九十三話
初めはただの鉄の塊だった。
誰かが拾い上げて、誰かが打った。
刀の形になるまで数百年、刀の形になって人の手から口から伝承が集まって千と数百年、アルフレッド・アーサー、後の剣騎と呼ばれる男の心から生まれるまで、実に長い長い時間を使った。
そこまでにいろんな人の手を渡った。
最初はどこかの国の王だった。
彼は王でありながらも、騎士を従える兵隊の隊長もしていた。
そして優しかった彼は、私を使うことはなかった。
唯一使ったのは、私に不思議な力があるとわかり、同時に不思議な力でしか倒せないドラゴンがいると知ったとき、私に謝りながらただ一度だけ使った。
なぜ謝るのだろう。私は鉄の塊から作られたただの剣であり、使われることこそ私の存在意義であり、そこにある意味だというのに。
そしてドラゴンを倒したあと、私たちは二つに分かれた。
黒と白の二つに。
これが語り継がれるアーサー王の伝説である。
そして二人目は、どこかの騎士...とも言い難いいわゆる黒騎士と呼ばれるはぐれだった。
どうやら国を追われたらしい。
だが、私たちを使う分には特段問題があるわけでもない。剣は使い手を選ぶというが、それは人間の勝手な理論で、結局それは人間の所謂勘によるものだろう。
合う重さ、合う長さの武器を使う感覚で良し悪しを決める。
私たちからすれば、勝手にごみなどのレッテルを貼られて挙句捨てられる身になって考えてほしいものだ。
実際その騎士は、私たちのことをちゃんと使っていたし大事にもしてくれた。
やはり剣が選ぶは人間の価値観だ。
その黒騎士と戦ううち、私たちは愛着、つまり「愛」という感情を知った。
この騎士が私たちを愛して使う。ならば、あの王もなにかの感情を持って使っていたのだろう。
私たちは持てる知識を使って、その感情を「優しさ」と名付け知った。
ほかにも手にした途端に誰かに復讐しようと、力を籠めて私たちを握るものがいた。
これを「怒り」と名付けた。
こんな感じに、人から人へ渡り歩くうちに人の心を理解した私たちは、人の形をとるようになった。
いつか言われたが、私たちのことを付喪神とかいうらしい。
その付喪神は、とりあえず街を歩いてみる。初めて見るもの知るものがたくさんあって、人の感情が溢れていてたくさんの感情に触れた。
そして付喪神の体にも限界がきたとき、私たちは願った。
「また誰かのところへいきたい」
そうしたら、どこかわからない場所にいた。
どこかわからないままに、声がした。
「俺はアルフレッド。キミたちは誰だ?」
願いはアルフレッドの願いによって叶えられた。
アルフレッドは私たちにしてみれば一瞬の間に死んでしまったけども、そのあとも何度も人の手を渡った。
誰もがみんな優しかった。生き写したみたいに、同じような反応で同じような性格をしていた。
人が変わるたびに、私たちも仮初に名前を変えていった。
楽しかった。人と触れ合うことでたくさんの感情と出会い、知っていくのが。
嬉しかった。様々に感情を向けてくれるのが。
そして三十年ほど前、アーサー・クレンシアという男の剣になった。
この男は少々変わっていて、すぐ熱くなる感情型のくせに努力家だった。
いままでの剣騎とどこか違って見えた。
そして十六年前、アーサーは私たちを息子に封印すると言い出した。
自分は死ぬが、息子に力を託すと。
私は止めたが、所詮は剣の言うこと。止めれないし、止まらなかった。
そして封印された私は、そこで黒い私に出会った。
「初めましてお姉ちゃん」
「お前は誰だ?」
「あなたの半身の黒です」
屈託のない笑みを向けながらそう言った。
私の分身は、双子のように容姿が似ていたが、この黒は私とは異なっていた。
背丈も顔の作りもなにもかも。
「私と契約しませんか?宿主を守るために」
