花火の活動
1
「草むしり終わりました~」
「ああ、おつかれさん。ありがとうねぇ、この年になると暑くて草むしりでも体にきちゃって」
「暑くなり始めてまだそんなに経ってないですからね、体がまだ慣れてないんだと思いますよ。それにまだ『お姉さん』は元気ですよ」
「まあ!お姉さんだなんて呼ばれたの何年ぶりかしら。ちょっとあんた!私はまだまだお姉さんなんだってよ!」
「うるせぇなぁ、いい年こいてそんなんで舞い上がるなよ」
「『お兄さん』もまだまだ若いですよ」
「……悪くねぇな」
「全く花火ちゃんはお上手だねぇ。仕事以外の時でも遊びにおいで、いつでも歓迎するよ」
「ありがとうございます」
夏の本番も近づき、暑さが増してきた季節。
虫は元気に鳴き声を周囲に発散させ、森は青々とした葉をつけて彩る。
子供たちは半袖で走り回り、親御さん達は子供たちが走り回る様を心配そうに、微笑ましく見守る。
商店街では看板などの色が赤から水色に変わる店も多くなり、暑さにも負けずに威勢のいい声が商店街を飛び交っている。
「今日の人里の仕事は終わりかな」
ふう、と額の汗を拭いながら賑わう商店街の外れにあるベンチに腰を掛ける男。
言わずと知れた人里での人気者、何でも屋の花火である。
聖との会合から一週間、『花火』は大忙しだった。
夏になれば、庭や畑には草が生える、夏物の店が忙しくなる、冷物の配達が増えるなど花火がいくら仕事を受けても間に合わないくらい仕事は大量にあった。
だが、花火の活動範囲は人里だけではないので人里の仕事ばかり受けているわけにはいかない。
そのせいでやむを得ずに断った、もしくは後回しにした人達には純粋に申し訳なく思う花火であったが、花火は一人しかいないので限界はあると皆、笑いながら了承してくれたことが唯一の救いか。
ここ一週間で花火の評判は更に上がっていた。
「本当の息子みたいに愛嬌があって可愛らしい」
「気が効くし、依頼外の仕事も出来る範囲でやってくれて助かる」
「花火の兄ちゃん大好き!」
など夏になってから仕事量に比例して評判は鰻昇りの状態にあった。
問題があるとすれば花火自身がそのことに気づいておらず、その知らせを受けた聖白蓮は
「花火さんらしいですね」
と苦笑いし、博麗霊夢は
「あれだけ言ったのに…、」
と溜息をついていた。
勿論、花火は協力者二人がそのような反応をとっているなどいざ知らずに毎日仕事に明け暮れている。
聖との会合から一週間が経ったが、九商会には目立った動きはない。
聖には立場上、九商会が目の敵にしている者と頻繁に接触するのは宜しくないという理由で接触はしていない。
何か動きがあれば使いを寄越すと言われたのだ。
霊夢も似たような理由で接触を減らしていた。
「……ふむ」
花火はベンチの背もたれに体を預けながらなんとなく空を見上げる。
それと同時に周囲に気を配る。
(護衛隊二人、諜報員らしき人が一人、人数が減りも増えもしないからまだ大丈夫なのかな)
花火に対して監視の目線を浴びせる人間を数える。
聖に言われるまでは気づきもしなかったが、言われて注意を払ってみると人里にいる間は少なくとも一人は花火を監視するように張り付いていた。
気づいてみればかなり落ち着かないもので、それでも普段通りをなんとか保っていた。
聖に言われるまで気がつけなかったのは花火が注意力散漫なのではなく、九商会の人間が手練で気がつけなかったと信じたい。
(まあ聖さんの使いも来ないし霊夢からも新しい知らせはないし、まだ時間はあると思いたいな)
人数を確認したところで周囲に払っていた注意力を散らせて空をぼんやり眺める。
透き通るような青空に、様々な形のした真っ白な雲が流れている。
(はぁ平和な景色だ)
