三十七話
剣獅はまたあの一面真っ青な草の生える草原で目を覚ます。
相変わらず緑のベッドの寝心地は全世界の人間に推進したいぐらいに気持ちのいいもので、真上から差し込む陽光がほどよく当たって余計に眠気を誘う。
だが、どうも寝るというよりは寝転んで雲を眺めるほうが心地よく思ってしまう。
「こんなところで日向ぼっこしてる人発見」
そしてそこに場違いな服装をした場に沿った雰囲気の女の子が現れる。
黒一色に服を染めた服装でおよそ草原には似合わない格好の少女だ。だが、どこか違和感は感じない。
「またあんたか」
「また会いましたね。名前は...剣太郎さん?」
わざとしか思えない間違い方をされた。剣獅は気だるげに訂正する。
「そうでした剣獅さんですね。いけないいけない」
いつの時代の少女漫画のヒロインのセリフだ。咄嗟にそんなツッコミが浮かんだが、それを言うのはなぜか野暮な気がした。
「今度はどうしたんですか?帰らないんですか?」
「もうこのままでもいいんじゃないかって思ってるよ」
剣獅は完全に自暴自棄に陥っていた。
仲のよかった三人の親を殺して生きて、平気な顔で過ごしていた自分が憎い。本当は土下座してでも赦しを乞うべきだったというのに。
「そうですか。じゃあ あの人たちも同じですね」
どこのシンデレラの魔女か知らないが。突如現れた鏡に剣獅と戦う彼女たちの姿が写る。
三体一で剣獅が圧倒しているようだ。
「これは...」
「現実ですよ。ここはあなたの作った世界ですからあっちが本物です」
今度はちゃんと言い切った。前は夢か幻かなどと奇々怪々な論説をしていたのに。
確実にここは夢なのだ。
「そうか。俺が帰らないと拙いな」
「そうですね。彼女たちは死んじゃいますね」
そういう物騒なことでもこの少女は笑顔で言う。図太いのか夢の世界の住人だから単に命の価値観が違うのかのどちらかだろう。
どちらにしてもさっさと帰らなければならないのは確かなわけだが。
「どんな顔すればいいんだよ...俺は」
どんな顔して、どんな風に接したらいいかまったくわからない。仮に正解があってもそれを実行できる自信が剣獅にはない。
いっそ消えたほうが楽だった。
「彼女たちなら答えを知ってるんじゃないですか」
確かにそれは希望だ。同時に返答次第では絶望へと変わる。
それもすべれは彼女たちの言葉次第だ。ならば腹をくくって殺される覚悟でもするべきだ。
「ありがとう名前知らないけど。おかげで覚悟は決まったよ」
「そうですか一応頑張ってと言っておきます。また近いうちに会うかもしれないですしね」
そこでまた視界がぐにゃりと歪み、剣獅の意識は現実へと引き戻される。
「俺はすべてを消し去る」
そう言って剣獅は絢香たちに剣を向ける。
普段なら絶対にありえない行動に三人はとまどいを隠せない。
「やめろ剣獅!正気に戻れ馬鹿者っ!!」
「構えろ死ぬぞ。どのみちに殺すがな」
言った瞬間に剣獅は蹴り出して絢香の眼前まで肉薄していた。依然闘ったときとは比べ物にならないほどに速い動きに目も体も慣れていない。
絢香は完全に不意を突かれた。
「遅い」
剣獅の二閃が絢香に向かって二筋の軌跡を描く。
絢香は斬られることを覚悟した。そして生々しい肉を切る音が響いただが、切られたのはメイガスのほうだった。絢香が斬られる寸前に入れ替わり代わりに二閃を受けたのだ。
当然何事もなかったかのようにメイガスは元の状態に戻る。
「先生...」
「大事な生徒を傷つけさせやしないよ」
「斬るぞ。破壊しろエクスカリバー」
黒のエクスカリバーを怪しい光が包み込む。薄い紫に照らされて気味の悪い印象を受ける。しかもうければ確実になにかが起こるのは確かだ。
「舞え村正」
絢香も六刀流で対抗する。
六本の村正が剣獅を標的に捉える。そしてそれらは一気に剣獅の前方の視界を塞ぎ、打つ手のない完璧な陣を作り上げる。
だが、剣獅は特に動じることなく一本ずつ対処する。
剣の数はおよそ三倍。単純計算でいくと速さも三倍だろうが、傷をつけていっていることからして四倍かそれ以上だろう。
「私も忘れてもらっては困りますわよ」
アミリアが文字通りの横槍を入れる。それも剣獅には陽動にもならないようでひらりと躱され、絢香の方へと蹴り飛ばされる。
二人はもつれこんで倒れる。
「残るはお前だけか」
「剣獅。私の知ってる剣獅はこんなんじゃない」
「言葉は無意味。お前の言葉は俺には届かない」
その瞬間剣獅は右頬を右ストレート並のビンタを受けた。
頭の中がグラつく心もかき乱される。
訳のわからない感覚だった。
「なんだこれは...」
「剣獅が昔になにしたかは知らないでも私は今いる剣獅が好き。今いる剣獅を私は赦す!」
エレンに何度も何度もビンタされる。いくらでも反撃はできたはずなのに、今の剣獅ならば簡単に葬りされたはずなのにできない。剣が鈍る。
「戻ってきてっ!剣獅っ!」
最後は渾身のパンチだった。今までエレンに殴られたことは一度としてなかったが、今までのなかで一番心に響いた。
「そうか。俺は赦されたんだな」
そう。自分は世界で生きることを赦された。
それを実感できただけでも嬉しかった涙が溢れ出るほどに嬉しかった。
自分は赦されたかったのだ。
「私も赦すぞ。所詮顔もあったことのない親だどこでどうやって死んだなど至極どうでもいい」
「私は別に剣獅さんが婿入りしてくだされば全然問題ありませんわよ。どうせ親なんてそのうち死んでしまうものですし」
意外と親に対してもこいつらは厳しかったが、これも剣獅に対する気遣いのつもりなのだろう。
もう嗚咽が出そうなぐらい泣き叫びたかった。
「剣獅。逆に私たちは感謝すべきなんだと思う。お母さんたちが剣獅に命を預けなきゃ私たちは出会うことはなかったと思うから」
誰の言葉よりもエレンの言葉が一番眩しかった。
眩しすぎて直視できないほどに。
「皆ありがとう...」
剣獅はただ泣きながらそれをただ連呼していた。
日が昇るまでずっと。
伏線回終了。これから夏休み編を十話くらいかけてやりたいと思います。
今日のキーワードは「ネタにつまったら精神世界」ですよ




