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二十三話

十夜芽の手に握られた二本目の聖剣十束剣。漆に塗られたように黒く、また見事な曲線美を誇る名刀であろうが、その実刀は美しいという褒め言葉ではなく禍々しいという敬遠する言葉を向けられる。

それはその刀から発する、どうとも言いも知れぬ気配がそう言わせる。


それを特等席から見物していた学園長メイガスは、剣を見て驚きに叫び声をあげる。


「馬鹿なっ!?なぜあの子が二本の剣を!?」


それは二年生という学年にすればまだまだ低学年であるからではない。

剣姫が持つ剣は一本と決まっている。それはこの世界のルールであり、曲げてはならない絶対の掟である。

二本もった前例がないわけではないが、大抵の者は剣に魂を食われるか憑かれて自我を失い自分で破滅へと向かう。

どのみち碌なことがない。


「今すぐにデュエルを中止しろぉ!!直ちに彼女を止めろっ!!」


近くの職員に向かって怒鳴るように指示を送る。

だが、時既に遅し。異変はすでに起こっていた。


「さぁ二回戦だ」


十夜芽の刀と体から黒い瘴気が流れ出る。

それはオーラのようにも闘志のようにも見えるが、同時に体を蝕んでいるようにも見えた。


「なんだっ?」


『気をつけろ。あの女憑かれてる!』


クロアの言うとおり今の十夜芽には覇気はなく、不気味な闘志だけが伝わってくる。

目は死んでいないが、まるで操られたように感じるフラフラとした動きでこちらへと歩いてくる。

だが、十夜芽が歩くたびに大気が振動するのがわかる。

フラフラとしていても迫力は伝わってくる。


「別れよ十束剣」


黒刀による斬撃。さきほどの村正を使った技とは比べ物にならないほどに速く、剣獅の動体視力いや人間の動体視力ではどこまで頑張っても追える領域ではない。

その斬撃は円形に広がる会場の建物自体を縦に二分した。


半分になった建物はバランスを失い倒壊を始める。

叫び声や悲鳴をあげながら逃げ惑う生徒で出入り口は塞がり大混乱を招き、さらに止めにかかった教員たちが次々に斬られていく。


「ウアァァァァァァッ!!!!」


もはや獣のそれを思わせるような咆哮。

十夜芽の体は剣と同じく黒く染まっていく。


「剣獅くん!デュエルは中止だ!!」


マイクを片手に剣獅に向かって叫ぶメイガス。

メイガスの言うことももっともだ。もし今十夜芽が理性を失っているとしたら、さきほどのことも鑑みて剣獅が勝てる見込みなど五分もない


「先生っ!!じゃあ十夜芽(このひと)はどうすんだよっ!!」


「我々の手で処理する」


「処理って殺すってことかっ」


「そうだ」


あまりに非情な選択だった。

多数の生徒のために一生徒を切り捨てる。

剣獅はそんな意味でぶつけられた言葉に、憤りを隠せず思い切り叫ぶ。


「てめぇふざけんじゃねぇぞクソババアッ!!!教師ならてめえの教え子の一人くらい守ってみやがれッ!!!それになぁっ!!俺はまだ負けちゃいねえんだよっ!!」


「なっ!?」


メイガスも予想外。まさか自分にこんなことをいうような馬鹿だとは思っていなかった。

さすがのメイガスも怒りに首にかかった聖剣を抜きそうになる。


「貴様死んでもいいのかっ!!そんなところで大切なもののひとつも守れずに死ぬ気かっ!!」


喋り方も変わってきているので、本気で怒っていることがわかる。

一応これも剣獅を思って言っているのだ。しかし悪いと思っても剣獅は反論する。


「だったらあの人はあんたの大切なもののひとつに入ってねえってのかっ!!あんたはそうじゃなくても俺にとっちゃ大事な人なんだよっ!!あの人がいなかったら俺はここに居もしない、死んだ人間なんだよ!!それになぁっなにかを失うのはこの腕と足だけで十分なんだよっ!!」


