三十二話
「ドラゴンってこいつのことかよ」
ドラゴンに乗るからと言われ、竜舎(牛舎のドラゴンVr)に連れてこられた剣獅はそのドラゴンを見てワクワクドキドキではなく、なぜか期待を裏切られたような気がした。
そのドラゴンはドラゴンというには人ぐらいに小さく、とても人間を乗せて飛べそうな様子には見えない夢に描くあんな巨躯の姿はどこにもなかった。
「こいつ以外なにがあるというのだ」
さも当然のように絢香が聞いてくる。逆に聞こうこいつ以外なにかないのかと。
当然のごとく何もない。
このドラゴンたちはこの山に生息するドラゴンで、一番小さい翼竜と呼ばれる種である。
学園創設時に飼い慣らしていたドラゴンが子を産んだり、仲間を引き連れてきたりしているうちに数が増えて今は三十以上のドラゴンがここに収容されている。
噛んだり火を吐いたりせず、大人しい性格で正しく操れば命令通りに動くという理由からこのドラゴンが採用された。
「お前たち経験は?」
アミリアとエレンはこの世界の住人なので、乗馬のごとくやったことがあるらしい。なんでもアミリアにいたっては自分専用のドラゴン持ちらしい。
学園にドラゴンの持ち込みは禁止なので仕方なく自分にあったドラゴンを探しているが。
「剣獅は...」
「初めてだ」
本来ドラゴンの搭乗訓練は二学期から行うため、現時点で地球人の剣獅は未経験である。絢香はどうやら普通に乗れるようださすが二年生というところだろう。
「乗り方は馬にまたがるつもりでいい」
そもそも馬にすら乗ったことがない。
こいつら意外といい生活してるなと若干羨ましい。
とりあえずイメージだけでやってみると、剣獅の身長だとちょうどの高さになって乗りやすくはあった。
が、背中の鱗か骨がゴツゴツとしているのが妙に痛い。
それでも剣獅は我慢してドラゴンにまたがってみせた。
「いいじゃないかでも剣獅。それは鞍をつけないと痛いぞ」
先に言ってほしかった。
鞍とは馬などにつける座る部分につける道具のことである。
ドラゴンにも同じようにつけるものが存在する。
もう一度鞍をつけてから乗り直すと痛みは一切なかった。道具の力はすごいなと関心する剣獅。
「よしじゃあいこうぜ」
剣獅は馬の要領でドラゴンを歩かせようと、足で軽く二回叩く。するとドラゴンはなにを勘違いしたのか思い切り羽ばたいて竜舎を飛び回り始めた。
おそらく思い切り飛べと勘違いしたのだろうが、剣獅はただ思い切り振り回されているだけのなんとも悲惨なことになっている。
「助けて...酔う」
いまの剣獅は高速でコースがグニャグニャと曲がるジェットコースターに乗せられている状態で、そんな状態を五分も続けるとそれはもう酔うこと間違いない。
「なにをやっているんだか」
さすがの絢香も、呆れながら剣閃を放ってドラゴンの動きを止める。
いきなり飛んできた斬撃にドラゴンも驚いて動きが止まる。
そしてゆっくりと下へと降りてくる。
「死ぬかと...うえっ」
「吐くな。掃除するのは誰か知らんが見るに耐えん」
そこまで言われるとなかなかに傷つくのだがそれもごもっともなので、でかかったものをどうにか口のなかで押しとどめる。昼飯食べてなくてよかったと内心思う。
「とりあえず飛ぶ方はどうにかなるだろう。剣獅がこんなんだが出発するぞ」
なんだかんだで絢香が隊長的立ち位置となってしまった。
剣獅の情けないこと天下一品である。
あまりの不甲斐なさに、出てきたクロアに背中をさすられる始末だ。
「もうちょい待っ...おえっ」
三人は思ったこの先大丈夫かと。
先行き心配なことこの上ない。
「やばい死ぬ...おえっ」
「やめろ剣獅!後ろにいる私にかかるではないか」
「いやだって...うぷっ」
どうにかドラゴンを飛ばすことができた剣獅は今、フラフラとしながら空をドラゴンに跨って飛んでいる。
そして本人たっての希望でクロアが剣獅の背中に掴まっている。
最初は三人揃ってクロアを羨ましい視線で見ていたのだが、その後の剣獅の乗り物酔いにも似た酔いっぷりに同情の視線を向けている。
「お前死にそうだぞ剣獅」
もうすでに顔色が青ざめていていよいよやばい。
実のことをいうと剣獅は乗り物酔いが激しく、バスの一番前の席ですら大量にキラキラをぶちまけて小学校の先生に多大にご迷惑をおかけした経験をもつ。
ドラゴンは乗り物じゃないから大丈夫かと思っていたのだが、ただでさえ乗り物酔いのする剣獅がフラフラと右へ左へと旋回を続けていたら酔うのは当たり前である。
「絢香...エレン...アミリア...誰か...助けて....うぼっ」
だんだんと我慢する音が変わってきているので、いよいよ吐き出しても仕方ない領域に達してきている。
三人はさりげなく剣獅に気づかれないようにスーッと真横に移動する。
クロアでさえも剣に戻って避難する。
そしてついに。
「オボロロロロロ...」
その日、学園近くの森に汚いキラキラが降り注いだ。
「うええええ...」
やっと目的地である西の街にたどり着いたのだが、着くやいなや剣獅はグロッキー状態でひたすら吐き続けていて、エレンが黙って後ろから背中を摩るという乗っけからテンション最悪である。
「だらしないぞ剣獅。なんだドラゴンぐらいで」
たかがドラゴン剣獅にとってはされどドラゴンである。酔うものは酔う。
剣獅の乗ったドラゴンなど自分についた匂いを確認して水浴びしているくらいだ。
「剣獅乗り物酔いすごい人?」
「それは知りませんでしたわね」
「びっべべぇぼん(言ってねぇもん)」
吐きながらでも喋る剣獅。
なにを言っているのかはわからないが、言いたいことはわかる。
「今回は一泊するような準備はしていないから日が暮れんうちに帰りたいのに。こんなことでは夜這いをかけてしまうではないか」
絢香一人で暴走中しかし止めるものは誰もいない。だって全員が吐いている剣獅にかかりきりだから。
だが、日の入りまでに帰らないといけないのは確かで、現在はおよそ三時くらい、日が落ちるのがだいたい六時くらいということで、実質一時間くらいしか猶予がない。
泊まれないこともないのだが、それはイコール野宿になる。年頃の男女四人が外で寝るのは少々いかがなものかと思う。さらにあの絢香の暴走ぶりからして確実に泊まってはいけない予感がする。
まぁ寮でも同じことをしているのだが。
「剣獅いけるか」
「気持ち悪ぃ...」
どうにか吐くのは収まったようだ。
だが、顔色がすこぶる悪い。
「構うかいくぞ」
今日の絢香はとことんスパルタだった。
「死ぬ...」
その呟きはもはや冗談でもなんでもなく現実になりそうだった。




