美しいモノには美しいモノを
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『大会』のルールを確認してから翌日。
、死者が転生または成仏の順番待ちの間、幽霊として住む世界、『冥界』に花火の姿はあった。
冥界は基本的に死者しかいないため、静かである。
また冥界には四季も存在し、秋には紅葉に彩られ、春には美しい桜が咲き乱れる。
その余りの美しさに成仏することを忘れて冥界に留まる死者も少なくない。
花火がここに来た理由。
様々な事が同時に起こりすぎて纏まっていない情報や自身の考えをまとめるためだ。
花火は静かな時間が欲しい時、冥界に来ることは度々あったが、冥界の主である西行寺幽々子はそれを快く承諾してくれた。
今日も承諾はしてくれたのだが一人監視が付いている。
「……何ですか?」
半分人間で半分幽霊という体質の種族で、冥界の庭師兼、主の幽々子の世話役の魂魄妖夢だ。
幻想郷で唯一の刀を使った戦闘を得意とする妖夢は、準備時間があれば短い距離の直線で、瞬間的に移動しつつ斬ることが出来きたりする。
この速度は幻想郷一の速さを誇る天狗の射命丸文でも目で追えないほどの速度だそうだ。
「いや、何で今日は監視がついてるんだ?」
青々とした葉を付けた木々が両脇に並ぶ道をすすみながら妖夢に尋ねる。
「監視ではありません。幽々子様が学んで来いと」
「学んでこい?」
妖夢は花火の監視の為についてきているのではない。
冥界の主である幽々子に花火を見て、学んでこいと言われて本意ではないが付いてきたのだ。
妖夢は何事にも一所懸命だが、それが報われることが少ない。
癖のある連中が多すぎる幻想郷では、真っ直ぐ過ぎてからかわれやすい性格でもある。
周囲からは半人半霊の半人前などと言われており、実際にその真っ直ぐすぎる性格が物事を短絡的に捉えさせている。
だがら幽々子は少し前まで妖夢のように短絡的だった花火を見て学んで来いと言ったのだったが、妖夢はそれを完全に理解していなかった。
そのため結果的に気まずい空気の中で庭を散歩するという何とも言えない時間が続いている。
花火としては昨日の事や大会のことで散らかった頭を静かな冥界で寝そべりながら整理したかったのだが…。
その冥界の主直々とあっては断ることはできない。
「……………」
「……………」
花火が歩くその後ろ姿を妖夢が凝視してくる。
妖夢の異常なほどの集中した視線に落ち着かない。
花火は内心でそうじゃないだろなどと思いながらも口には出さない。
かなり落ち着かないが花火は気分を落ち着かせる。
昨日はさとりに要らぬ心配を掛けてしまった。
これは素直に申し訳ないと思う。
それよりも、だ。
花火の最近の変わり方は花火自身も異常に思える程に大きい。
それを実感したのは命蓮寺、博麗、九商会での会合で、以前の自分では有り得ないほどの立ち振る舞いを実際にやってのけた。
その変貌は思考だけではない。
最近感覚というか集中力というか…。
とにかく警戒力がかなり上がっていると思う。
以前と桁違いなほどの周囲の把握、危機察知、状況判断。
実際に今でも妖夢を含めて周囲の状況を少なからず察知している状態だ。
集中すればもっと詳細に探ることはできるが、冥界で何をされる訳ではないのでこれ以上は広げない。
むしろ今広げている警戒心も解きたいのだが、ほぼ無意識に行っているものでこれがデフォルトとなってしまっている。
恐らくだが花火がここまで変わったのは千雪との接触後だと花火は推測する。
千雪と接触してからあの夜に苛まされる『孤独感』と共にこの異常な変貌は訪れた。
(千雪の異常性に危機感を覚え、本能的に成長したか?)
