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十話

先ほどに引き続き、聖剣契約をした少女たちは紋章術についての講義に移る。

紋章術とは、簡単に説明すると聖剣契約をすると体のどこかに現れる聖剣刻印(通称紋章)から聖剣の力を使い、自分のイメージを具現化する技のことで、これも剣姫となるためには必須の技術である。


剣が壊れたスレイはと言うと、擬似聖剣を作り出し、そこから微弱な力を得ている状態であるため、戦闘にはまったくと言っていいほど参加できない。

せいぜい剣獅にやってみせたように火を起こせるくらいだ。


「自分のイメージを紋章にこめろ。イメージが形になる、まずは手のひらに火を起こしてみろ」


剣獅もやってみる。だが、自分の紋章がどこにあるかなど実は知らない。

どこに込めていいのかわからずに、クロアに助けを求める。


『お前の刻印は肩にあるぞ。苦労したんだよ、お前腕と足一本ずつ失くなってるからどこにやったらいいかわかりづらくてな』


『だったらせめて手の甲とかにしてくれないか』


肩よりも手の甲のほうが、見やすいしイメージを込めるならその対象物を見たほうがやりやすい。

手の甲というのは一番効果的だろう。


『紋章ってのはな、つける位置によって力が変わるんだよ。たとえば足についたやつは足が速くなったり、お前みたいに肩についてるのは腕力があがる。

手なんてなんの効果もないぞ』


そういえば昨日の刀や槍を受け止めたとき、いくら義手でもあんな力はでないはずだった。

それは一重にこの紋章のおかげだったということだ。

なるほどありがたい話である。


『まぁやってみなって。間違えて人殴るなよ』


『どんな力込めたらそうなんだ』


だが、クロアの指摘ももっとも。なぜなら肩に力を入れすぎて今にもどこかにパンチをかましそうになっているのだから。

剣獅は今、どっちに力が入っているのかまるでわかっていない。

紋章にイメージを乗せることと、手のひらにイメージすることが両立していないのだ。


「きたかこれ、これきたんじゃねえか」


剣獅の手のひらに火ではなく、真上に燃え上がる火柱があがる。

これは紋章の力をコントロールできていない証拠である。


『アハハハハッ!!大失敗だな剣獅ぃ。腹痛い...』


今は見えないが、確実に腹を抱えて大笑いしているクロアの姿が容易に想像できる。

悔しくなった剣獅は、もう一度挑戦する。

するともう一回火柱が出た。なんでだ。


その様子を、遠目から見ていたスレイは内心驚いていた。

まさか入学したての一年生が、ここまで極大の炎を出せるなど本来ならありえない。

学園長ですら、入学当初は炎もまともに出せなかったというのに。


「そこまで、今回はこのこの辺で終わる。これからランク戦まで各々腕を磨いておくように、ものは使いようだそれも使い方次第では立派な武器になる。以上解散」


全員疲れたように、地面に座り込む。

剣獅だけはその集団から離れていった、あまりこういう集団のなかに一人でいるのは肩身

が狭いからだ。

そんな剣獅と同じ考えの者が一人。


「樟葉くん」


声をかけてきたのはエレンだ。

エレンもやはり逃げてきた口だろう。


「これからどうするの?」


時刻はちょうど昼ごろ、普通なら食堂で食べるだろう。

剣獅は購買でなにかを買って食べるつもりだった。


「私暇なの」


「そうなのか」


スタスタと先を歩く。

エレンの言いたいことはまぁわからないでもないが、確証もないのでスルーする。


「一人って寂しいの」


「じゃああそこの集団は...」


「それは嫌」


言い終わる前に先に言われてしまった。

これで確定した。エレンは実は剣獅と昼食を食べようと考えているのだが、恥ずかしくてなかなか言い出せないでいるのだ。

なかなかシャイだなと思った。

あまり放置しておくのも不憫に思ったので、剣獅は救いの手を差し出すことにした。


「いっしょに飯どうだ?」


「樟葉くんがいいなら、私も同席する」


どこまでもシャイな少女だ。


「剣獅でいいぜ」


「わかった。じゃあ私もエレンで」


訳のわからない少女でも、案外打ち解けるのは簡単なのかもしれない。わけのわからないがゆえに。







「剣獅、はい」


「あのさ、これなに」


エレンの手にはフォークに刺さった唐揚げ、手作りかどうかは知らないが確実にエレンの弁当から出されたものだ。弁当の中の一角に唐揚げがあるのと、不自然に一個分消えていることから間違いない。

