さとりの静かな決意
1
『大会』の詳細
大会でのルール。
基本はスペルルールに則ってのモノとする。
例外としてカード宣言の廃止。
個々の能力の使用禁止。
大会内で消化しきれる呪いの類の使用許可。
これを反さなければ基本的に何をしてもいい。
参加者はその組織に属している者のみとする。
参加上限人数は五人まで。
リタイアの判断は個人に任せるモノとする。
気絶など意識を保てない場合は即リタイア。
この大会で起きた怪我などの損害は自己責任とする。
大会の名目について
民衆には命蓮寺、博麗、九商会、花火の目的は伏せる。
あくまで祭り事として美しさを持たせる。
大会を利用した信仰や人気向上の活動の禁止。
ただし不可抗力は例外とする。
「目を通してくれたかな。何か質問はある?」
九商会の会議室。
そこに『大会』参加組織である命蓮寺、博麗、九商会、花火が顔を合わせていた。
「種目について書かれてないけど」
霊夢が司会を務める千雪に質問をする。
「今回のものは『大会』と言っても殆ど祭りみたいなものだからね。僕たちは祭りのイベントとして書いてあるルールに則った決闘を行う。トーナメントとか面倒なものはなしで一気に全員での乱戦だね」
「美しさの欠片もないじゃない」
「まあそう言わないで。祭りの名目でここまで用意するの大変だったんだから」
「じゃあ俺からもいいか?」
「どうぞ」
「俺のところのさとりとこいしは常に能力を使っている状態だ。そういう場合はどうする」
「うーん、さとりさんは能力を駆使した攻撃をしなければいいよ。それでこいしちゃんは人数としてカウントしなければそれでいい。こいしちゃん以外の花火のメンバーが脱落した時点で失格ってことで」
「そんなのでいいのか?」
視線で周囲に花火が確認を取ると皆は異論はないようだ。
(完全に舐められてるな)
明らかなハンデを付けてもらってしまった。
確かに勝算が一番低いのは花火かもしれない。
千雪の思惑が見えてこない限りどれほど力を持っているかわからない。
その後、簡単な打ち合わせをした後に解散となった。
2
何時も以上に賑わう町並み。
商店街以外の場所でも、露天の準備や提灯を取り付けている人や妖怪が大勢いいる。
祭りを前にして人里は活気に満ち溢れていた。
そして里を歩く花火には次々に声がかかる。
文々。新聞により命蓮寺、博麗、九商会、花火での『催し』は周知の物になっている。
参加する花火には元からの人気もあり、すれ違う人々から応援の言葉を貰っていた。
民衆に花火や千雪の目的が知らされることは無い。
文々。新聞の協力のもと、それを知らされる事が無いように千雪が仕向けたのだ。
それに関しては花火も感謝している。
花火の目的は一種の革命運動のようなモノで、しかも賛同してくれる者は地上には殆どいないだろう。
もし花火の目的が民衆に露見すれば、暴動を起こす者もいるかもしれない。
それほどまでに地底に対しての偏見は地上に深く根付いている。
花火は人々からの応援に感謝しながらも千雪に対しての模索を始める。
花火は千雪の考えている事が全く分からなかった。
千雪は花火を潰すか取り込むことしか考えていないと花火に言ったし、会合でもそう明言した。
さとりもそれに関しては本心からだと言うから間違いない。
だが花火を潰すにしろ取り込むにしろ何故このような大げさな策まで講じたのか。
花火を確実に取り込むためならば納得がいく。
だが千雪の持つ勢力は言ってしまえばたかだか人間の集まりだ。
いくら人間が身体を鍛えようと限界はある。
霊夢や聖には遠く及ばないはずだ。
妖怪や人間を隠し持っている可能性もあるが、それでも博麗に勝てるかどうかと言われれば微妙なところだ。
それに博麗に勝てるほどの強力な妖怪を隠し持てる筈がないし、持っていたとしても大会後の九商会の民衆からの視線は少なからず変わるはずだ。