だがその考えを異常な思考能力が否定する。
花火は紛れもない妖怪だ。
生きている時間だって詳しくは覚えていないが三桁は軽く行っている。
その気の遠くなるほど長い時間で組み立てられてきた考え方などの思考回路が一瞬で変われるはずがない。
妖怪とは『成長』を放棄することで永い命を得ている。
そんな妖怪がここまで急成長するとは考えられないのだ。
それに花火はもう一つ違和感を感じている。
以前までは感じていなかったのだが、最近はまるで『思考』と花火という『人格』が違う存在のように分かれているように感じる。
花火が考え出した答えを別の何かが助けを加えているような。
勉強している花火を横から助言されているような感覚だ。
これら全部を合わせて出す花火の結論。
この異常なまでの思考、警戒力は花火が元から持っていたモノだということ。
だが花火にはそんな記憶はない。
それに外界での生活に自分は退化できるほどの余裕は無かった。
故にこの結論は『花火』が出したものではなく、別の何かが出した結論だ。
(まあ手に入れたのなら使いはするが…。気持ち悪いな)
花火は出てきた結論をひとまず置いておく。
異常な成長は花火が成長したのか元から持っているものを引き出したのかは今は分からないが、どうも都合が良すぎる。
まるでその時に必要な能力だけを引き出しから出したかのように。
思考、警戒心、観察力、状況判断、全てが会合で大いに役立った。
それ以外の変化は花火には見受けられない。
身体能力が上がった訳でもなければ花火個人の能力が開花したわけでもないし、妖力が飛躍的に良くなった訳でもない。
花火は名も無い弱小妖怪で、その証拠に妖力はこの身一つではまともに扱えず、さとりなどのように能力があるわけでもなく、身体能力が飛び抜けている訳でもない。
それを理由に花火は少なくとも自分は弱小妖怪だと思っている。
それが真実なのか花火の過小評価なのか知る者はいない。
なにせ花火は誰とも『弾幕ごっこ』をしたことがないためだ。
弾幕ごっことは幻想郷で設けられている『スペルルール』というルールに則った決闘だ。
スペルカード、通称『スペカ』とは、幻想郷内での揉め事や紛争を解決するための手段とされており、人間と妖怪が対等に戦う場合や強い妖怪同士が戦う場合に必要以上に力を出さないようにする為の決闘ルールだ。
対決の際には自分の得意技を記した『スペルカード』と呼ばれるお札を一定枚数所持しておき、すべての攻撃が相手に攻略された場合は負けとなる。また、カード使用の際にはカード宣言が必要であるため、不意打ちによる攻撃は出来ない。
その他の細かな取り決めは『妖怪が異変を起こしやすくする』、『人間が異変を解決しやすくする』、『完全な実力主義を否定する』、『美しさと思念に勝る物は無い』とされている。
スペルルールの生い立ちは、幻想郷は平和すぎるが故に妖怪などの強い力を持った者達の無気力かを防止するモノだそうだ。
花火からしてみれば暇つぶしや遊び感覚で痛い目は見たくもないし何より競技やスポーツでもないのに喧嘩紛いの事をしたくはない。
ここでまた花火の外界での常識が発動し、結果的に幻想入りしてから一月経つ頃だというのに一回も弾幕ごっこをやったことが無いという今につながる。
一応大会に向けて訓練などはしているのだがやはり人間と比べると成長などは感じることもできずにいる。
(やっぱり俺のこの変化は成長じゃない?)
