二十六話
目を覚ました剣獅は病室の蛍光灯の眩しさに目を細める。
目が慣れてきたところで、頭を動かさず周りを見回すと笑顔のメイガスと隣には村正とともに剣獅にもたれかかるように寝ている十夜芽がいる。
(帰ってきたのか...)
これだけの情報で、やっと自分が現実にいることを実感する。
あまりに長い間寝すぎて時間の感覚がまったくわからない。一秒がどんな感覚かすらもはっきりと覚えていない。
「おはよう剣獅くん。気分はどうかな?」
メイガスが剣獅の顔を覗き込むようにして影を落とすように覆いかぶさりながら聞いてくる。
その顔は老人らしく朗らかだった。
「どうもこうも。俺どれだけ寝てたんですか」
「一ヶ月くらいかな。もう少しいくと一生もあったかもね」
それは十夜芽が助けにきてくれなければなっていた最悪の事態だ。
考えただけでもゾッとするような話だ。
一生寝たきりであの草原の世界に閉じ込められるというのだ、別に悪い気はしないがそれはもうつまり死んでいるのだ。
「あとなんで彼女ここで寝てるんですか」
村正といっしょに気持ちよさそうに寝ている十夜芽を指して言う。
「彼女は君を夢世界から引っ張り出すためにいっしょに眠っただけだよ。君が出てこれたなら彼女も目が覚める」
「ん...」
言った側からもう起きるようだ。なかなかに寝顔は可愛かったので少々もったいない。
「じゃあね私は忙しいから行くよ。変な気は起こさないように」
年頃の男女を同じ部屋に、しかもベッドがある部屋に置いていく時点で、最後の言葉には説得力が無さ過ぎた。むしろやってもいいけど自分には流れ弾が飛んでこないようにと保険をかけただけにも思える。
「ちょっと先生っ!?」
もはや剣獅の抗議の声は虚しく、メイガスはさっさとスキップしながら出て行ってしまった。
年頃と場所を考えてほしいものだ。
そして程なくして十夜芽も目を覚ました。
「おはよう...」
「あ、ああ...おはよう」
一ヶ月前(剣獅からすればついさっき)とは違う態度なので、剣獅は妙に緊張してしまう。
これからなにをされるのかと気が気でない。
「ありがとう十夜芽。連れ出してくれなきゃ俺一生あの世界で寝転がってるとこだった」
「あ、絢香でいい。お前にはそう呼ばせてやる、呼べ」
最後は命令でもさらに強引に迫ってきた。あまりの迫力で言うので剣獅は二つ返事でOKしか選択肢が用意されなかった。
ちなみに、言葉の最初から最後まで終始顔が赤かったのは見なかったことにする。
「じゃあさ。絢香、やっぱり俺のこと覚えてた?それとも...」
「それはないぞ!私はお前のことを忘れた日はない!ずっと気がかりに生きてきたぞ」
剣獅の言葉に被せるように矢継ぎ早に答える。
剣獅としてはそれだけ聞ければもう十分だった。やっぱり覚えていた自分はちゃんと意味ある人間だったと実感できた。
「私の十字目は偶発的に未来を見ることができる」
突如として十夜芽の瞳が十字に変わる。
そう、剣獅が見た十夜芽もこの十字目だった。
「目は変化するが未来を見るのは本当に偶発的だ。そしてあの日私はお前が下敷きになる未来を見た」
自分が潰されている未来なんて想像したくもなかった。想像は事実になってしまったわけだが。
「そして、あの火災が起きた。私はわかっていながら防ぐことができなかった、今でこそあの非力な私を呪う。もっと強ければお前は腕も足も失わずに済んだのに」
剣獅は気づいた。十夜芽が強さを追い求めていたのは自分のためだった。そして、あのとき自分を助けられなかった悔しさからなのだと。
おそらくはそれだけのために、友達も自分の時間も全部放り投げてただ強くなろうと努力したのだろう。
会って話もしたことのない年下の男のために。
