三十三話
着陸地点から目で見えるような距離にある街に向かって剣獅たち一行は歩き出すのだが、これがまたイマイチ遅い。その理由というのが未だに吐き続けている剣獅である。
あれからよろめきながらも歩き続け、十歩歩いて吐いてを繰り返している。
「剣獅。いつまで吐いている敵はもうすぐそこだぞ」
そうは言ってもこの極度の乗り物酔いはどうにもならない。
どうにかしようとしても吐き気に全部押し流される。
「もうちょい待っ...うぷっ」
チームリーダーが一番だらしないというか頼りない。そこらの酔いどれ親父ともう大差はないくらいに役立たずに成り果てている。
「これではさすがに日が暮れますわ」
と、ゲr...剣獅の吐き出したものの匂いが鼻にくるのか鼻をつまみながらアミリアが言う。
確かに急がなければならないのは事実だ。
「剣獅。もうお前は休んでおけ」
とうとう戦力外通告である。
当然といえば当然なのだが、あまりにあっさりと言われるので剣獅も心にグッサリと痛いものがある。
「俺もいく...」
もはや意地になっているので這ってでもくるだろう。
困り果てた絢香は剣獅をエレンに任せて二人だけで行ってしまった。
残ったエレンはというと。
「剣獅。こうなったら全部だそう」
と、危ない視線を剣獅に向けていた。
ヴァルキュリア学園より西に位置する街、ウォアード。
かつては国王の治める管理された街であったが、現在は忘れ去られ地図にも載らず盗賊たちの住まう別名盗賊街と呼ばれる荒廃した街である。
街の外から見ても見張りに盗賊らしき男が二人、巡回する男が十数人と一応の秩序というかひとつの組織が支配しているようだ。
そこから少々離れた場所に二人は隠れている。
見張りに見つかる心配のない廃屋だ。
「結構いますわね」
「大した数だが剣獅の本気ほどじゃない」
本気と比べてどうする。とそう思わないでもなかったが、剣獅の本気を見ているアミリアはそれも頷けた。
本当はアミリアが剣獅の側にいたいとかいう欲求もあったのだが、エレンがコンマ一秒も離れなかったのでそんなチャンスは見事に回ってこなかった。
そんなアミリアは早く帰りたいと思って仕方なく体をそわそわとさせる。
「なんだ早く戦いたいのか私もだ」
絢香は見事に勘違いしてくれる。どのみちやることは変わらないので話が早くて助かるといえば助かるのだが。
「じゃあいくぞ。正面突破だ」
絢香は顕現した村正の切れ味を以て廃屋の壁を斜めに両断し、そこから街に向かって突撃を開始する。
アミリアもあとに続く。
「なんだこいつらはっ!?」
「敵二人!!応援の人員を寄越せ」
見張りに見つかったがこれも作戦通り。というか完全にもののついでできたやつ全員片付けようという破天荒にもほどがある作戦だったのだ。
本来は影から一人ずつ潰すのが安全で確実なのだが、大雑把な性格の二人が合わさるとこうなる。
敵も応援を狙い通りに人員を呼びつけて数で圧すつもりらしい。
「裂け村正」
絢香の飛ぶ斬撃が街の周りを囲む塀の一角と盗賊どもの大多数を斬り飛ばした。
いささかやりすぎかと思われるが、元々誰も住んではいない街なので壊そうが問題はまったくない。
二人は元締めがいる地点を探して走り回る。
そのとき二人は大きな違和感を感じていた。盗賊たちは特段強いというわけではない、訓練もしている様子はないなのになぜこの任務は長い間放置されていたのかと。
この程度なら王国の騎士部隊もしくは過去の剣姫の誰かで十分なはずだ。
しかしそうしなかったその理由が気になった。
親玉の居場所というのは案外簡単に見つかり、二人は押し寄せる敵をなぎ倒しながら親玉の元へと突き進む。
しかしここも妙だ。ボスがいる場所にしてはいやに見張りが薄い。
罠の可能性も考えたが、その心配はないようですんなりと親玉の部屋までたどりついた。
「アミリア」
「ええわかってますわ。ここは明らかになにかありますわね」
問題はそこではなく、そのなにかが何であるかである。
それがわからない以上は迂闊な行動はできない。
「いいか」
「突入ですわね」
二人は勢いよく扉に体当たりで突入する。なかには親玉と思われる巨漢の大男と、この盗賊いる空気のなかには不似合いな綺麗な黒いドレスを着た女性がいた。
この二人は、絢香とアミリアの二人が武器を持って突入してきたというのにまるで待ち構えていたように平然と薄ら寒い笑みを浮かべている。
「お前が親玉か」
「お前らが言うんならそうだろうよ。別に俺たちは盗賊団じゃねえ行き場をなくした盗賊がただ集まってるだけのゴロツキの街だからよ」
