無才の才
1
人里の商店街。
季節は丁度春から夏の変わり目で、店先に置かれる品や看板が夏物になってきている店もちらほら伺える。
広い道は数多くの人間や妖怪などでごった返している。
ワイワイと少し騒がしいくらいに賑わう商店街を通り過ぎれば住宅街に入る。騒がしかった商店街から一変して穏やかな雰囲気の住宅街には子供たちの楽しそうな声や家に取り付けられた風鈴の心癒してくれる音が響き渡る。
まだ季節の変わり目ということで風鈴を取り付けていない家もあるが、もう少し季節が動けばどの家も風鈴を取り付け、縁側に座るだけで様々な音を楽しむことができるだろう。
その住宅街を過ぎれば季節ごとの作物の畑が広がる。
虫や小鳥たちが飛び回るその光景は見ているだけで心が癒されるモノがある。
その畑道を進んだ先は少し殺風景な景色が広がる。
そこに居を構える寺が『命蓮寺』だ。
今日の命蓮寺はいつになく騒がしい。事情を知らぬ者が見ればその何時もは静かな命蓮寺が騒がしいことに首を傾げることだろう。
そしてその命蓮寺の中で、独り首を傾げる妖怪がいた。
幻想郷で唯一の何でも屋、花火だ。
種族問わずにどんな雑用でも請け負うその姿は正にどこから見ても形の変わらぬ花火そのものだ。
商売を開始して二週間という短期間では考えられないほどに人里を中心に種族問わず、多くの信頼を得ている。
その何でも屋の花火は昨日、命蓮寺の住職である聖白蓮から直々に命蓮寺に来るようにとさとりを経由で伝えられた。
昨日の博麗との会合の件もあり、できることなら接触はしたくないと考えた花火だったが状況的に断ることができずに重い足を引きずりながら来たというわけである。
商売や人との掛け合いが上手い人ならば逆にこの呼び出しは願ってもいないことで、相手の動向を探るチャンスと考えただろうが…。
花火は外の世界での生活の仕方もあり、商談などに関しては全くのど素人同然であり、相手を出し抜いて言質を取るなどの駆け引きも全くの無才であることも自覚している。
そんな花火の今の状況はというと―
(意味がわからん)
絶賛混乱中であった。
花火が座る部屋は大きな催しが行われたりする際に使う大広間で、花火の目の前にあるテーブルには様々な料理が並べられている。
どの料理を見ても目で楽しませ、鼻で楽しませ、舌でも楽しませてくれると見て分かるほどに手が込んでいる。
見ての通り花火は命蓮寺に饗されている状況だ。
それなりの口論は覚悟していた花火にとっては饗される理由が思いつかない。
勿論、ギスギスとした口論よりは饗される方がいいだろうが、命蓮寺が『花火』を目の上のたんこぶ扱いしていると知った今では不気味でならない。
(毒殺は流石にないだろうが…、考えが読めないなぁ)
花火は自らの頭の弱さに内心舌打ちをしながらさとりも連れてくるんだったと後悔している。
勿論それは後の祭りで、さとりという商談などの場では反則クラスの妖怪を連れていけば何をされるか分かったものではない。
それを理解している花火だったが相手の心を読めるという観点よりも一人で来たことに後悔しているといったところである。
「花火さん、お忙しい中わざわざお越しいただいて申し訳ありません。昨日、お伺いしたのですがどうやらお留守だったようで」
花火のテーブルを挟んで反対側に座る金髪に紫のグラデーションが入ったロングウェーブの女性が紫に負けず劣らずの隙のない笑顔で花火に話しかける。
外界で言ういわゆるゴスロリの様な白黒のドレスを身に纏うこの女性が命蓮寺の住職である聖白蓮だ。
花火と聖は宴会以来の対面で、聖に関しては噂程度で聞いたくらいだが少ない情報で厄介な人だと思わせるほどにできる人間だった。
「いえ、こちらこそ忙しい中こんな手の込んだ料理を出してもらってすいません」
「あら、花火さんはお料理の知識に明るい方なんですか?」
「そんなに大したものではありません。自宅で少し作るくらいです」
「それでも素晴らしいですね。男性の方でお料理ができるなんて憧れちゃいます」
嬉しそうに両手を合わせながら微笑む聖を見て花火は相手の腹を探ることが不可能かもしれないと絶望する。
紫と同レベル、それ以上に本心を隠すのが上手い。この笑顔が本心からなのかすら分からない。
(単純に俺が人の本心を探るのが下手なだけか?)