武力的には平和な人里だが、商いという勢力図ではあまり平和ではない。
今のところ九商会に目をつけられているのは『花火』だけだが、九商会は邪魔ならば潰すという行為をする。
博麗は表立った武力的騒動は介入できるが、こういった裏での動きに関してはあまり首を突っ込めない立場にいる。
幻想郷の巫女が人里で何やら嗅ぎ回っていたら人々は不安に思ってしまう。
博麗の巫女というものは秩序と平和の象徴でなくてはいけない。
だからわざわざ花火に注意するようにと伝えたのだ。
(そろそろ行くか)
どちらにせよまだ九商会に大きな動きはない。
それならば花火が取る行動は一つだ。
仕事をキッチリこなすこと、これだけ。
2
人間よりも古くからこの地に住み着いている妖怪が多く住む山、『妖怪の山』
幻想郷で山と言ったら大抵は妖怪の山を指す。
こに住む妖怪達は人里やその他の場所とは違った社会を築いている。
人里が階級のない平等な横社会とするならば妖怪の山は『組織』を重んじる縦社会だ。
妖怪の種族ごとに上か下かが決まり、天狗の長である『天魔』が妖怪の山を治めている。
また、妖怪の山は季節ごとの彩を強く出す事でも有名で、秋になれば山は真っ赤に染まり、夏になれば青く染まる、というふうにだ。
だが肝心の妖怪の山側が山に侵入することを拒んでいるため、紅葉で彩られる山道を歩くことが叶わない。
常時交代制の白狼天狗がいたるところに配備されており、侵入はおろか抜け道を探すことさえ困難だ。
元々、妖怪の山に侵入しようなどという者は幻想郷にはそうはいない。
それにも関わらずに妖怪の山が頑なに外部からの侵入を拒むのは単純な『組織』のためか、はたまた何か重大なことを隠しているのか。
天狗や河童は外の世界に匹敵するか、それ以上の技術力を持っており、天狗は写真・印刷・出版の技術、河童は鉄鋼や建築・道具の作成などの技術を持つ。
その技術力も合わさって周囲では、「山の内部に大きな空洞があり、外の世界さながらの未来楽園を築いている』などと根も葉もない噂が流れている。
そんな妖怪の山の麓近くの山の頂から流れる川。
その川原近くの壁にある横堀の空洞。
掘られた穴は鉄製の壁とドアによりしっかりと塞がれており、上部に取り付けられたこれまた鉄製の看板には『河城工房』と彫られている。
その内部には二つの影。
一人は椅子に座っており、もう一人は椅子に座っている影に向かって何やら説得しているかのように激しいゼスチャーで語りかけている。
「なあ、盟友。いいだろー、教えろよー」
「ダメと言ったらダメだ。それに俺は人間じゃないって言ってるだろ」
体の動きも然ることながら激しく懇願するように椅子の男に語りかける少女の言葉をスッパリと切り捨てるこの男、何でも屋の花火である。
「いいじゃないか~、私と盟友の仲だろ?」
花火が一言で切り捨ててもなお凄まじい勢いで詰め寄りながら懇願するこの少女は河童の河城にとりだ。
妖怪の山の中でも一位二位を争うほど様々な物を発明しており、階級的には下級の河童でありながら上位の天狗に一目置かれる程の存在だ。
「どんなに言ってもダメだ、あと俺は人間じゃない」
河童は古くから人間には親しく接するという習わしがある。
それ故人間は皆『盟友』であり、古くからの種族の信頼を表している。
「ん~、花火はどうも盟友って感じなんだよな」
「そりゃあ俺は長い間外界で暮らしてたからな、人間に感化されてるのも仕方ないだろ」
「それとは違うような…、ってそうじゃなくて『これ』のこと教えてくれよ~」
にとりが右手に持った真っ黒な物を指差しながら花火に詰め寄る。
にとりの右手に握られているそれは外界で言うハンドガンと呼ばれる種類の銃を形どった玩具だ。
