三話
「学園長っ!!一体これはどういうことですか」
と、学園長室にてキセルを吹かして足を組む学園長に対して机を叩いて抗議するのは、ワルキューレ教室の若き女担任教師、エリス・ホルリックである。
白い帽子に、眼鏡。特徴をあげるなら大きな胸も特徴的だ。
彼女はとても生真面目な性格で知られ、教員だからと縁談などはすべて断り、独身を貫く二十五歳である。
この世界の平均結婚基準は二十歳とされており、剣姫はその希少性の高さから若いうちの出産を求められる。
なので、卒業したら子供がいたという話も聞かないではなく、むしろありふれたことでもある。
「なんだね、なにか不満でもあるのかエリス先生。そんなに胸を張って、揉んで欲しいのかな?」
わにわにと揉む用意はできているメイガス、エリスは胸を両手で覆うように隠す。
「冗談だ」と笑いながらいうのだが、行動と言葉がイマイチリンクしていないので非常にわかりづらい。
エリスは、赤面しながら言葉を続ける。
「不満もなにも、生徒たちの反応を見ましたか?どうして彼の入学を認めたのですか」
「どうしてもなにも、剣姫の力の素質があるものを受け入れるのがこの学園だが?それが男でも女でもな。
他の奴の不満など知らん」
さも当然のようにこう言われては、エリスとしては立つ瀬がない。
メイガスは、再びキセルを吹かせる。
「ここだけの話だが、彼は剣騎の可能性を持っている」
「突然変異により生まれる剣姫たちを従える王のことですか?」
「うむ」
剣騎とは、剣姫とは対を成すように数万人、数億人さらには数十億人にひとりとも言われる剣姫の力をもった男のことである。
対を成すとは言っても、その実態は剣姫たちを従える剣姫の王であり、人の理解では計り知れない力を秘める超常存在である。
なぜそのような存在が生まれるかについては、剣姫が生まれてからの数千年の間にも一度も解明されたことはない。
なぜなら剣騎は剣獅と先代だけなのだから。
「そういうことですか、それで?この私にそんな超常存在の監視役を押し付けたわけですか」
そのとおりと、グッドサインと一昔前の漫画のように笑顔に舌を出すという演技をしてみせる。
エリスからすると、それがふざけているようにしか見えない。
「まぁまぁ、剣騎と言っても彼はまだ卵のようなものだ。
君は割らずに孵化させてくたまえよ」
軽く言ったものだが、剣騎など例が存在しているとはいえ未知の存在である。
ましてや、いまだ末若いエリスにはとても務まるとは思えなかった。
当然エリスは無理だと断るのだが、メイガスの口から出た特別手当という四文字には逆らえずに承諾してしまった。
「さて、我々がこうして話していては、扉の向こうの彼が入ってこれないだろう。入りたまえ」
「失礼します」
メイガスに招かれるままに、中へと入る剣獅。
初めて入る部屋に戸惑いを隠せないようだ。先程からキョロキョロと周りを見渡している。
他人の部屋をジロジロと見るのは失礼だとは思うのだが、この部屋はそうせずにはいられない空間だった。
部屋が煌く星たちに囲まれている、言わば宇宙そのものだった。
「どうだい、気に入ったかな?私の私室は」
「えっ?私室なの?」
仕事場です、とエリスが訂正する。こういうツッコミ役を確立させるためのボケに違いない。
そのとき目が合って、メイガスの合図は【弄るの手伝え】だった。
剣獅も目で返事を返した。【了解】と。
「学園長、なぜ自分はここに呼ばれたのでしょう?」
「君にはねぇ、なんせこんな学園だ苦労もあるだろうからいまのうちに楽しい思い出もさせてあげようかと思ってね」
「先生の胸を揉みしだくとか」
「それだっ!!」
その瞬間に意気投合して決定。
言った瞬間にエリスに出席簿のような固いものの角で後頭部を殴られた。
メイガスも同様である。
「安心したまえよエリス先生。ちゃんと手袋させるから」
「それ手袋の意味ないでしょうこのおバカ学園長っ!!」
その場にあった観葉植物で思い切り頭を殴る。
頭からドピュドピュと赤い血が流れ出る。
「学園長、そろそろこの辺でいいですか。先生の胸については今度じっくりと揉ませていただくので」
「うむ」
「よくありませんこのおバカっ!!」
観葉植物を振り回してくるが、さすがにこのツッコミは冗談抜きで殺されそうなので、いろんな危ない体勢になりながらも避ける。
メイガスは、紋章術(剣姫が使う、体に刻まれた紋章と自分の中の魔力を用いて使う魔術)で指一つ動かすことなく防ぎ続けている。
「さてエリス先生。席を外してもらえるかな?」
メイガスがパチンッと指を鳴らすと、観葉植物が跡形もなく消えた。
そこで理性を取り戻したエリスがわかりました、と部屋の外へ出ていく。
若干恨めしい目で、扉が閉まる瞬間まで剣獅のことを睨みつけていたが。
「樟葉剣獅くん。感想はどうかな?自分だけのハーレム王国を手に入れた気分は」
「最悪ですね」
即答で答えられた。
それほどにあの一時間かそこらの出来事は、悪夢のような体験だったのだ。
「最悪か。まぁそう言ってられるのもいまのうちだけだよ、いつかはここが居心地よく思う日がくるさ」
そんな日がくればいいが、いまの剣獅には先の未来より今をどうするかしか頭になかった。
ここにくるだけでも三回命の危機にあっているのだ。
落とし穴、火の海、絶対零度と殺しにきているとしか思えない、愉快なアスレチックに遭遇した。
「これから君には数々の試練が待っているはずだよ。辛くなったらここにくるといい、こんな老婆でいいならいつでも相談に乗ってあげよう」
学園内に教師でも味方がいるのは心強かった。
さすがに、これから五年間一人で放り込まれていたら鬱病かなにかを引き起こしそうだった。
味方でいるなら老婆でもなんでも構わなかった。
「じゃあ早速いいですか?」
「なんだね?」
「ここから出してください」
ど直球に気持ちをそのまま伝えてみた。
結果は当然ながら。
「駄目だよ。若いんだから頑張れ」
拒否られました。