見たところこんな男にこの街すべての盗賊どもを動かす力はない。とすれば疑うべきはその隣の女。
剣や槍などが見えないが、まだ油断するべきではない。剣姫であれば肌身離さずもっている必要はないからだ。
「お前たちを捕縛もしくは始末しにきた」
「やれるのかしら学生の子猫ちゃんに。おいで神の荊」
突如女の手に尖った先端のついた鎖が顕現する。
あれも聖剣の一種であれば、彼女も剣姫ということになる。
「貴様も剣姫か」
「そう私は外れ剣姫。世界に拒絶された孤独で誰かのそばにいたい寂しい女。だからこうしているのよ」
すべてはこの女が握っているらしい。
しかし鎖とはなんとも珍しい武器ではあるが、それが問題なのではない。
他の剣姫に任せられないような実力の剣姫だということだ。
「アミリア」
「挟み撃ちですわ」
二人は左右からそれぞれ攻撃を仕掛ける。
「あらら。ご丁寧に作戦を教えてくれるなんて」
二人はほぼ同時に攻撃する。
だが槍は絡め取られ、刀はピンと張った鎖に受け止められる。
「プロ相手になめてんじゃない?ひよっこ」
槍を飛ばされアミリアは壁に向かって蹴り飛ばされ、アミリアの華奢な体が壁へと叩きつけられ口から多量の空気が漏れる。
絢香もヒールに蹴り上げられて刀を取り落とし、腹部を蹴られ同様に壁に打ちつけられる。
「案外弱いのね」
女は勝利宣言かのようにタバコを吹かす。
「つ、強い...」
「これはお任せするしかありませんわね」
二人は同時に勝ち誇るように笑みを浮かべる。
その瞬間、部屋の入り口の扉が粉々になって吹き飛ぶ。
「何っ!?」
土煙のなかから一つの人影が立ち上がるのが見える。そのシルエットは二人がよく知り、ここまでくることを意図して厄介払いをしていた人物。
完全復活を遂げた剣獅だ。
「あ~気分悪い。気分悪いから扉壊しちまった」
「お前何者だっ!!」
「あ?お前こそ誰だよ。ていうかうちの姫さんたちになにしてくれてんだこら」
一瞬姫という言葉に絢香アミリア、そして後ろからきているエレンが反応したのがわかったが、なにも見てないことにする。
「貴様も同じように這い蹲らせてやる。喰らえ神の荊」
剣獅の左腕に鎖が巻きつく。
だが剣獅は右腕の力だけで引きちぎった。
「馬鹿なっ!?神が鍛えたというこの神の荊を引きちぎるだとっ」
「気分悪いから。その汚ねぇ口を閉じろ」
剣獅は女の体を縦に両断した。そこにはただの肉塊と化した女の亡骸が横たわるのみだ。
「あとはお前一人なわけだが」
「ま、待ってくれ金なら出すから見逃してくれ」
親玉ともあろうものがいまさら命乞いとはなんとも見苦しい。
聞くに堪えないとはまさにこのことだ。
「ほしいのは手前の命だけだ」
剣獅は親玉の男の首を跳ね飛ばした。ゴロンと床に男の首が転がるその顔はニヒルに笑っていた。
まるでこれは序章とでもいうように。
「終わった...」
剣獅は疲れたように床に座り込む。
対して激しくもないが、終われば自然と力が抜ける。
「あれ終わっちゃったか」
と死体の横たわる部屋に入っていたのは本当にどこにでも現れる学園長だ。
「先生何しにきたんですか」
「いや君らじゃ無理かなと思ってきてみただけだよ」
「そう思うなら頼むなっ!!」
剣獅は身勝手なバba...メイガスに向かって吠えた。
「まぁ勝てたんならいいじゃないか。よくやったね」
「このババアいつか殺してやる」
剣獅は恨めしい視線をメイガスに向ける。
「剣獅。お前どうやって復活したのだ」
「それはだな」
剣獅が吐いているところで突如としてエレンが狂気の目をむき出しにしながら腹部を何度も殴ってくれた結果、見事に吐くものかなくなったらしくどうにか復活。
だが依然として気分の悪いのは治らない。
「まだ気持ち悪い」
と、グロッキーをさらにグロッキーにした張本人のエレンは知らん顔。
白々しいが、助かったのも事実なのでなんとも言えない。
「そうか知らなかった。まさか剣獅くん乗り物酔いすごかったとはドラゴンで吐くやつを見たことないねぇ」
とメイガスは腹を抱えて大笑い。人目はないとはいえもう少し音量を抑えてほしいものだ。
「じゃあ帰りは送ってあげるよ。他は帰れるね」
「「「はぁーっ!!?」」」
三人同時に大声を上げた普段から大声など出さないエレンでさえもだ。
帰りもいっしょだと思っていた三人は連れ去られたみたいで無性に気分が悪かった。
結局剣獅は最後まで乗り物酔いには勝てなかった。