そして、そのフォークは剣獅の口に当てられている。


『剣獅はなかなかにモテるなぁ』


クロアはクロアで悪意のこもった言い方をする。

剣獅は状況が飲み込めない、なぜ昼を食べようといっただけでこうなったのか。


「はい、今日の二十三時間前に作った唐揚げ」


「それ昨日の残りかっ?賞味期限切れ直前に食わせるのかよ、ロシアンルーレット並のドキドキ感だよっ!」


「冗談、今日の朝徹夜して作った」


「弁当は徹夜するな。早起きしろ」


絶対に生活リズムがおかしい。エレンの生活が変な意味じゃなく覗いてみたくなった。


「私寝れないの。吸血鬼だから」


「にゃー」とか抑揚のない声でいいながら、別に尖ってもいない歯をを突き出して剣獅の首筋に迫ってくる。

エレンが近づくにつれて、いい香りが鼻腔をくすぐってくる。

綺麗な銀色の髪から香る匂いが、さすがは女の子だなと思わせる不思議な感覚を与える。

さらには、腕のほうにそれほど大きくはないのだがそれでもある胸の柔らかい感触がする。

健全な男子にこれは刺激が強すぎる。


「はむっ」


エレンは首筋ではなく耳に甘噛み程度に噛みついてきた。

端から見ると恋人同士でじゃれているようにしか見えない。


「き、ききき貴様っ!私の主に何をしておるかっ!」


主の危機と言わんばかりにクロアがペンダントから人型へと姿を変える。

そして、その手に持ったエクスカリバーをエレンの喉元に突き立てる。


「おおおお落ち着けよクロア」


さきほどまではまぁ主に従順な女、ぐらいに思っていたのだろうがここまでの接近を許すとその先まで発展すると思ったのだろう。

主に、自分の存在が完全にフェードアウトする危険を感じて。


「剣獅!お前もなんだ鼻先を伸ばしおって」


「伸ばすの下な、しかもそれ天狗だしあとどこも伸ばしてない」


クロアの動揺しまくっているのがバレバレの怒りにも丁寧にツッこむ。

剣獅はなぜこんなにクロアが怒っているのか、理由がわからなかった。


「剣獅くん、二日目にしてエンジョイしているじゃないか」


そう言って断りもなく相席するのは剣獅の苦悩を大変面白おかしく思っているメイガスである。

手には食堂でとってきたのだろう、焼き魚と味噌汁という老人食を盆に載せている。


「面白がってないでこれどうにかしてくださいよ」


「私にはどうすることもできないよ。君がどっちかを早く決めてあげたら一番早いんだよ」


などと魚を箸で器用に割きながら言う。メイガスの言うことがあまり釈然としない剣獅。

それをよそに、静かに睨み続けるエレンとクロア。


「こんなところで幼女とクラスメイトと戯れて、そんなことで(わたくし)に勝つつもりですの?」


と、睨み合いに水を差したのは、盆にランチセットを乗せたアミリア。

どうやら今頃きたらしい、いまだに訓練着のままだ。

クロアはクロアで「誰が幼女だっ!」と反論するのだが、まったく相手にしていない様子である。


「よくわからんがどうにかなるんじゃね?」


「まぁ剣獅くんだしね」


「剣獅と私ならば、貴様など二度と私を幼女呼ばわりできなくしてやれるだろうな」


「剣獅なら大丈夫かな?」


四人が合わせたように剣獅が負けることなど露ほどにも思っていない。むしろ絶対勝てると信じ込んでいる。

本人だけなら虚言や根拠のない自信で話は簡単に終わる。

だが、四人となるとなにかあるのかと勘ぐってしまう。

だが、デュエルに相手の素性や手の内の詮索はタブー。それは紳士淑女としては二流以下のやることであるとされるからだ。


なんにしても、すべてはデュエルが始まれば分かること。得体のしれないなにかよりも自分が如何にしてこの男に勝つかを考えるべきだ。


「まぁせいぜい無様な試合を見せないことですわね。(わたくし)もバーンズ家の次期当主として全力であなたを叩き潰してあげます」


「楽しみにしてるよ」


ハハハと笑ってみせる剣獅。アミリアにはこれが得体がしれず気味が悪くて仕方なかった。

アミリアはそのまま「フンっ」と鼻を鳴らしてその場を立ち去った。


「あいつはなんなのだ一体」


「彼女はね、王国貴族のご令嬢なのさ。この学園にも随分と寄付をしてもらっているんだ」


「慈善活動家ってやつか?」


「そんなところさ、ところで君が食べるのをずっと待ってる彼女は放置していいのかな?」


剣獅が顔を反対に向けると、ムスっと頬を膨らませたエレンがフォークを片手に待ち構えていた。

早く食えとフォークを口に押し当ててグリグリとねじ込もうとしてくるのが少々痛い。

ついでに横目でチラチラと見えるクロアの視線もなぜか鋭く、今にも手に持った剣で斬られそうな雰囲気を出していて非常に危ない。

逃れる手段がないのがわかった剣獅は、仕方なく唐揚げをクロアの口の中に入れた。

もちろん怒られたが仕方ない、これしか方法が思いつかなかった剣獅である。


剣獅はもう泣きながら言いたかった。唐揚げくらいゆっくり食べさせてくれと。









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