いくら考えてもその答えにたどり着いてしまう。
「あー、分かんねぇ」
歩みを止めて息を吐き出す。
思考力が変化したとしても根本に根差す考える事が苦手な花火まで変わってしまったわけではない。
長時間考え続けると疲れを感じる。
「何か悩んでいるようですがどうかしました?」
妖夢が花火に話しかける。
今まで黙っていてたのは花火が何かを考えているからと遠慮してくれていたのかもしれない。
魂魄妖夢という人物は幻想郷ではかなり常識がある人に分類される。
「ん?考えても答えがでない事を延々考えてたら疲れただけだ」
花火がそう言うと妖夢は物凄く同情した顔で花火を見る。
「私もよくそういう事には悩まされますが、悩んだ時は刀を振るのが一番ですよ」
妖夢のアドバイスとも捉えられるそれを聞いて花火は苦笑する。
恐らく妖夢の消えない悩みとは大本が幽々子のことだろうと花火は予測する。
幽々子はかなりの大飯食らいで、一食で花火の三倍は軽く超える。
それ以外にも幽々子はかなりマイペースなところがあり、生真面目な妖夢は幽々子の気まぐれに正面から向き合おうとしてかなり振り回されているのだろう。
「お前も大変だな」
「ええ、まぁ…」
否定しないところを見ると本当に苦労しているのだろう。
今度仕事以外で手伝いに来てやろうと思う。
「じゃあそろそろ帰るわ。悪いな、忙しいところにお邪魔しちゃって」
「いえいえ。外まで送りますか?」
「大丈夫。これ以上は手間かけさせられないって」
本心からそう思う花火。
花火が帰ったら妖夢は何時も通りの雑務に追われることだろう。
地霊殿はペットたちがやってくれている。
妖夢を見るとペットたちの有難味が分かるな…。
では。と妖夢が一礼して去っていゆく。
花火も出口へ向かってゆっくりと歩きだ出す―のだが直ぐにその足を止める。
冥界の出入り口に存在する巨大な結界。その前には長い階段があり、その階段の前は広場になっている。
その広場のほぼ中心に一つの人影らしきものを確認したからだ。
真っ白な白髪に真っ赤な瞳。
その瞳は濁りきって何を映し出しているのか分からない。
肌は雪のように真っ白で、まるで生気を感じられない。
花火はその見覚えのある者を前に立ち止まってしまう。
似たような姿の死者とも考えられないが、余りに似すぎている。
だが、まるで生きているような気配を感じられない。
居るのは分かるが、何かは分からない。
物に紛れて動かなければ気配だけでは見つけられないほどだ。
(……アレが出てくるにしては俺の精神はかなり安定してるし…。それになんであんな自立しているのかが気になる)
あの白髪の少年が出てくる時というのは花火が孤独感に苛まされた時だと花火は考えていた。
それにあの少年があそこまで自立して出てきているのも見たことがない。
そもそも花火自身があの少年について殆ど知らないため花火が思っているよりも出現できる条件は甘いのかもしれない。
(とりあえず話しかけるか?あいつについて知っとくのも損ではない…よな?)
あの少年は花火が見ている幻覚だと花火自身は認識している。
人間で言う精神病患者なのかもしれないというのも自覚している。
だが花火が疑問なのは苛まされてきた孤独から逃れたというのに孤独感から逃れられていないということだ。
そもそも精神病患者は自身が精神病だと認識できるほど心に余裕はない。
そう考えればあの少年は花火が生み出した幻覚ではない?
(…どちらにせよ行ってみるか)
答えが目の前にあるのに一人で考えていてもしょうがない。
そう思った花火は広場にいる白髪の少年に近づく。
少年は花火から見て右側の木を見ていて、花火は視界に入っていないのか見向きもしない。
「………」
近づけば近づくほどに正体のわからぬ嫌悪感が増大していく。
外界で培った常識力は、その少年には近づいてはならないと警告を鳴らしている。
そして花火自身は、その少年に対する好奇心が勝っている。
そして名も無き妖怪は、その少年を見ただけで涙が出そうなほど感情が昂っていた。
花火の中で渦巻くありとあらゆる感情。
大きくは危機感。
だが好奇心と感情の昂ぶりによりその危機感は相殺されている。
結果として花火は警戒しつつもこの少年の事が知りたくて近づいている、ということになる。
何故自分がこの少年を見るだけで涙を流しそうになっているのかは分からない。
ほぼ毎晩見ている花火にとってこの少年はある意味見慣れた少年のはずだ。
そんな危機感を誤魔化す言い訳のような思考を巡らせている間に、花火と少年の距離はかなり縮まっていた。
少年は相変わらず花火など眼中には無いのか右側の木を見続けている。
「…え?」
ゾクリと飲み込まれそうなほどの恐怖。
気を抜けば腰を抜かしてしまいそうなほどの圧倒的な恐怖。
花火がこの恐怖の原因に気がつくのに暫くの時間を要した。
(ヤバイ!!)
