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九十二話

「被ったとかこの状況でよくそんな面白いことが言えるよ。しかもボクを前にしてねやはりキミは殺しておいて正解だった」


「馬鹿いうなあのときお前の攻撃で死んだわけじゃねえよ」


「ああそういやそうだった。十六年前キミはボクから力をごっそり奪って死んだ。まったくいままで何百と生きてるけどボクにそんな不遜を働いたやつはキミくらいだよ」


口調は軽く聞こえるが、因縁の相手を前にしてその眼光は鋭く互いに睨みつけ、いまにも斬りかからんと殺気と闘争心に燃えている。

さらにイディアはこの状況で出てきたアーサーに対して少なからず警戒とまではいわない、いわば注意くらいの気構えをしていた。

アーサーがなにをしようとイディアの圧倒的な力でねじ伏せることができる。それを知っているアーサーだからこそ、その逆を突いてなにかをしてくるだろうと踏んでいる。

読み合いはすでに始まっているのだ。


「たった十数年で戻るだけの力しか取れてないとか俺無駄死にじゃねえか。もっぺんここで殺す」


「やめておきなよキミじゃボクには勝てない。まして聖剣も失ったキミじゃね」


いまのアーサーには戦う力はない。

死人であるアーサーには聖剣など必要ないのだ。

それにいまその剣は剣獅のものだ。


「いやまあ無駄死にというには少しもったいないね。キミが力を与えたから剣獅はいい剣騎になれた。キミたちの親心の賜物だよ」


「そりゃどーも」


「でも、本当は少し違ったんだろう?」


アーサーの眉根がピクリと反応する。


「どういう意味だ?」


「キミは剣獅の持つ黒を見ておかしいと思わずとも、少なからず驚いたはずだなぜ二本あるのかと。

本当は白だけが剣獅に封印され、白だけが剣獅のものになるはずだった。違うかい?」


「お前どこまで知ってる?」


「全部。と言ったら信じるかな?なぜ黒が存在するのかも、どうして白と黒が反転してしか顕現できなかったのかも全部知ってるさボクは神だからね」


「随分と悪質な神もいたもんだな!」


アーサーはチッと舌打ちして、懐から刃渡りも短い小太刀を取り出して、イディアに斬りかかる。

その口をいますぐ封じようと、攻撃に出た。


「あれ~?キミに剣はないはずだけどな~」


「地獄の番人のやつを戴いてきたのさ」


「なるほど。地獄の番人製ならボクも斬れないことはないね」


といいつつも、イディアはその刀を素手で受け止める。

その後もアーサーは攻撃を続けるが、すべて指一本に抑え込まれる。


「キミの攻撃は通らないよ」


「俺じゃなきゃどうかな?」


と、背後から沙織が奇襲をかける。

しかし、もう片方の手でその攻撃も止められてしまう。


「キミたち少しうざいよ」


イディアはその場でくるりと回転し、二人をそのまま放り投げる。

二人は反対方向でそれぞれ地面に叩きつけられる。


「息子のためなら黄泉返った命も投げ出すその親心は褒められたものだけど、それは勇気じゃないただの無謀というものだよ。さて、さっきの種明かしだ。十六年前、キミは剣獅に力を封印したそこで本来は白だけを封印するつもりだった。なのに黒が顕現していてキミは驚いたはずだ。しかもキミが知る黒とは別の形をしていた。それは、封印するときにいっしょにボクの力が紛れ込んだからに他ならない。

