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二十四話 

「早くっ!!人がいるっ!!」


少女は建物が紅く燃え崩れる建物のなかを、救助隊とともに逃げ惑う人の流れに逆らうように奥へと進む。

途中崩れた瓦礫が燃えて道を塞いでいたり、天井が焼け崩れるという障害もありながらも少女は必死になって突き進んだ。

瓦礫に埋もれた少年を救うために。


少女は突き進みながら罪悪感に苛まれていた。今助けると善の言葉を口にしても、一度は助けられる命から逃げ出したのだ。

そんな自己嫌悪とともに少女は炎を掻い潜り、お気に入りの服だったがボロボロになるのも厭わずただその目標に向かって足を動かした。


辺りはもう少女の知る地形ではなく、よくきていたのだとは思うがもうどこに向かっているのかわからなかった。

しかも炎の燃える音で耳はよく聞こえない。


「嬢ちゃんどこだっ。これ以上は俺たちまで焼け死ぬぞ」


確かにこれ以上炎の中にいるのは、一酸化中毒の可能性もあるし本当に焼け死にかねない。

少女はもうちょっともうちょっとと、どうにか捜索を引き伸ばすように救助隊に向けて懇願する。

救助隊もこんな幼気な少女に頭を下げられては断るわけにもいかず、限定的な範囲での捜索が続けられる。


必死で探した。瓦礫の下敷きになっていないか、炎に囲まれていないか、動けず一人で泣いていないか。

そんな可能性を若干十二歳の少女は幼い頭で考えた。

そしてその声は聞こえてきた。


「誰か...助けて...」


その声は世界中のどの声より小さかっただろう。近くにいても誰も気にも止めないような小さくか細く頼りない声だったが、少女の耳にははっきりと聞こえてきた。

少女の後ろの瓦礫の下、そこに探していた少年はいた。


「すみませんっ!!ここですっ!!」


大声で近くの救助隊員に生存者がいることを伝える。

近くにいた救助隊員がすぐにかけよってくる。


(よかった...助けられた)


少女はまだ息がある状態で見つけられたことに安堵するが、それも束の間。衝撃の言葉が救助隊員の口から出る。


「こりゃひどい。腕と足がやられてる」


腕と足?つまりちゃんと救えなかった?私は間に合わなかった?

少女の視界は真っ黒に塗りつぶさたようだった。

立ちくらみもした。こんなに頑張っても助けられなかった、もっと早くきていれば、あのとき近くの大人でもいいから呼べばよかった。

そんな猜疑心が少女の心に巣食った。


「息はあるな。嬢ちゃん逃げるぞ」


少女は絶望したまま、手を引かれて建物から逃げる。


その後、救急車にその少年は右腕左足のない状態でタンカーに乗せられて救急車で病院へと運ばれた。

そして少年は最後にこういった。


「お姉ちゃんありがと...名前...教えて...」


「十夜芽絢香」


「十夜芽...」


どうやら少年の耳はもうあまり聞こえていないらしい。前半部分しか聞き取れていなかった。

それでも、なぜかその少年に言われたありがとうは心に染みた。

こんな自分でも役に立てた、人の命を救えたのだと。


それが十夜芽絢香の過去の記憶である。







病室で目が覚めた十夜芽は、天井から降る蛍光灯の明かりに眩しさを覚えて目を萎める。

まだ目を覚ますには早いかと、夢の続きを見ようとするがなかなかそうはいかなかった。

一体自分は何時間寝ていたのだろう、そもそも自分はなぜ生きているのだろう。

それを確かめる手段を今自分はもっていない。


とりあえず、十夜芽は上体だけでも起こそうとするが傷口からの激しい痛みで起き上がるのがなかなかに困難を極めていた。

どうにか起きた十夜芽は、自分のいるここが病院の一室であることを理解する。

そしてその脇に、おそらくは看護でもしていたのだろう村正が椅子に座ったまま、ベッドにもたれかかるようにして寝ている。

十夜芽は村正の髪を糸を解くようにさらさらと撫でる。


「苦労かけたな」


聞こえているわけはないと思いつつも、いや聞こえていないからこそそう言った。聞こえる状況ならこんなことは普段言ったりはしない。

十夜芽は自分で言っててどうにも胸が熱くなって恥ずかしくなっているのを感じる。


しかし、ここは個室なのだろう誰もいない。誰もいなければ自分がどうなったか知ることもできない。

怪我人なら寝ているのが一番と、目は閉じずベッドに横になる。


「デュエルは...私は負けたのか...?」


覚えている記憶では、自分は剣獅に胸を突き刺されて負けたはずだった。

なのに自分の胸には外傷が一切ない。

どういうことかさらにわけがわからなかった。


「絢香様...」


村正は寝言でも十夜芽のことで頭がいっぱいだった。

今日だけはいいかと、村正を自分の太腿の部分に寝かせて膝枕の体勢にさせる。

まるで妹と戯れるようである。

実際十夜芽に妹はいないのだが、村正は妹のような存在であった。


「私もあいつみたいに村正(こいつ)に名前でもつけようか」


今回の事件で村正の大切さが身に染みたようだった。

あの十束剣は今はもうない。あんな剣を使うことになったのは村正の言葉を蔑ろにした自分の傲慢さからだと、今度ばかりは反省する。


「しかし、今回は懐かしい夢をみた」


あの日以来ずっと見ることのなかった十夜芽の記憶。

何度思い返しても悪くない思い出だった。何よりあのときの、救急車に運ばれていく少年の笑顔がどうしても忘れられなかった。

死にそうになっているのに、それでも笑顔でいる少年の顔が忘れられなかった。


「あれがあいつだとはな...」


思い出しても感慨深いものがある。


と、感傷に浸っていると病室のドアがノックされる。

ドアを開けて入ってきたのは、メイガスだった。その手には見舞いということで果物などを詰め込んだ籠があった。


「おはよう。今日が何日かわかるかな」


「すみませんここには時計もカレンダーもないのでわかりません」


いつもの毅然とした態度ではなく、妙にしおらしい態度で答えた。


「今日は六月一日、あれからだいたい一ヶ月弱ってところだよ」


そんなに眠っていたのかと寝過ぎな自分に驚く。


「大変だったんだよ。君が剣に憑かれてねぇ、君を助けるために剣獅くんはなんて言ったと思う?

私に向かってクソババアと言いやがったのさ」


その声音は決して穏やかではなかった。その手に握ったりんごがミシミシと音を立てて果汁が滴り落ちる


「今度は俺が君を助けるんだってさ。ものすごい迫力で言うもんだからこっちが気圧されちまった」


「そうか....今度は私が救われたのか」


救い救われた。だが、本当の意味で救われたのは十夜芽だった。

長年抱いていた不安。助けた少年は無事だろうかなど考えなかったときは極々わずかだった。

ただただそれを気がかりに生きてきた。

だが、剣獅が生きていたのがわかるとどうしても今まで心配した分の仕返しをしてやりたくなった。

本心じゃないとわかっても自分をさらけ出すことができなかった。


こうなると無性に剣獅に会いたくなる。


「あの先生、樟葉は...?」


「彼かい?彼はねぇ...」


メイガスはバツが悪そうに顔を逸らす。

それがなにを意味するかはわからなかったが、このあと言われてすぐにわかった。

剣獅は今も眠っていて意識不明の重体だったのだ。





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