花火はようやく動くようになった体を後ろに向けて大きく後退させる。
体中から冷や汗が吹き出し、心臓はこの短い時間で一気に破裂しそうなほど早鐘を打っていいる。
荒くなった息を整えながら花火はその恐怖の対象を再度確認する。
花火の視線の先には、白髪の少年が花火を虚ろな光のない瞳で花火を射抜いている。
(いつの間にこっちを向いた?)
花火は少年が花火を見ていることに気がつかなかった。
目視で確認するまでは気がつかず、目から入ったその情報に脳が恐怖を抱き、固まった体で全てを認識するのに時間がかかってしまった。
気配がまるで変わっていないのだ。
実際に今も目視では花火を見ていると認識できても、気配が花火に向いている事が感じ取れない。
居るのは分かるのだがそれ以外はまるで分からない。
まるでこの少年は今も花火でなく、別の何かを見ているかのようなほど周囲に対しての関心がない。
少年がどこを向いているのか、何を見ているのか。
花火は視覚的情報と感覚的情報を照らし合わせながら推測する。
「なッ!?」
今度は少年が花火の懐まで入り込んできていた。
警戒はさっきよりも強くしていた。
だが花火には捉えられなかった。
そして少年が振りかぶる拳に、どす黒い濃い霧のような物がまとわりついているのが目に入る。
とっさに少年の視線や体制などから拳の軌道を推測してその軌道上に腕を割り込ませて衝撃を抑えようとする。
「っがは!?」
次の瞬間に花火が感じたのは胸に走る強い衝撃、そして浮遊感。
状況的に少年に殴り飛ばされたと認識して直ぐに受身を取る。
(ずらされた!?)
花火が防御に徹した部位は腹だ。
だが次の瞬間には当たり前のように胸を殴られた。
完全に花火は侮っていた。
確かに花火がこの少年に抱く恐怖心は尋常じゃないが、ここまで小さな少年に自分が吹き飛ばされるなど考えてもいなかった。
理由としては視覚的情報が、感覚的情報よりも圧倒的に多い事が起因している。
受身を取りながらも花火は少年を目視で確認する。
気配は花火に攻撃した位置から離れていないが、この少年には気配はアテにならないと判断した。
少年は花火を見たまま動いてはいない。
だが花火は警戒を強める。
安心してはいけない。
さっきも気配の変わらぬ状況からいつの間にか懐に入り込まれていた。
この感覚から花火はこいしを思い出した。
こいしの無意識ほど感じ取れない訳では無いが、充分に驚異になるほどの隠密性だ。
花火は今までの少ない少年の情報から自ら仕掛けるべきかどうか模索しようとする。
「な!?あ゛…がぁ!!」
少年の位置は変わっていない。
花火は胸を押さえつけて膝を付く。
「んだよ!!こ…れぇ!!」
胸に走る激痛に花火は声も絶え絶え叫ぶしか出来なかった。
気を抜けば倒れてしまいそうな痛みに花火は苦しむ。
「…………」
少年は花火が苦しみ出すと背を向けて歩き出してしまう。
「うあぁ…」
だが花火には目には入っていてもそれを認識することができない。
視界が徐々に赤く染まっていく。
痛い、苦しい、悲しい、憎い、寂しい。
中から花火の胸を突き破って出てきそうなほどに感情が暴れる。
そしてその奥に潜む深いナニかを花火は感じ取った。
(あ…。もう…無理…)
視界が真っ赤に染まった時、花火の視界は赤から何もない黒へと変わった。
かなり短いですすいません。
ご意見、ご感想お待ちしています。