剣獅!キミは体験した覚えはないか!自分が真っ黒に染まる感覚を!なにかを壊したいと願う衝動に駆られたことはないか!」


ある。それも何度も。

ハクアを手にしてから何度も自分じゃない自分になったことが。


「まったく皮肉だね。息子のためにと思ってしたことが息子に災いとなって降りかかるなんて」


「勝手抜かすな!たとえ事実でもこいつらはお前とは違う!」


『私の心はいつもパパとともに』


ハクアも気持ちは同じようで安心した。

どんな事実でもいままでのすべてを否定できるようなことは絶対にない。

それを確信できる。


「そうだね。もうボクとはまったく違う人格を手にしている。それはキミの心にボクの力が負けたということだよ」


「そろそろ目的を教えてもらおうか」


「そうだそれを言いに来たんだ。邪魔ばかりはいってそれを忘れてた」


ぽんっとまるで本当に忘れていたように言う。

これまでの戦闘も全部イディアにとっては遊びでしかないのかもしれない。


「ボクはこれから地球にいってもう一つの祭壇を起動する。

その前に最後の決戦ってやつをしたくてねだからこそ戦おう剣獅。沙織もアーサーもメイガスも相手にならなかった、つまりキミだけなんだよボクと戦って勝てる可能性のあるのは」


邪魔されたくなければ最初から一人でいって、勝手に手の届かないところでやればいい。それでも目の前に現れて宣戦布告をしたということは、楽しんでいるのだ今起きているなにもかもをゲームのように。

不死身の体でいつまでも続く無限の寿命を使って。


「祭壇を起動したらどうなるかを説明しておくよ。世界が一つに融合して元の世界が出来上がるんだ本来の姿に戻るといってもいい」


「どういう意味だ?」


「ここで説明しても理解するには時間がもったいないくらい足らないから、向こうで教えてあげるよ。だから、待ってるよちゃんときてね」


イディアはなにもない空間に突然、剣獅たちがいつも通ってくるワープホールを作りだす。


「ああそれと...」


ホールに入る直前に、イディアは振り返り人差し指を突き出す。

指の先が赤く光った瞬間、なにかが顔のすぐそばを光の速度で通っていった。

ここには大勢の生徒が密集していて、そんなところに打ったら誰かには当たる。

それは誰か、剣獅の後ろにいたのはエレンだ。


剣獅は怖くて後ろを振り向けなかった。


「剣...獅...」


声を聞こえる。安心して振り返った瞬間見た光景に、すぐさま絶望する。

光はエレンの胸を貫通していた。

先ほどの攻撃は、触れたものを灰に変えるというものだがエレンは元々吸血鬼で灰になる能力がある。

それで無効化できるはずだった。

しかし、いつまでたっても傷は修復しない。いや、正確には修復と灰化が同時に行われていて、人の姿をその部分だけ維持できていない状態だ。


「キミには絶望してもらうそうでないと面白くないからね。先にいって待ってるよ」


イディアは言い残して去った。

と、その瞬間剣獅の怒りは頂点に達した。ハクアから黒い瘴気にも似たドス黒いなにかが漏れ出す。

目標を見失った怒りが体中を駆け巡る。


「ダメ...剣獅。怒らないで...私なら...大丈夫だ..から」


剣獅の服の裾を、弱弱しく掴んだ。

動けばすぐに外せそうだが、なぜか動けない。いやむしろ動きたくない。


「笑って...」


「剣くんいきなさい。エレンちゃんは私たちが死なせないから」


沙織がエレンの修復を手伝いに入る。しかしいつ終わるとも知れないそれは限界がある。

紋章術だって無限に使えるわけでない。精神力を摩耗し、使いすぎれば最悪廃人と変わる。


「おふくろ...」


「この子はいまや俺たちの娘でもある。死なせやしない、だからいってこい」


みんなが後押ししてくれるのがなによりの励ましになった。


「黒、白頼んだぞ」


『おう任せろ』『はいわかっています』


ハクアとクロアもいっしょだ。なにも心配することもない。


「じゃあみんないってくる」


と、剣獅はイディアの開いたホールへと飛びこんでいった。


「さて、キミたち三人に頼みがある。キミたち三人にしかおそらくできないことだ」


アーサーは綾香、アミリア、シィルの三人を集めてそういった。













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