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二十九話

ビリビリと伝わる鬼気と威圧感を纏って、森の中から悠然と現れる。

あたかも真打登場と言わんばかりだが、今回別に主役でもなんでもない。

その根拠のない自信とプライドはどこから出てくるのだろうか。


「ドウモコンニチワ十夜芽センパイ」


逃げ出した手前なにをされるかわかったものではなく、ビビリまくっている剣獅はカタコト口調で話す。

そんな剣獅を絢香は一瞥する。


「よくも逃げ出したな剣獅。おかげで腹が空いたぞ」


淑女が腹とかいうのもどうかと思うが、絢香がお腹空いたとか言ってる様を想像するとこの状況に反して失笑しそうな気がしたので全力でスルーした。


「さて、先輩方これはどういうことか説明いただこうか。剣獅は病み上がりだまだデュエルは不可能かと思うが?」


「知ったことではないそれにそいつはデュエルを受けた。これはもう覆すことはない」


初めから退院直後を狙ってきていやがるのだ、この拒否権を失わせるための口実をつくるためにあらゆる手を使ったに違いない。

悔しいが向こうのほうが一枚上手だった。


「外道に堕ちたか。それでよく学園の秩序を守るだのとほざけたものだな」


「これも秩序だ。下克上が許されるようでは学園の秩序は乱れる一方だ」


「それで己の矜持を見失っていては本末転倒だな」


絢香が皮肉って言うのだが、これではまるで水かけ論にしかならない。

あまりに不毛に思えてならない。


「絢香いいよ。こいつらそんなに強くないから俺だけで十分だ」


「剣獅。お前は寝ておけ元々私のせいでこんなことになっているからな。たまには格好のひとつくらいつけさせろ」


そんなことを普段とは違う柔らかい笑顔で言われては黙って引き下がるしかなかった。

クロアに起こすなと言われてるため、戦闘になると素手でやらないとガチに怒られそうだった。


「さて、こちらの話はついた。どうする先輩方?」


「いくら貴様が強いと言っても所詮一人。いいだろう相手をしてやるついてこい」


二人はいまだ名の知れぬリーダー格に連れられて闘技場へと向かう。

それと同時刻。学園に向かってある者が空を斬る風のような速さで向かってきていた。






「存外遠いなブレイドヴァルキュア学園...忌々しい」


ローレンは吐き捨てるように一人言を呟く。

木々を飛び伝い、着実に学園へと向かってきている。木々を飛んできているのは姿を隠しやすく、学園を巡回して警護する学園所有の人造生物(ゴーレム)に見つかるのを防ぐためだ。


しかし、懸念はまだある。

学園長がこの大地との契約によって行っている大規模な結界。それは学園を中心として東京都ひとつ分を軽く覆うほどの巨大な結界。

そこに少しでも触れるか入るかすれば、たちまち警備と学園長自らが飛んでくる侵入者にとってはこの上なく厄介なものである。


「この辺か」


ローレンは突如として立ち止まり、自身の聖剣であるレーヴァテインを顕現させる。

その剣で肉眼では捉えられないほど高速で結界自体を切り裂いた。

結界はアストラル存在のようなもので、実際に触れることはできない。だが、レーヴァテインは炎の実体のない剣であるがゆえに、実体のないもの同士で相殺し合うことが十分に可能なのだ。


「待っていろ」


ローレンは再び飛び荒ぶ。

あまりに強烈な蹴り出しに地面が陥没を起こして、最終的に小さなクレーターをつくる。


ローレンが飛んだ直後、学園長メイガスの痛覚に結界の破れた痛みが奔ってきた。

直接のつながりとしては感覚の共有をしているため、破れば痛みが出るし触れば触った感覚が流れ込んでくる。

多少不便だが、それを通して情報を得ているので仕方のないことである。


メイガスは学園の職員全員に繋がる受話器を手に取り、全員に向かって大声で指示する。


「全職員に告ぐ。今すぐに生徒の避難せよ」


そこまで言ってガシャンと受話器を置いた。そして、愛用のキセルを吹かす。


「ついに来たか。ローレン」


メイガスはその首にかかった黄金に輝く聖剣に手をかける。ヨハネの目次録に伝えられるアポカリプスの名を冠する世界五指に導く力をもつ聖剣である。


「馳せよアポカリプス」


メイガスはアポカリプスを手に持つと、最初からいなかったように部屋からいなくなった。







剣獅たち二人は闘技場に連れてこられた。

当然今は昼休みなので誰もいない。おそらくは来る前に人払いでもしていたのだろうが、なんにしても容易周到なことだと剣獅は関心半分、呆れ半分といったところである。

今回は絢香一人でやるというので、剣獅は後ろのほうで傍観する。


「いくぞ十夜芽絢香」


三人は剣と槍をそれぞれ構える。

さすがは上級生というお手本のような構えをみせる。これが演習なら百点だろうが今は決闘なのでそれが正しいとは一概には言えない。

構えというのは人それぞれに合ったものがあり、これといって決まっているわけではないが強者の構えは大抵一つか二つと決まっている。


現に絢香の構えは寸分も隙はない美しい構えだ。

美しい構えは美しい攻撃を繰り出し、強い攻撃へと変わる。


「裂け村正」


まるで地割れでも起きたかのように闘技場の床を引き裂いて、村正から放たれた斬撃が打ち出される。

その斬撃は不可視であり、防御困難の空気。

これを受け止めることはできず、三人は左右へ飛んで回避する。


「そんなものか?いっそ楽に死なせてやる」


再び絢香が剣を振り上げる。

回避直後のままで、まだ次の回避動作に移れていない。勝負は決まったも同然...だった。

突如闘技場の天井を突き破って一人、人間が落ちてきた。


「なんだ。お前は」


「ローレン・サーティスといえばわかるか?十夜芽絢香」


ローレン・サーティス。剣姫の才を持ち、高みを目指すものなら誰もが聞く名前だ。

本来ならここで憧れや羨望の目を向けるところであろうが、今は違う。全員が戦慄の表情を浮かべる。


ローレンが起こす行動一つ一つに目をしっかりと向けて、常に警戒していなければいつ何時どうやって攻撃されたのかもわからず死んでいたなどということも十分にありえる話だ。


「樟葉剣獅。貴様を抹殺する」


ローレンはレーヴァテインを形態変化させて剣を槍へと変える。


「炎槍レーヴァテイン。燃えろ」


オリンピックに出るやり投げ選手でもおそらくまっすぐに投げてここまでのスピードは出せないだろうという速度で槍を投擲する。それは光にも似た速度で気づいたときには眼前に槍が迫っていた。

絢香が剣獅を呼ぶ声も間に合わないほどに。


だが、その槍が剣獅に当たることはなかった。それを弾いた人物がいるのだ。

弾かれたレーヴァテインはただの炎へと変わり、ローレンの元へと還っていく。


「貴様サーティス。私の教え子にその槍を向けるとはいい度胸だな

潰すぞ」


「お目にかかれて至極残念だよ。魔術師(トリックスター)メイガス」


現れたのは怒りを顕にした学園長だった。

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