花火は再度、盛大に内心舌打ちをする。
あまりの自身の情けなさに怒りすら覚える。
「では本題に移るとしましょうか」
聖が真剣な表情で話を持ちかける。
花火は本番はこれからだと気持ちえお切り替えるが不安が中で渦巻いている。
「九商会をご存知ですか?」
先日霊夢に注意された商会の名前が出てくる。花火はさも名前だけは知っているという表情で頷く。
「九商会が何でも屋の『花火』を取り壊そうと不穏な動きを見せています」
「え…」
花火は驚愕の声を上げる。
これは九商会が花火を潰すという事実にではなく、聖の口から初めにこの話題が出てきたことに対してのものだ。
「驚くのも無理はありません。ですがこれは真実です」
花火が九商会に潰されるという事実に驚いていると勘違いをした聖は更に話を進める。
「知っているかもしれませんが、命蓮寺は九商会と契約を交わしました。その内容は、九商会が命蓮寺の宣伝などをし、命蓮寺は九商会を懇意にするというものです」
九商会が命蓮寺の宣伝をし、命蓮寺が九商会を懇意にする。
結果的に九商会の宣伝により命蓮寺の名は上がり、名が上がった命蓮寺が懇意にしている九商会の名も上がる。どちらにも利益がある契約であることを花火は理解する。
それと同時に何故自分にそんな内容まで話したのかと思考する。
「一度は断った契約でしたがどうも最近の九商会の動きは穏やかでないところがあります。ですから命蓮寺が『契約』という形で九商会を監視することにしたのです」
次々と話される霊夢からの情報とは違った話に花火は散らかった情報を整理する。
九商会が『花火』を潰そうとしているのは真実。そして聖の話を鵜呑みにするのならば命蓮寺は敵ではない、むしろ『花火』を心配して貴重な情報を提供してくれた協力者だ。
だがここで霊夢の話を考慮すると聖は花火に味方だと認識させ、油断した後に内的に潰そうとしていいる可能性もある。
「実際に『護衛隊』の配備の仕方も最近になり大きく変わりました」
護衛隊、九商会が抱える手練の人間を集めた人里の警察みたいなもので、無償で人里の見回りなどを行っている。
九商会に護衛の依頼をした際に派遣される人間も護衛隊からの人間だ。
「花火さんの持つ店の周辺に取り囲むように巡回経路が変更されています」
「よく観察しなければ分からないほどに手の込まれた配備の仕方です。常に『花火』を観察できる人員がいるように巡回時間も変えられています」
花火は相手の行動の速さに脱帽しながら既に動き始まっている事に焦りを感じる。
確かに三日ほど前から護衛隊の配置が変わったことは知っていたがまさか自分の事務所が囲まれているとは思いもしなかった。
「恐らく護衛隊は情報収集の為のモノだと思いますので直接手を出してくる事はないと思います」
聖の言葉にひとまずの安心を覚えると同時に疑問も生まれる。
「自慢じゃないですが花火は何かを隠し持てる程の大きさではないですし特に隠していることもないですよ?」
花火の言葉に聖は一瞬だけ驚愕の表情を浮かべ、落ち込んだように言う。
「……花火さんの言葉が本当なら私も驚きです」
花火自身は首を傾げているが、『花火』の周囲からの信頼の置き方は目を見張るものがある。
命蓮寺にしても九商会にしてもこれほどの短期間でここまでの信頼を得るには何か秘策があると考えていた。
実際に九商会も今では人里一の商会だが、それまでの道筋は苦労の連続だった。それは命蓮寺にも言えることである。
それを二週間という短期間で異常な信頼を得た『花火』がひょっこり現れたのだ。裏があるとできる人間ほど花火を買いかぶる。
「まあいいです…。花火さんが何かを隠していないと判明したのならば九商会は大きく動くはずです」
ここでまた花火は頭を捻る。
出来立てでこれ以上潰れない花火をどう潰すのか。
人里を追いやろうにも直接手を下せば九商会の評判は落ちるし、博麗の介入だってありえる。