九商会の利益のみを考えるならばやはり千雪の行動は花火には理解できないモノだった。
それならば千雪が何か策があるかと聞かれれば花火には検討もつかない。
そんな推測を繰り返せば繰り返すほど、千雪の行動に疑問が膨れ上がるばかりで何も見えてこない。
「千雪は後回し、だな」
考えてもわからない事にいつまでも時間を食われるわけにはいかない。
敵は千雪だけではないのだ。
博麗に負けても命蓮寺に負けても千雪に負けても花火の目的から大きく遠ざかるのは同じことだ。
むしろ常識的に考えれば博麗と命蓮寺こそが警戒すべき相手だろう。
だが花火は初めて千雪に会った時に見せた千雪のどす黒い『何か』がべっとりと頭に張り付いて消えなかった。
「っと、もう出口か」
考えながら歩いていたらもう人里の出口に出ている事に気がつく。
(千雪も確かに気になるけどそればっかり考えて足を掬われたら笑えないな)
もしかしたらそれこそが千雪の思惑なのかもしれない。
花火はべっとりと張り付いて消えない千雪を無理矢理思考の隅に追いやり、博麗と命蓮寺の対抗策について考えながら帰路に着いた。
3
花火が人里を立ち去るのとほぼ同刻、花火以外の大会参加組織が命蓮寺にて顔を合わせていた。
「まさか花火にここまで追い込まれるとはね」
重苦しい空気をものともせずに霊夢が口を開く。
「確かに花火さんには驚かされました。誰から見ても異常なほどに花火さんは変わりましたからね」
霊夢に聖が賛同する。
そのやり取りを息を潜めながら見守る一人の男。
九商会の狂人、九千雪だ。
「でもいくら花火が変わったところで私の勝ちは揺るがないわ」
「あら、奇遇ですね。私も丁度そう思っていたところです」
霊夢と聖が静かに火花を散らしながら睨み合う。
(いくら変わっても、ねぇ)
それを静かに見守りながら千雪は心の中で霊夢と聖を鼻で笑う。
(僕と花火は眼中にないってところだね)
千雪は呆れ混じりな思考を巡らせるが、外には出さない。
(全く、人里一の信仰の多い寺と楽園の巫女の名が聞いて呆れる。物事の本質が見えちゃいない)
相変わらずに静かに火花を散らせる二人に思わず溜息が出てしまう。
「千雪、何か文句でもあるの?もしかして私に勝つつもり?」
千雪の溜息を聞き逃さなかった霊夢に千雪は更に呆れを募らせる。
(野性的センスだけは一人前以上か。物も言えないね)
「文句などありませんよ、ただお二人から花火を警戒しているような雰囲気が感じられなかったので」
千雪の言葉に聖は表情を閉ざす。
それに気がついた千雪は聖はある程度の警戒はしていると推測する。
「私が花火に負けるとでも?舐められたものね」
堂々と言う霊夢に千雪の思考が一瞬停止する。
(余りに単純すぎて笑えないね…。これは本物だ)
「ですが先ほど聖さんが言った通り、花火さんの変わりようは異常だと霊夢さんにも写っていると思いますが?」
千雪の言葉を霊夢は鼻で笑う。
「変わったって言っても考え方がね。決闘とそれはまた別よ」
絶対の自信。
敗北を知らない霊夢は花火を完全に見くびっているのだ。
霊夢は増長する人間ではない。
だが今回の状況が霊夢に絶対の自身を与えていた。
そして再び霊夢は千雪を眼中から外し、聖と話を始める。
(全く早く終わらないかな。こんなことなら花火と一緒に過ごしてたいよ)
千雪は煩わしいこの茶番を花火に対する思いを馳せることで逃避した。
4
「恐らくだが命蓮寺はルール上、聖白蓮、寅丸星、村紗水蜜、封獣ぬえ、ナズーリンのが出てくると思う」
地霊殿の居間。
そこで火焔猫燐、霊烏路空、古明地さとり、古明地こいし、花火が大会についての会議を行っていた。
先ほど出てきた寅丸星、村紗水蜜、封獣ぬえ、ナズーリンは命蓮寺が大会で出してくるであろうメンバーだ。
寅丸星
種族は元妖怪の現、毘沙門天の化身だ。
命蓮寺が祀る神、毘沙門天代行の化身だ。