剣獅は必死にメイガスに言葉で立ち向かった。

剣獅の覚悟に負けたのか、メイガスは好きにしろとその場を任せてくれた。


「悪いなクロア。もうちょっとだけ付き合ってくれ」


『しょうがないな。終わったら焼肉というものをしてみたいぞ』


剣が焼肉というのもシュールな話だと思ったが、そんな笑い話ほど今背中を押してくれるものはそうはない。

思いのほか体が軽くなった気がした。


「よっしゃ行くぜぇっ!!」


剣獅は十夜芽に向かって、さきほどの奥義を最初から使う。

今の十夜芽に対して長期戦など危険であると判断し、その上で短期決戦を仕掛けたのだ。


「剣乱業火っ!!」


無数の炎の斬撃が十夜芽に向かって飛び荒ぶ。

十夜芽はそのすべてを見切り、斬って撃ち落とし消し飛ばす。

だが本命はそこにあらず、剣獅の目的は最初から十夜芽の剣の間合いに入ることだった。


十夜芽の斬撃が飛ぶまでにはおよそ剣先から十五センチ先から飛んでくる。

つまり、剣極限まで近づくことができればそれほど驚異にはならず、対等に斬り合うところまで持っていくことができる。


そして思惑どおりに懐に入り込んだ。


「斬り合いの続きだ」


剣獅は横薙ぎに剣を振る。それを十夜芽が村正で受け止める。

さらに十束剣で切り込んできたところを剣を宙へと蹴り飛ばす。

さらにもう一度腹を蹴り飛ばす。


蹴り飛ばされた十夜芽の体は壁に激突して、瓦礫からの土煙をあげる。


『剣獅、あいつを助ける方法がわかったぞ』


「わかった?」


『さっき受け止められた瞬間に村正から流れ込んできた』


そういえば剣同士は経絡(パス)が通っていると言っていたことを思い出す。

そこを介しての会話もできるということだろう。


『あいつに私を思い切り突き刺せ。それで私の聖剣の力であの剣の邪気を浄化する』


伝説によれば、エクスカリバーは泉のドラゴンの邪気を祓いドラゴンの怒りを沈めたと言われる。

つまりはそれの応用といったところだ。


「それで助かるんだな?」


『ああ』


(やべえ目が霞んできやがった...)


もうすでに大量の血を流している剣獅は、ここまで動けていることがもはや奇跡といえる。

しかしそれもとうとう限界を迎え、視界も曇ってくる。

次の一撃がおそらく最後の攻撃になるだろう。


(マジでこれが最後だ。下手したら死ぬかもな)


『大丈夫だ剣獅。私がいる』


クロアには焼肉だけでなく別のものも買ってやろうとかおもいながらも、もらった元気を振り絞って剣獅は剣を構える。


「ありがとうクロア。これがラストだ」


剣獅は残った膂力をフルに使い、その足で地面を蹴る。

速く速く速く、ただ速く一秒でも速く十夜芽に攻撃を当てることだけを考えて足を動かすその剣を向ける。


立ち上がった十夜芽も、向かってくる剣獅に対して天高く剣を構える。


「ガアッ!!」


縦一閃。ここ一番で出してくる斬撃は凄まじく、剣獅の倍はあろうかという大きさの巨大な黒い斬撃となって地を裂き空気を割いて向かってくる。

だが剣獅もここまできて諦めるわけにもいかない。

その斬撃に対してほぼまっすぐに剣を合わせて黒く巨大な斬撃を消し飛ばし、十束剣を叩き折り、そのまま剣を十夜芽へと突き刺した。


「グアァアァァアァッ!!!」


十夜芽の断末魔の叫びとともに、黒い瘴気も体から抜け出ていく。

そして十夜芽はその場に倒れ伏し、同時に剣獅も膝から倒れ伏す。


「今度は俺が救ったんだな...」


十夜芽VS剣獅のデュエルは両者共に倒れるという結果で幕を閉じた。








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