二話
ブレイドヴァルキュリア学園入学式。
この式典には、これから剣姫となる少女たちが国に忠誠を誓うという誓約式の意味も込められている
重要な式典である。
しかし、今年の式典は少し違っていた。
なぜか異様に入学生、だけでなく在校生までもが騒がしい。
その理由はというと、入学生の列の最前列にどっかりと座る男の存在だった。
女ばかりの学園で、男がいることで皆動揺と驚きでざわめいているのだ。
(うるさいなぁ...)
その少年、名前を樟葉剣獅というのだが、周りがなぜ騒いでいるのかなどまったく気にしていない。
というよりは理由もわからないといった様子だ。
渦中の人間は渦のなかにいることを知らないという皮肉な話でもある。
しばらくざわざわと話し声のしていた少女たちも、徐々に静かになっていく。
舞台に上がった人物を目にしてだ。
ブレイドヴァルキュリア学園学園長、メイガス・ファレール。世界でも五本指に入るほどの剣姫と名高い、剣姫を目指すものの憧れであり、目標にもされる有名な元ブレイドヴァルキュリアである。
現在は、王室から離れて学園長をやっているが、その実力は衰えを知らず賊などが入れば生きて返すことはないという。
その人物の前にして、恥をさらすような真似はしまいとみな一様に静まるのだ。
剣獅に至ってはもとより静かに、大人しくしていたのでまったく問題ない。
問題があるとすれば、今この瞬間にも両脇の少女たちの太腿や肩があたってきているということだ。
さすがに思春期の男子高校生にこの状況は拙い。
理性の弱い人間なら鼻血を出してもおかしくないような状況は、剣獅にとって精神修行のようだった。
「全員起立!」
一斉に立つのだが、それでも狭いものは狭い。肩を当て合いながら立つ、というか肩が繋がっているとか言われても普通に信じられそうだった。
普通に横から邪魔とか言われた、剣獅はこれから三年間生活できるかどうか不安で仕方なかった。
しかしそんな不安をパン生地でも伸ばすように広げられてしまった。
「ようこそ剣姫となるものたちよ、私のブレイドヴァルキュリア学園へ。私がこの学園の学園長兼理事長のメイガス・ファレールだ。
君たちはこれから三年間ここで過ごすわけだが...」
剣獅は耳を疑った。
三…年…。
剣獅は頭から地面に倒れそうだった。
こんな今にも殺されそうな生活を三年も続けるのかと思うと、気が遠くなった。
なぜこんなことになったのだろうか、その理由は一週間前にある。
一週間前...。
中学三年生の終りを迎えた春、剣獅はノイローゼになっていた。
剣獅は志望校試験に残り一点のところで不合格をくらい、公立高校の試験などは鼻から受ける気などまったくない。
その理由というのが、志望校が医大付属高校だったのだ。
剣獅はあの火事以来から、ある幻聴を聞くようになった。幼い少女の声、自分を助けた少女とは少し違う
声を。
その声を寝ても覚めても聞こえるので、病院で検査したことがあるのだが正常ということで片付けられてしまった。
精密検査だというが、どこが精密だったのか。
ベッドに寝かされて、色々質問され、挙句は催眠術に頼り始めた。
こんなことなら自分で検査して調べたほうがマシだ。
脳科学というのは人類医学のなかでも、まだまだブラックボックスという話をきいていたので、自分の声の正体を探るべく受けたのだが、不合格。
そんな剣獅の元に、一通の手紙がきた。
【あなたの幻聴の正体を確かめませんか?】
と手紙には書いてあった。なんのことやらさっぱりだったが、もとより医大にいくのもそれが理由であったので、返って好都合な話であった。
そして、その手紙に同封されていた入学証と書かれた紙を手に取ると、いつの間にかあの世界に誘われて、なにやら状況説明もなくドラゴンに乗った剣姫たちに連れて行かれたというわけである。
それがどうしてこうなったのか、剣獅にはさっぱりだった。
と、学園長の話が半分しか耳に入っていない状態だった剣獅の耳は、突如フル覚醒する。
「え~っと、さっきから一年ワルキューレ教室の女子たちがうるさいな。
まぁいいだろう、いずれは話すことだしな」
ワルキューレ教室とは、学校で言うA組みとか1組みとかいうあんなクラス分けのクラス名のことで、特に力関係が分かれているわけでもなく、ワルキューレ、ヴァルキリー、アテナとこのようになっている。
「実は、この学園に本日男の剣姫を入学させることにした」
学園長の一言に、式場すべてが一気にざわめきだす。
この式典には、当然父兄や、新聞記者までが参加しているので明らかに狙って言ったとしか思えなかった。
剣獅の存在を国中に発表するつもりだろう。
いままで女子高だった女子たちからは、避難の声が飛び交う。
剣獅はその場にいられたものではなかった。
(なにしてくれてんだあのババア...)
学園長に向かって、最前列で怒りに満ちた視線を向ける。
しかし、学園長は面白いと言わんばかりの笑顔で。
「それでは、その男の剣姫に出てきてもらおうかな」
樟葉剣獅最大のピンチだ。
まさかこんなところで公開処刑に会うとは。
完全に面白がっている学園長が、早くこいと手招きしているのが無性に腹が立ってしょうがない。
剣獅はしぶしぶ舞台の上へ。
上がった瞬間に、出ていけとか死ねとかの野次が弓矢の一斉射撃のように飛んできた。
あまりに痛すぎる歓迎に、たどり着くだけで心が折れそうだった。
「彼が…名前なんだっけ?」
これだけやっといて名前忘れるという、苛めてるのか辱しめているのか、今すぐ帰りたいと心から思った。
「樟葉剣獅だ」
小声でキレ気味に言った。
温厚な性格で通っている剣獅だが、これは怒らずにはいられなかった。
「そうそうそんな名前だった」
絶対わざとだ。
最早突っ込んでくださいと、剣獅にアピールでもしてるようだった。
「彼が男の剣姫、樟葉剣獅君だ。
才能に関しては私が保証する」
ここでまたどよめきが走る。
世界で5本指の実力者に才能を見込まれたのだ、ただ者ではないことは容易に想像される。
「ほら、皆に挨拶したまえよ…ふふっ」
今確実に笑っただろ、『ふふっ』って聞こえたぞ。
しかし、状況はそうも言ってはいられない。
何を言うのかと、父兄はまだいいが記者などはペンと紙を手に、記事のネタにする気でいる。
何か喋らなければ、そう思ってマイクを手に取る。
「俺は紹介にあった通り、男の剣姫?男なのに姫って変だな」
確かにと、メイガスはまた舞台で恥ずかしげもなく笑い転げる。
「皆戸惑ってるだろうけど、これから三年?長いな。そんだけ長い間の付き合いなんだ、できれば仲良くしてほしい」
当然拍手はなかった。ただ静かになり、メイガスの笑い声が響くだけだ。
笑い死にそうになっていたメイガスがようやく復活して、マイクを手に取る。
「とにかく、男だろうが女だろうが唯一無二の学園生活だ、楽しめ。
以上、入学式を終了する」
ようやく、解放された。
いや、正確には茨の檻の中に叩き込まれた。
「樟葉剣獅君。今から学園長室にきたまえ」
いきなりメイガスに呼び出された、剣獅としては面倒厄介はもう御免だったので、早く解放してくれと願うしかなかった。