なんやかんやで優しいさとり様
1
幻想郷の巫女、博麗霊夢は重い溜息をついていた。
理由は今、幻想郷で話題の何でも屋の花火についてである。
花火との会合を終えて約一週間。
後日に花火が命蓮寺へ出向いたと聞いた際は初の人里での異変解決も覚悟した霊夢だったが、何事もなく次の日から仕事を再開する花火を見て胸を撫で下ろした。
だが、それから一週間で、花火の人気は異常なほどになっていた。
霊夢はその報告を受けて花火に対して疑問を抱いた。
霊夢が気をつけろと注意したのにも関わらず、何事もなかったかのように、いやそれ以上の活動をしている。
(命蓮寺に取り込まれた、とか?)
九商会に手を出させない代わりに、と持ちかければもしかすれば花火はその誘いに乗るかもしれない。
そうすれば人里で一番大きな九商会と現在進行形で人気爆発中の花火が命蓮寺に付いたことになる。
それが導く将来は、命蓮寺の信仰独占である。
もしそうなれば霊夢は幻想郷の巫女としての立場が危うくなるかもしれない。
命蓮寺も流石に霊夢の楽園の巫女の剥奪まで企てるとは考えられえないが、民衆がどう出るか分からない。
信仰者が増えれば意見の対立は少なからず出てくる。
命蓮寺の信仰敵である博麗を潰すべきと考える者、平和的に博麗とも関係を持つべきと考える者。
そうなれば命蓮寺内での信仰者同士の戦争も起きかねない。
守るべき存在である人間を霊夢が退治しなくてはいけない事態に陥れば、幻想郷の秩序はあっという間に崩れるだろう。
霊夢ではなく他の妖怪に解決してもらう手もあるが、異変に霊夢ではなく妖怪が解決しに来たとなれば結果は同じだ。
「………参ったわね」
(命蓮寺に花火が取り込まれた可能性は高い、私の忠告を無視したのがそれを物語っている)
(ならやる事は一つね)
霊夢は間違った憶測のまま考えを進めていく。
博麗が重苦しい溜息をついているのとほぼ同刻、命蓮寺の住職である聖白蓮は難しい顔をしていた。
理由は今、幻想郷で話題の何でも屋の花火についててである。
花火との会合を終えて一週間。
聖との会合前にに博麗神社に出向いていたと聞いた時は情報を多く与えすぎたかと後悔した。
聖があれだけの情報を与えたにも関わらずに花火は今まで通りどころかそれ以上の仕事をこなしていた。
その影響で花火の人気は更に向上、九商会は大きな動きこそ見せないがこれ以上花火の人気が上がれば動きに出る可能性がある。
命蓮寺は九商会の監視という目的で契約を結んだが、細かな動きまで把握できるわけではない。
相手は人里で最も大きな商会、極秘情報や、花火に対するアクションの詳細などはとてもじゃないが探れるものではない。
だが聖の悩みの種は九商会には向いていない。
(花火さんが博麗と手を組んでいる可能性が高いですね…)
花火は聖の情報を得て更に活動を活発にした。
この事実から導き出される答えは博麗と手を組んでいることに直結する。
九商会が花火に何らかのアクションを見せた時に、花火が騒動を起こす。
そうすれば博麗の介入は可能となり、正式な捜査が行われる。
そして出てくる九商会の花火を陥れるための偽装工作。
証拠さえ出てくれば九商会は今まで築き上げてきた信頼が大きく崩れ去ることだろう。
そしてその九商会と契約を交わしている命蓮寺にも被害は及ぶだろう、いや博麗が及ばせるだろう。
命蓮寺が無実を訴えても被害者である花火が黙秘、あるいは裏切れば民衆は被害者である花火の言葉を信じるだろう。
そしてその先に見えるのは命蓮寺の信仰減少。
そして花火と何らかの繋がりがある博麗はその騒動を利用して人里の信仰を独り占めするだろう。
(……でしたら残された道は一つしかありませんね)
聖は間違った憶測のまま考えを進めていく。
2
河城工房での仕事を終えて帰宅したのだがなんと昨日に引き続き、さとりが怒っている。
「花火ーさとり様に何したの?」
長い黒髪に緑の大きなリボンをつけた少女がさとりをチラチラ見ながら訪ねてくる。
この少女は霊烏路空。
種族は地獄鴉なのだが普通の地獄鴉とは少し…ではなく、かなり違う。
地獄鴉は地獄の闇から生まれ、地獄の亡者の肉を啄む鴉の姿の妖怪なのだが空は『八咫烏』という太陽神の力をその身に宿している。
その力を制御するために右足には『融合の足』、左足は『分解の足』、右腕には『第三の足』、そして胸には『赤の目』が付いている。
融合の足、第三の足、赤の目は取り外しが可能で、今は仕事外だから分子が絡みついているような分解の足のみが付いている。