上部の金具に別売りの渦巻き状の火薬をはめ込め、引き金を引くと火薬を巻き取りながら連続して火薬が爆発する音を楽しむというものだ。
「だからダメなんだって」
「なんでさー!理由も教えてくれないで諦められないよー!」
にとりが先程から教えてくれと懇願しているのはこの玩具のことではなく、形どられた物についての事だった。
花火としては『銃』とは科学の進歩としての賜物ではなく、他者を傷つけるために生み出された『兵器』としてのイメージがどうしても強かった。
花火が銃について教え、万が一悪用されることになれば幻想郷のパワーバランスが崩れ、楽園ではなくなってしまうかもしれない。
この素晴らしい『楽園』を壊すような可能性のある物はどうしても教えたくはなかった。
「理由を教えたら余計に作りたくなるだろ、お前危ないの大好きだし」
「そんなことはないよ、私は研究のためならこの身を犠牲にすることも惜しまないだけだよ」
「そんでこの前爆発起こしたばっかりだろうが…」
理由は分からないが誇らしげにするにとりを見て、花火は教えるのは危険だという認識を強める。
にとりを信用していないわけではな無いが、万が一を考えるとどうも教えるのを渋ってしまう。
良くも悪くも人間に近い考えの妖怪である花火は安全第一で物事を見てしまうというのが今のこれに繋がっている。
「でも危ないんだね、これは」
にとりが急に真剣な表情になり、玩具を指差しながら問う。
花火は先の言葉は失言だったかと悔やみながらもにとりを観察する。
にとりの表情は真剣そのものだ。
この顔はエンジニアとしての顔なのか、『にとり』という一匹の妖怪の顔なのか。
花火はにとりを観察する。
どこを見ているか、表情の細かなところなどにとりの本心を読み取るために目を凝らす。
そして慎重に言葉を選びながら口を開く。
「それは―「花火って私のこと好きなの?」
「…………」
花火は固まってしまう。
体だけでなく、思考も停止し、にとりが発した言葉の意味をゆっくりと理解してゆく。
「なななにをいってるんだ。」
妙に甲高く、支離滅裂になりそうな言葉を冷静を装って答える。
だが花火の顔は赤く、背筋からは冷や汗のような物が吹き出ている。
「あははー、花火面白い!顔真っ赤にしちゃって」
「うるせえよ!」
吹き出すにとりに花火は恥ずかしさから顔を先ほどよりも真っ赤に染めながら叫ぶ。
「好きか嫌いかと聞かれれば好きだ。だけどな、その、恋愛とかそういうのではない。それと笑いすぎだ」
「ごめんごめん。なーんだ、私のことじっと見てるから好きなのかと思った」
笑いすぎて出てきた涙を拭いながらにとりは花火に近づいていき、花火の膝の上に横に座る。
「………なんだよ」
息も当たりそうなほど顔を近づけてくるにとりに花火は顔を背けたくなるが、また笑われると必死に抑える。
「嫌がりはしないんだね」
「嫌いじゃないっていっただろ」
にとりの細い指が花火の首筋に触れる。
花火はくすぐっいのを必死に抑えながらも平静を保つ。
「「………」」
じっと互を見つめながらにとりは花火に顔を近づける。
そして耳元まで顔を持っていき優しくにとりは囁いた。
「これのこと、教え―「ダメだ」
「なんでさー!」
言い終わるよりも早く花火は切り捨て、にとりは顔を離して悔しがる。
「お色気作戦は失敗かー。何か自信なくしちゃったなー」
どすりと作業台に腰を下ろしながらにとりは心底残念そうに言う。
「お色気のさなかにそんな話し持ち込まれたら誰でも気がつくだろ」
「私って色気ないのかなー」
「聞いちゃいねえ」
黄昏ているにとりに溜息を付く花火だったが、その心臓はいつになく早鐘を打っていた。
かなり短めです。
そして恐らく最初で最後の『こういう』シーンです。
ご意見、ご感想お待ちしています。