認めてやる」
「認めてやる...か」
やや上から目線だが、力を貸してくれるなら別に差し支えはなかった。
返って、こういうプライドの高いやつだからこそやりやすいというのもある。
「よろしくな、え~と...」
「エクスカリバーでよい」
そうはいうが、普段からエクスカリバーは長いし言いづらいので、剣獅は色々と思考する。
そして一つの名前を決める。
「これからお前はクロアだ」
「なっ!?勝手に決めるな馬鹿者」
「俺は主人なんだろ?主人の命令は絶対じゃないのか」
先ほど自分で主人だと言ってしまった手前、上手く反論できない。
言質を取られるとはこのことである。
「いつか刺し貫いてやる...」
「やれるもんならやってみろ」
こうして名(?)コンビの誕生である。
さっそく口喧嘩しているのだが、喧嘩するほど仲がいいということだろう。
「さぁ剣獅君、教室に行きたまえ。君の王国が待っているよ」
剣獅はいまの一幕で完全に忘れていた。
地獄は始まってもいなかったということを。
「剣獅、王国ってなんのことだ?」
「うるさい」
剣獅の目は涙目だった。
「ワルキューレ...ワルキューレ...」
剣獅は長い廊下に陳列する教室の札を頼りに、自分のクラスであるワルキューレ教室を探す。
全校生徒三百人のこの学校なので、教室の数はそこまで多くなくすぐ見つかるはずだった。
「あった!」
『やったな剣獅、十五分も探した甲斐がじゃないか』
方向音痴にもほどがある。
ワルキューレ教室は、一階の一番端に位置するので、そのキーワードさえわかっていれば、問題なく到着するはずなのだ。
ちなみに、今クロアはペンダントのように剣獅の首にかかっている
「うっさいな、ちょっと二階から三階で迷っただけだ」
この学園は大きいが、別に迷宮のように入り組んでいるわけでも、幻惑の紋章術が使われている訳でもない。
端的に、剣獅が迷った結果である。
「はぁ...」
剣獅は、扉に手をついていきなりため息をつく。
これは、憂鬱な気分と心を落ち着かせる両方の意味を兼ねている。
『なんだ剣獅、怖いのか?大丈夫だ私がついている』
正直アテにならなかったが、気は紛れたので意を決して突入する。
すると、なにやらなにかを取り囲むように女子たちが騒いでいるので、何事かと近づいていく。
(なんだ...)
集団の中からは、なにやら物騒な喧騒が聞こえる。
剣獅の視点では、女子たちの壁に遮られて見えないが、中心にいるのは二人の女子のようだ。
『剣獅見ろ喧嘩だ。私たちも混ざろうぜ』
クロアはなぜかやる気満々、闘争本能丸出しである。
剣獅としては、できるだけ関わらず大人しくしていたかった。
少女たちが剣を取り出さなければ。
「顕現せよ、シルフレイピア」
「顕現せよ、フリュングニル」
細身の刀身を持つレイピアと、長い持ち手の槍を出現させる。
これはさすがに見ているわけにはいかなかった。
入学初日で剣の顕現ができる生徒はごくわずか、それが出来る生徒はエリート集団だろう。
そして、今この教室内にこの二人を止められる人間が何人いることだろうか。
そう考えたとき、今動くべきは自分ということになる。
「死になさいアミリア・バーンズ」
「貫かれろ空野奏、この異界人がっ!!」
互いに穂先が相手を捉えかけたその瞬間、穂先は急に止められる。
「あんたらちょっと、ギャラリーがいるからってやりすぎじゃないかな?」
槍とレイピアを剣獅が素手で止めたからである。