空の八咫烏の力は先天性のものではなく、妖怪の山の神社に住む神様から与えられた力らしい。
そのせいで色々と問題が起きて博麗に揃って退治されたらしいが、俺が幻想入りする前の話しなので詳しくは知らない。
だが全てを装着した状態の空を見ると、やはり山の神様の神経を少し疑ってしまう。それほどに八咫烏の姿の空は物々しい。
「分からない、昨日のことまだ怒ってるのかもしれない」
「………」
空はともかく燐がなにやら察したような表情をしたかと思うと俺に怪訝な目を向けてくるため視線が痛い。
「燐、何か知ってるなら教えてくれよ」
「知らないね。ほら、お空。邪魔しちゃいけないよ、私たちはご飯まで部屋に戻ろうか」
「え?分かった。じゃあ『異物排除』ごっこやろうよ」
「あんたの異物排除ごっこは危険だからダメ」
燐が空の背中を押しながら居間から出て行ってしまう。
扉が閉まる直前に視線を向けてきたが意味がわからん。
ソファーで本を読むさとり。
一見何時も通りに見えるが明らかにピリピリとしたオーラを放っている。
「な、なあさとり…さん?」
「……なんですか」
こちらを見向きもせずにさとりが短く答える。
その反応に内心、ビクビクしながらも勇気を振り絞る。
「隣、座っていいか?」
「向かい側が空いてるじゃないですか」
冷たく引き離そうとするさとりの言葉が突き刺さる。
ちらりと本当に少しだけこっちを見ながら言うのがさらに怖い。
さすが他者の心が読めるだけあって精神攻撃に隙がない。
「なあ、何の本読んでるんだ?」
「そんなあからさまな話題の振り方、貴方も成長しませんね」
……今日はかなり本気で怒っているようだ。
確かに昨日はさとりが半泣きするまで弄り倒したが、今日の朝は何時も通り変わらない様子だったし…。
「……立ってないで座ったらどうですか?」
「じゃあお言葉に甘えて」
どすりとさとりの隣に座る俺にムッとした目を向けてくる。
ここまで怒っているともっと見たいとかは流石に思わなくなる。俺もそこまで変態ではない、というか俺は変態ではない。
「…向かい側に座ってください」
「やだ」
子供のように即答する俺に溜息を付きながらさとりは立ち上がろうとする。
「何ですか?」
「なんで怒ってるんだ?」
それを肩を抑えて阻止してから向き合って目を見ながら真っ直ぐに問う。
俺はさとりの心が読めるわけではないからさとりから本心を聞くしかない。
「……白々しいですね。本心から言っているから余計にタチが悪いです」
俺から目を背けなが言うさとり。
俺は更に首を傾げることになる。
朝は何時も通りだったんだ、そうなれば今日中に起こった出来事のはずだ。
だけど俺は今帰ってきたばかりだし…。
「なあ、さとり。ヒントくれ」
「ふざけてるのですか?」
「じゃあ朝の話か今の話かどっちだ?」
俺がさとりを怒らせるならば朝か今しかない。
今ならば俺が無意識にさとりを怒らせる行動をしたのだろう。
「……昼過ぎです」
「昼過ぎ?」
昼過ぎは俺は地霊殿には居なかった。
仕事をしていたはず―
「……もしかしてさ、さとり。ヤキモチ焼いてる?」
「……………………」
パタン、と本を閉じながら黙って俺にニコリと微笑むさとりには間違いなく額に青筋が浮き出ていた。
俺が昼過ぎに居た場所は河城工房だ。
そして河城工房で起きたことと言えばあのにとりの『お色気』作戦しか思いつかない。
「あの…、さとり?」
「白昼堂々と密室ならそういう事を平気でする妖怪だとは思いませんでした」
「え?」
「河童も河童ですが貴方も何で嫌がらないのです?むしろ年甲斐にもなく興奮して」
「ちょ―「言い訳しないでください」
「……はい」
あまりのさとりの剣幕に俺は縮こまってしまう。
「大体貴方は―」
そこから地獄の時間が続いた。
さとりは俺の心を読んでいるために話を聞き流そうとすれば睨まれ、余計な事を考えれば更に怒られる。
説教の内容は
「いい年して何をやっているんですか」
とか
「そんなことばかりでは何でも屋はそのうち取り込まれますよ」
とか
「もっと客観的に物事を見るべきです」
など俺の足りない部分を、弱い部分を指摘する内容ばかりだった。
何やかんや言って俺の心配をしてくれている事が分かったし、さとりはやっぱり優しいとしみじみ思った。
そして二度とさとりに説教をされることのないように、と心に誓った。
かなり短いですね。
そして主人公は一応馬鹿な設定です。
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