「守る?」
おかしなことを言う。私の知る黒はこんなことを言い出さない、というか言わなくても以心伝心で伝わる。
つまりこいつは、私に嘘をついている。
「お前は誰だ?正体不明のやつと契約など無理だ。だいたいその守るというのも怪しい」
「わかってもらえませんか?この宿主は無理やり剣騎にされた。つまり紋章も使えないし私たちの顕現もできない。だからこそ、私たちが飛びだしたら自身の力に押しつぶされてこの子は死んでしまう。さらに言うと、二人同時だと耐えられないでしょう」
「それでどうしろと?」
「二人が片方ずつ交代で出るというのはどうでしょう」
一人なら大丈夫だと判断したのか。
しかし、こいつを先にだしては宿主になにがあるかわからない。
「ならば契約に条件をつけよう。私が先だいいな?」
「はいそれで」
そうして私は、剣獅の元に最初に現れた。
なるべく黒を遠ざけるために。
だが、現れた黒は剣獅に比較的協力的だった。
だから私も、表面的には協力的なように装った。
しかし、さっき聞いたあの事実で確信した。いままでのすべての違和感の正体を。
それでわかった。イディアの力を剣獅は取り込んだのだと。
つまり、剣獅は無理矢理にではないなにかの力が働いていたからこそ、剣騎になった。
そんな考えが、頭のなかを駆け巡っていた。
剣獅はワープホールを通って、とある場所へとたどり着く。
石柱が何本も立ち並ぶような遺跡のような場所だ。
「やっぱりきたね。きてくれると信じていたよ」
イディアの声が石造りの遺跡に反響する。
姿は見えないが、たしかにここにいる。
「奥までおいで。そこで決着をつけよう」
歩いて奥の部屋までいくと、そこには神秘的な景色が広がっていた。
命の鼓動や芽吹く瞬間を、今この場にいるだけで感じられるなんとも不思議な空間。
それもどこまで続くかわからないほど広く、そして果てしなく遠い。
そしてそこにイディアはいる。
「きてやったぜ。お望み通り」
「ちゃんと怒ってくれたみたいでよかった。ボクのプレゼントが人ひとり殺しただけなんて面白くないからね」
「エレンはまだ生きてる」
「いいや死ぬさ。神の呪いである吸血鬼の体も、神であるボクの力の前では効かない。なにをしたって無駄なんだよ。それより世界のことについて話そうよ、これなんだかわかる?」
と、地面を指さす。この部屋のことを言っているのだろう。
「これはね、世界の始まりっていう名前の遺跡だよ。ボクはこれを祭壇って呼んでる」
「それがどうした」と言わんばかりに睨みつける。
が、それでも意に介さずイディアは話し続ける。
余裕とも見て取れるそれは、挑発のつもりだろうか。
「まあそんな怖い顔しないでよ。実は向こうでメイガスに壊されたものは、なんと偽物でした~ほんとはこっちにあったのが本物。向こうのやつはただの地殻変動を起こすくらいのちっさいやつさ。
で、これはすごいよ世界を原始に還すんだ。二つの世界を統合させてね」
「統合?」
あ?興味でてきた?とかおどけた調子が妙に調子を狂わせる。
「元々世界は一つだったんだよ。どこかのタイミングで分かれてしまったんだ。だからさ、ボクはもう一度世界を統合させてリセットするんだ」
「そしたら世界は...」
「なにもかも生まれ変わる」
それは、いままでの生きてきたすべての命が消えるということ、いままで過ごしてきた時間がすべて消えるということ、エレンと過ごした時間もなにもかも全部、沙織と暮らしたあの家も、みんなで過ごした学園も、全部全部消えてなくなるということだ。
「あいつがいる世界をなかったことになんかさせねえ。ぶっ倒す!」
「くるがいい。私こそ最古の剣姫にして剣姫の神、いや全世界の神が全力を以って世界をかけて闘おう」
二人の剣が、顕現したと同時に互いにぶつかり合った。




