十四話
剣獅が派手に敵をなぎ払っていたその頃、同じようにアミリアも出てくる敵を倒しながら森のなかを走り回っていた。
自分の標的である剣獅を探し求めてだ。
アミリアは剣獅を探しながらあることについて考えていた。それは幼き頃に父に言われた言葉。
「自分より強い人と結婚しなさい。そうすれば絶対に幸せになれる」
その言葉を信じて、結婚できる年になったアミリアはその相手を求めて街から街へと、名のある剣士や槍術士を見つけては勝負を挑んでいく。
結果は実にあっけなく、アミリアの勝利。もとより名家の令嬢として剣姫の才を鍛えられてきたアミリアの腕はそこらの剣士などよりはずっと強く、探すだけ無駄だったのだ。
近隣の街に噂の広まったアミリアは、とうとう誰も勝負を受けてくれるものがいなくなり、さらに郊外へと足を伸ばすのだが、一向に現れずいまだに探しているのだ。
自分より強いものを。
(あんな男が私の探している殿方のわけがありませんわ。お父様の言われる強い男など、この世にいないのだから)
アミリアは婿探しを半ば途中で諦めかけていた。勝負を挑んだ男の数はおよそ数百数千人、それを許してくれと命乞いをするまでにたたきつぶしてきた。
それでも、やはり見つからないのだ。数百数千を相手をしてもアミリアに傷一つつけるものがいない。
ならば父の言った言葉はなんなのか。そうおもいながら入学した学園で見たあの剣獅の行動。
まさか数百数千の男を倒してきた槍を受け止める男がいるなんて。
ならば、試す価値は十分にある。とデュエルを挑んだのだが、学園長に邪魔の入るランク戦に引き込まれてしまった。
どのみち、途中で倒れるようならそこまでの男、自分が相手をするまでもない。
そこでデュエルも終わりである。
しかし、それでは面白くない。せっかくの敵なのだから戦わなくては、剣を学んだものなら誰しもが内に秘める闘争本能がそれを許さなかった。
だからこそ探すのである。自分の槍を受け止めたあの男を。
「どこにいますの!?」
アミリアの行く先の草むらがガサガサと揺れ動く。敵かと思ってアミリアは足を止める。
しかし出てきたのは兎。ここは元から森を壁で囲って作った場所、兎もいて当然だろう。
だが、アミリアはどこか安堵の表情を浮かべそして、同時に自分に憤りを覚える。
なにを自分は怯えているのだ。敵が出てくることに対して怯えていたことに対しての怒りで、自分を忘れそうだった。
(すべてはあの男のせいですわ)
矛先の違う怒りを剣獅に対してたぎらせて、森のなかを突き進む。
その頃剣獅は。
派手に攻撃をかましたので、同じ場所に留まるとまた標的にされかねないので一度場所を離れることにする。
吹き飛ばした女子たちは悪いと思うのだが、これも戦いの一環。心のなかで悪いと一言謝ってから先へと進む。
今の百人のなかにアミリアが入ってくれていたらどれだけ楽だったかと思うのだが、見たところそんな人物は一人もいなかったので、おそらくは別の場所にいるはずだ。
それを探さなくては勝負もできない。剣獅は若干この状況を楽しんでいた。
いつ敵の出てくるかわからない状況、未知数の強さと数の敵、ドキドキとする緊張感とワクワクする快楽感の混じった激しい高揚感に浸っていた。
『剣獅!敵だ』
クロアは気配だけで敵の位置がわかるらしく、こうして合図を送ってくれる。剣獅だけに聞こえるのでかなりダイレクトに教えようと全然問題はなく、むしろわかりやすくて助かるといったところだ。
そして、クロアの言うとおり敵が出てくる。しかしその敵はどこかで見たことがあった。
あの教室で、アミリアと喧嘩をしたいた女子生徒、空野奏である。
「あっ!樟葉!ここであったが百時間目、勝負」
「そこは普通百年目じゃないのか?百時間なんてとっくに過ぎてるし」
剣獅はげんなりとしながらいうのだが、当の本人は気にしている様子もなくレイピアを構える。
剣獅もやる気ならと、エクスカリバーを構える。
レイピアの最大の特徴は軽さ、その軽さを活かしてレイピアの速い連続攻撃を繰り出してくる。
だが、所詮は目に見える速さ、剣獅が捉えられないわけはない。