「いいよ。別に後悔はないし未練もないしさ」
「苦労しなかったか?」
本当にいい人だった。少々ひねくれているだけで、本当はものすごく優しい人だ。
実に勿体ないくらいにひねくれているが、剣獅のことをちゃんと心配もしてくれる。
「苦労か...したことはしたかな」
剣獅は五年まえから義手義足、つまり障害者としての哀れみの目と向き合ってきた。
周りは哀れんでいるつもりだろうが、その哀れみこそが剣獅にとっては痛みへと変わっていた。
剣獅は哀れんでほしいのではなく、ただ普通の人のように接して欲しかった。もっといえば普通の人間になりたかった。
未練がないというのは本質の意味とは異なり、ただもう諦めているだけだった。
外れた腕は一生治らないのを知っているからこそ、諦めるために自分に言い聞かせる言葉としてそれを選んだに過ぎない。
「私が不甲斐なかったばかりに...」
「それは違うあんたは立派だった。皆が逃げ出してるなかを逆に飛び込んでくるなんてそうできることじゃない」
これはもう褒め合いをしているとしか思えない光景で、いつ終わるとも知れぬ褒め合い合戦は本当にいつ果てるとも知れなかった。
エレンとアミリアが病室にくるまでは。
「剣獅、おはよう」
約一ヶ月ぶりに抑揚のないエレンの声を聞いて、どこか懐かしいものを感じる。
だが、一ヶ月ぶりだというのに感動とかそういうものが微塵も感じられない。
「もしもしエレンさん感動の涙とかないのか?」
「約束したから死なないって。信じてたから涙はない」
とかいいつつ、実際顔は半泣きである。なんだかんだで剣獅が目覚めたことが嬉しいのだ。
エレンは剣獅の膝に顔をうずめて泣いている顔を見せまいと必死である。
「ちょっとエレンさん。一人占めはずるいですわよ」
アミリアはなぜか逆サイドのベッドに潜り込んでくる。いつもなら不意打ちだろうが、今回は明らかに目の前でやっているので堂々としていて逆に潔い。
今の剣獅は胸の刺し傷がいまだ塞がらないので、上体を起こせないので現在やりたい放題なのである。
「お前たち。私を前にして不埒な行為を...」
なぜか十夜芽まで恐ろしいまでの殺気を出して臨戦体制。今にも斬りかかりそうなやばい雰囲気だった。
できればやめて欲しいのだが、剣獅の原の合戦は三つ巴のかなりドロドロとしたものになっていた。
さらに追い打ちをかけるがごとく現れた四人目。
「貴様らーっ!!人の主になにをしておるか。剣獅は私の主だぞ私のな!」
剣獅が復活したことでクロアも復活し、人間の姿へと顕現することができるようになった。
どうやら主の上でぶつかる火花が気に食わないらしく、自分もその火花に自らも加わろうというのだ。
まさに火に油を注ぐとはこのことだ。おそらく今ので、ドラム缶分ぐらいは油を注ぎ込んだに違いない。
「「「引っ込め幼女」」」
しかし四人目は三人からの一斉攻撃で敢え無く撃沈。今回はぽかぽかではなく、剣獅に顔をうずめて「養女じゃないもん」を連呼する。
新しいバージョンに少々新鮮さを覚える。
「貴様らやるというなら...」
十夜芽は村正をその手に握り、鞘から引き抜く。
「ブランクのあるあなたに負けないように訓練してきた」
エレンも負けじとシルバーファングを顕現させる。確かに訓練してきたようで、妙に光沢が上がっているきがする。
「剣獅さん争奪戦ですか?私も黙ってはいられませんわ」
アミリアまで大槍を取り出す。
こんなところでやめてくれと、剣獅は自分の上で行われる女たちの醜い争いにただため息をつくしかなかった。
「勘弁してください...」
今回はわりとギャグ沢山で、あんまりシリアス感は出さずにやってみました




