三十九話
「ただいま~」
誰もいない懐かしい家。いつも静けさがあったが、今はその番をしていた剣獅さえも帰ってこなくなり、寂しさに一層磨きがかかっている。
近所のおばちゃんたちが掃除してくれていたようで、かなり綺麗になっている。これもご近所付き合いの賜物だろう。
しかし今回はただ帰ってきたのではなく、付き人がも三人もいる。
実際言うと、剣獅は今まで家に人を招くことがあまりなくかなり自分から行く事の方が多く、家のなかは友達にもブラックボックスな部分が多いのだ。たとえば剣獅の部屋に飾ってあるグラビアポスターとか。
「ここが剣獅の家?」
「寮と変わりませんわね」
変わっていたらいたで色々大変だ。
空き巣にでも入られたのかとおちおち家も開けられない。
と、アミリアの言葉で剣獅は自分の部屋にポスターが貼り付けてあるのを思い出して、急いで証拠隠滅のために二階へと全力で駆け上がる。
そして部屋のポスターをぐちゃぐちゃに丸め、そのまま拙い紋章術で燃焼させてミッション完了である。
さらに思ったのだが、この部屋も整理されているということは近所のおばちゃんたちに見られたのではないかと。
おばちゃんの噂の広まること風の如し。それが三ヶ月も放置していれば瞬く間に広まることは明白だった。
「やられた...」
完全な自爆である。
『ドンマイだ剣獅』
クロアの慰めも正直精神的にキツかった。
おそらく半分くらいは楽しんで言っているのであろうが、剣獅にとっては笑い事ではすまないのだ。
しかし広まってしまったものは諦めるしかなく、あの三人を放っておくとなにをしでかすかわかったものではないのでとりあえず下へと戻る。
そしていつものようにリビングで三人と自分の分のコーヒーを入れる。
なんとなくの気だるさもカフェインの力か心なしか和らいだ気はする。
「それで?この家はお前ひとりか」
絢香が不思議そうに訪ねてくる。立派な一軒家に未成年ひとりで住んでいるのは明らかにおかしいとなれば、誰か親かなにかいるはずだが一向にその姿が見えない。
物音すら聞こえないのでさすがに心配になったのだ。
「ああ。おふくろ今どっかの国だと思うから滅多に帰ってこない」
「母上か。なにをしておられるのだ?」
「新聞記者。世界中飛び回ってるらしいからうちには帰ってくるのは半年に一回とかそんなレベルだな」
それで寂しいと思ったことはなかったとは言わないが、別段それで困ることは極々わずかだった。せいぜい親の承認をもらってこいと言われた瞬間と義足の費用の話をしたときくらいだ。
「絢香は親父さんに連絡したのか?」
一応ここには直行しているので、十夜芽家本家の方にはまったく連絡していないというかする時間はなかっただろう。
「問題ない。鳩を飛ばしたからな」
また古典的なところに落ち着いたものださすが純和風少女と評価するべきだろう。
連絡といえばアミリアとエレンの二人はもはや異世界のため携帯も使えない。連絡をとっていないと拙いのは当然だ。
「エレンとアミリアは?」
「大丈夫。お父さん嫌いだから」
エレンはわかりにくく反抗期を迎えていたようで、しかもかなり早いタイプなので質が悪い。
「たまには家出してみますわ」
こっちもこっちでなかなかアドベンチャーなことをしているものだ。
剣獅は後々のことが気になってしょうがない。
「しかし、母上が帰ってこないことには今回来た意味がほとんどないのだが」
ここにいる全員の目的はあくまで沙織の話を聞くためである。シリウスの話したことの続きというか真実をすべて聞き出すためにいるのだが、肝心の沙織はどこにいるやも知れぬのでは話にならない。
だが、都合のいいことに意図せずしてやってきた。
「たっだいま~」
玄関の方からかなり陽気な声が響いてくる。
その声に剣獅のセンサーがピクンッと反応し、即座に身構える。
「うちの親めんどくさいから気をつけろよ」
と、足音が近づく間に小声で言うのだが、三人からするとどういう意味かさっぱりわからないがその人物が部屋に入ってきて数秒でその意味がわかった。
その人物は部屋にフラフラとした足取りで入ってきて、剣獅の顔を見るなり目の色を変える。
そして表情もドス暗い海のような顔から明るさ満点の顔へと変貌する。
そして剣獅に向かってダイビングハグ。
「おっかえり~剣くん。背ぇ伸びた?体は大丈夫?腕と足も相変わらず似合ってるぅ。もう久しぶり何ヶ月ぶり?半年?一年?もう会いたくて会いたくて震えが止まらなかったわよ私の剣獅~!」
と、頬ずりしながらグイグイと質問攻めと言葉責めを繰り返す。
そう、この超親バカもとい馬鹿親が元剣姫の樟葉沙織その人なのだ。
「ちょっともうなに?剣くんが女の子連れてくるなんてやっるぅ~。誰?誰?誰がいいの剣くん皆美人ばっかりだし」
剣獅は口には出さないが毎回思っていることがある。『ウザイ』のただこの一単語が頭のなかで弾幕を作っている。
この親バカもとい馬鹿親。昔剣獅が義手義足だったことでいじめを受けたという報告を聞くと、わざわざシリアの内戦地に取材に行っていも関わらず、飛んで帰ってきてその子供を瀕死になるまで殴り続けたという伝説を持つ親バカなのだ。
通称悪魔親と、当時の教師陣とPTAを震撼させた。
「そうだ剣くんにお土産あるの。はいTシャツ」
胸の部分に大きく正義って書かれただけのTシャツだった。どうやらどっかの服屋で売ってそうなネタ商品を掴まされたらしい。
剣獅としてはもらってどうするというのだが本音だった。
「うちの子モテるわね。これなんの集まり?まさか泊まりかしら?いいわよ剣獅とっても、私からとれたらだけど」
この親手放す気ないよ。
三人は剣獅を目指す上で最強の盾を見つけた気がした。
「おふくろ話があるんだ」
「何?まさか三人とできたから責任取ってハーレム?」
「違ぇわ!!どんな妄想してんだ」
「じゃあ何よ」
じゃあってじゃあって言わなければいけないような事態にしたのはどこのどいつだと言いたかったが、話が進まないのでどうにか堪える。
「親父のことだよ」
その瞬間、沙織の顔から笑顔が消えた。
そしていつになく真面目な表情をつくる。
「誰から聞いたの?」
「シリウスって奴だ。学園まできた」
バツが悪そうに舌打ちする。
やはり隠していて、絶対に聞かせたくないことだったのだろう。
「あの小娘今から潰しにいこうかしら。アーサーごめんなさい約束守れなかった」
この親馬鹿はまた物騒なことを平然という。
しかし剣獅も気後れしていては欲しい真実は手に入らない。
「だからおふくろにすべてを教えてほしい」
沙織は諦めたように大きくため息を吐く。
「わかったそこまで聞いたのなら手遅れね。教えてあげる十五年に何があったか」