間接的にやろうにも『花火』は扱う商品が花火自身なのでそれを使った妨害は大きくはできない。
九商会の息が掛かった人間を花火に依頼をさせ、悪評を流す手もあるが頭数を揃えるにはかなりのリスクが生じる。
護衛隊の人間も、九商会の店を持つ人間も人里ではそれなりに有名なので身内は使えない。
思考する花火を見て聖が助け舟を出す。
「一つの店を人里から追い出す、もしくは追い出させる方法は幾らでもあります。花火さんに関しては失礼ながらその方法がかなり多いとも言えます」
「花火さんは地霊殿にお住まいですよね?地底の妖怪というのは人里からは良い評判はありません。それを利用した噂を流せば花火の評価を下げる人もかなりいると思います。」
「そんな馬鹿な…」
確かに地底の妖怪は人里問わずに地上に住む者達から嫌われている。
花火が地霊殿に住んでいる事は隠してもいないから既に周知のことだ。
それを考えると地底の妖怪を利用した噂を流すことにつながる。
例えば花火は地底の妖怪の諜報員で、地上に攻め入る為の情報を集めている、と。
普通なら誰も信じないような事でも『地底』というブランドが付けば人々は信じてしまう。それほどまでに地底の妖怪は地上から忌み嫌われている。
更に止めとすれば、花火の短期間の有り得ないほどの信頼についてだ。証拠などをでっち上げるだけで人々はその異常さに疑問を抱くだろう。
花火は自らが無意識でとてつもない爆弾を作り上げてしまった焦ると同時に、自らを陥れるためだけに地底の妖怪の評判を更に下げるという策に怒りを覚える。
「…聖さん、貴方は今回の件には無関係なんですか?」
頭に血が上った花火は怒りを露わにしながら聖を睨みつける。
聖は真剣な表情でそれを受け止める。
「命蓮寺は今回の件では花火さんの味方です。私の思想は全ての妖怪、人間、妖精が平等にあることです。地底の妖怪だったとしてもそれは揺るぎません」
聖の言葉で花火の頭はサーっと冷えていく。
聖の掲げる思想を侮っていたと内心で恥じる。
「すいません…。失礼なことを…」
「いえ、花火さんの本心がようやく聞けて嬉しいです。命蓮寺は花火さんの味方ですよ」
聖がニッコリと花火に微笑む。その微笑みに場違いなトラウマを思い出しながら微笑み返す。
「でも何で命蓮寺はそこまで『花火』の味方をしてくれるんですか?花火なんかよりも九商会に味方したほうが利益は大きいと思うんですが」
「命蓮寺は利益だけでは動きません。九商会は少々傲慢な節があります。その傲慢に花火さんという素晴らしいお方が飲み込まれるのは人里の為にならないからです」
面と向かって急に褒められた花火はむず痒いような感じで苦笑いする。それに聖もニッコリと笑い返す。
「では冷めてしまいましたがお料理をどうぞ。これ全部私が作ったんですよ?」
「それは凄い、今度ご教授願いたいくらいです」
「ふふっ喜んで」
2
命蓮寺の門の前、聖白蓮は一点を見つめて立っていた。
その視線の先にあるのは先程まで聖と話をしていた花火の後ろ姿だ。
あの後、花火は聖の手料理を褒めながら全て綺麗に平らげた。
そことに聖が素直に嬉しいと微笑んでいたのは言うまでまない。
遠くに見える後ろ姿の花火。聖は花火という妖怪の見解を今日、一気に変えることになった。
あの少しの間だけ見せた刃物のように鋭い視線。
普段の柔らかな花火からは想像もできないほどの鋭さ。
聖は花火に睨まれたとき、表情には出さなかったが蛇に睨まれた蛙の様な心境だった。
背筋からは冷や汗が吹き出し、睨まれただけで体が一瞬固まってしまった。
捨食と捨虫の魔法をかけることによってなる後天的な仙人にも近い魔法使いである聖が一人の名も無い妖怪に紛れもない恐れを抱いたのだ。
そして他者のために、ましては忌み嫌われている地底の妖怪のためにあそこまで親身になって怒りを露にした事実。
他者のためにあそこまでの怒りを発する者はいようとも、地底の妖怪のために怒りを発する者はどれほどいようか。