前と同様に、レイピアの刃先を指の力だけで掴んで、エクスカリバーの一撃のもと、奏の体に鋭い一撃を食らわせる。
これがもし本番だったらと思うとゾッとするが、あくまで死亡回避システムのある領域だ。
ある意味剣獅はほっとする。
『あのねーちゃんあっけないな』
『さっきの百人の相手にしてもそうだけど、十夜芽ってどんだけの化物なんだろうな』
剣獅が十夜芽とやったときは、一人の力を押し返すのも全身の力と改造した義手のおかげだった。だが今回は、義手の力など使わずに百人の攻撃を受け、尚且つはるか上空まで飛ばしてみせた。
十夜芽の腕力がいかに重たいものかがよくわかった戦いだ。
『あんな女といっしょにしてやるな。あいつは別格だ』
剣獅もアミリアとのデュエルの約束を果たすために、アミリアを探して移動する。
同時刻。第三演習場東側の壁付近では、ミサイルでも打ち込まれたかと思うような巨大な穴が開けられ、そこから大量の土でできたゴリラのような姿勢の生物が行軍を続けていた。
東側にも当然生徒はおり、何人もそれを目撃している。
その中には、エレンも含まれていた。
エレンは、とりあえず東側から行こうというくじでそこが出たからそこにしよう的な作戦で東側に来ていたのだが、突如として現れた土の生物の登場に、なすすべもなく木の上から状況を見ているしかなかった。
やがて長かった行進も終わり、ようやく下に降りられるようになったことで、エレンは下に降りてなにが起きているのかの状態を把握するため、土の生物についていくのだが、しばらくついて行ってその場所になにがあるかわかった。
その方向には、さきほど剣獅が派手に攻撃した場所から少しずれた位置、剣獅が場所を移動したならおそらくその位置にいるだろうと考えたエレンは、すぐに走り出した。
この土の生物の存在を早く剣獅に伝えなくては、そう思うと足を止めている暇など一瞬たりともなかった。
エレンは剣も仕舞い、できるだけ空気抵抗を受ける装備はすべて落としていく。
いち早く剣獅の元へといくために。
さらに、拙い紋章術で自分の足を加速させ、これ以上スピードが出なくなるまで速度を高める。
すべては剣獅のために。
「待ってて、いますぐいくから。行って伝えないと」
そこからは時間の勝負だったが、どうにか土の生物の頭に回り込む。
すると、剣獅と奏の勝負のついた場面に遭遇する。
その場を歩き去る剣獅を追いかけて、エレンは茂みから飛び出る。
「剣獅!」
剣獅が振り返ると、肩で息をするほどに息のあがったエレンがいた。
何事かと思っていると、突然エレンがその場にへたり込む。
「どうした!?なにがあった」
「なにか...こっちにくる...剣獅、逃げて」
「じゃあお前もいっしょだ」
剣獅は疲れてへたりこんだエレンを背中に担ぐ。
クロアが「あーっ!」とか頭のなかに叫んでくるが、今は聞こえないことにする。
剣獅は、とにかくその土の生物というのに出くわさないように北の方角へと足を進める。
その背に乗るエレンの顔は、存外嬉しそうである。
(剣獅の背中って、温かいし大きいな...
できればこうしていててほしいな、劣化吸血鬼の私でいいならずっと)
エレンは父親が半吸血鬼、母が普通の人間である。この二人の間に生まれたエレンは、半分のさらに半分だけ吸血鬼の力を継ぎ、結果牙は伸びず吸血衝動は一切なく、ただの遲老。つまりは成長や老化の極端に遅いだけの不完全な吸血鬼となってしまった。
そのため、親類にも愛されず親でさえも哀れみの目で見る。
だが、あの入学式の日の熊を殴らず黙らせて、仲よさげにしている剣獅を見て、自分もあのなかに入れたら。
そう思って近づいたのだが、当の本人は恋愛などまるで興味のない唐変木、自分の気持ちを伝えるつもりが性格を相まってなかなか難しい。
だが、今こうしておぶられて肌のぬくもりを感じている分は、少々心地よく感じのだがこのままでいいのかと複雑な気持ちでいるエレンである。
しかし、こうしている間にも徐々に二つの影は剣獅に近づいてくる。
アミリアは剣獅を倒すために、土の生物は剣獅に対してなにか目的をもって。