妖怪の器に人に近い心。
他者のために身を投げ捨てるだけの勇気が花火にはある。
聖は花火という妖怪に敬意を抱いてた。
「………あの他者との接触を嫌う覚妖怪が、近くに置く理由が分かった気がしました。私も修行不足ですね」
聖が寺に戻ったのは花火の後ろ姿が見えなくなって暫く後のことだった。
3
聖との話し合いを終え、俺は地霊殿に帰ってきていたのだが―
「なあ、さとり。何で怒ってるんだよ」
「……怒っていません」
さとりが何故か絶賛お怒り中だ。
さとりに今日のことを読ませたあとに聖の料理を褒めた途端からこれだ。
「お前の料理も美味しいぞ?」
「そんなあからさまなフォローなんて嬉しくもありません」
「心読んでるんだから本心だって分かるだろ!?」
聖の料理は確かに美味かったがさとりの料理だって『我が家』な感じがして安心するし、なにより美味しい。
「あー…、でも」
さとりがここまで俺に感情を出すのは珍しい、これはかなりレアだ。
もう少しさとりが怒ってるところを見ているのもいいかもしれん。
「何を考えてるんですか!?貴方にそんな性癖があるとは思いませんでした!」
さとりが第三の目を両手で持ちながらワナワナ震えている。
「じゃあ怒るなよ。そんな性癖の俺が喜んじゃうぞ?」
「ッッ!!御飯の準備してきます!!」
さとりが怒りでか顔を真っ赤にしながらリビングから出て行ってしまう。
もうちょっと見ていたかったが残念だ。
「花火…」
ソファーで寝ていた耳元に黒いリボンを付けた黒猫が俺に怪訝な目を向けてくる。
「お前まで変な勘違いするなよ?俺は家族にも近しいさとりの色んな表情が見たかっただけだ。そんな性癖は持ってない」
「ふーん…」
黒猫はソファーから降りると同時にボンッと煙を出す。
煙が晴れるとそこには深紅の髪を両サイドで三つ編みにし、根元と先を黒いリボンでおさげにした猫耳を持つ少女が現れる。
この少女の名前は火焔猫燐。
種族は『火車』という妖怪で、罪人の亡骸を奪うと言われている。
その種族特有の能力を生かして、灼熱地獄跡の温度調整のための燃料の調達が割り振られている。
「まあ、あたいもさとり様のあんな顔久しぶりに見たから嬉しかったけどね」
人型になった燐が俺のテーブルを挟んで向かい側のソファーに腰掛けながら笑う。
「あいつなぁ、もうちょっと感情出してくれれば可愛げがあるんけどな」
「それはしょうがないよ、さとり様は地底で一番厄介な能力を持ってしまっているから」
燐が少し暗い表情になってしまう。
確か聞いた話では、心の声はさとり自身の意思に関わらずに聞こえてしまうらしい。
つまり心が読まれるということは、要は言いたくもないのにこちらだけ喋り続けているようなもので、しかも隠し事ができないのである。これではコミュニケーションは成り立たない。
それで諦めてかさとり自身もまともなコミュニケーションを取るつもりが無いらしく、能力を使いまくって相手の思っていることや考えることを先に言い当てたりしている。
そのせいもあってかさとりは小説が好きだ。
特に心理描写が豊富な物語がお気に入りのようで、普段会話を介さずに相手の考えが分かってしまう分、言葉によって理解するしかない読書という行為がさとりにとっては逆に刺激的なようだ。
「にしても何であんなに料理のことで怒ってたんだ?」
「んー、あれは料理のことじゃないと思うけど…。まあいいさ、あたいは仕事に戻るよ」
燐がニヤニヤと笑いながらソファーから立ち上がり、部屋から出て行ってしまう。
さて、暇になったな。何をしようか…。
「さとりでも弄って遊ぶか」
そうと決めた俺はリビングからダッシュでキッチンに走って行った。
その日の地霊殿には主であるさとりの怒声と花火の笑い声が響き渡り、旧都の妖怪たちは珍しいこともあるものだとそれを酒の肴にした。
ご意見、ご感想お待ちしています。