もともとは白蓮の住む山の妖怪であったが、白蓮より推薦を受け、黙認という形ではあるが毘沙門天の代理となった。非常に優秀な妖怪で、毘沙門天の代理としての業務も問題なくこなしていたため、人間からも妖怪からも信仰を一身に受けている。
能力は『財宝が集まる程度の能力』
財宝神である毘沙門天の影響だろうが、今回の大会では殆ど影響を受けいない能力だ。
実力も確かなものらしく、メンバーに選ばれる事はほぼ確定だろう。
村紗水蜜
種族は舟幽霊という地縛霊の亜種、念縛霊だ。
詳しい過去は分からないが、命蓮寺の飛行形態である星蓮船の操縦を任されている。
能力は『水難事故を起こす程度の能力』
少し屁理屈にはなるが、この能力も大会には影響されない。
水がある場所ならば水難事故を起こせる能力だが、大会での使用は水難事故にはならない。
封獣ぬえ
種族は鵺という外界で伝承として伝えられるキメラの妖怪で、、サルの顔、タヌキの胴体、トラの手足を持ち、尾はヘビなど胴は虎だったなどと曖昧な伝承が多い。
理由はぬえの能力が起因している。
『正体を判らなくする程度の能力』
対象に『正体不明の種』という物を仕込み、の対象に対する認識をかく乱する。
種を仕込まれた対象は、形状、音、匂いなど「その対象固有の情報」を奪われ、後には行動だけが残る。
この大会ではかなり影響を受ける能力だが、元から強力な大妖怪で、能力を使えなくともかなり手ごわい。
ナズーリン
種族は妖怪ねずみ。
元は毘沙門天の弟子である強力な妖怪で、毘沙門天から遣わされて星の監視役という名目で命蓮寺にいる。
能力は『探し物を探し当てる程度の能力』
その名の通り物や人を探し当てる事ができる能力だ。
ゲリラ戦などでは大いに役立つ能力だろうが、今大会では殆ど影響がないと言える。
かなりの切れ者で、実力も然ることながら侮れない相手だ。
そして最後に聖白蓮
種族は元人間の現、魔法使いだ。
捨食と捨虫の魔法をかけることによってなれる後天的な仙人にも近い魔法使いだ。
能力は『魔法を使う程度の能力』
主に身体能力を上げる魔法が得意なようで、今大会で最も影響を受けている人がこの聖白蓮だ。
だが魔法を使わずとも魔人経巻という巻物で攻撃できたりするので無視するには危険すぎる相手だ。
「私もそのメンバーで挑んでくると思います」
花火の予想にさとりが同意する。
「よく分からない」
「あんたはいいんだよ」
空は首を傾げているがそれを燐がなだめている。
「それはいいんだけどさ。お姉ちゃん、そろそろ離してくれない?」
「ダメです。いままで居なかったぶん、今日はずっとこのままです」
花火の座るソファーの対面に座るこいしは、さとりの横に隙間なくピッタリとくっついて座っている。
更に手を繋いでいるのでこいしは少し窮屈そうに言うが、満更でもないようだ。
「じゃあ次は博麗だが、博麗は恐らく霊夢単体、もしくは霊夢と萃香のペアでくると思う」
博麗神社は現、巫女である博麗霊夢と居候の伊吹萃香しかいない。
萃香を出すか出さないか分からないが、これ以上メンバーが増えることは無いだろう。
「恐らく鬼は勝負事が好きですから霊夢さんの意見を無視してでも参加すると思います」
さとりが花火の予想に少し補足を加える。
花火もそれには同意見で、恐らくだが霊夢と萃香のペアで参加してくるだろう。
「最後に九商会なんだが…。さとり、何か分かるか?」
いくら考えても答えが出てこない九商会について、花火はさとりに助け舟を求める。
「残念ながらお役に立てることはないです。私があの人とあった時はずっと花火さんのことしか考えていなかったので」
さとりの言葉に花火は純粋に気持ち悪そな顔をする。
さとりが千雪と接触した時は花火と常に一緒だった事が大きな理由だろう。
「深く思考を読もうとはしたのですが…、花火さんのことでかなり深くまで埋まっていたので私が気持ち悪くなってやめました」
さとりがそう付け足す。
花火も気持ち悪そうな顔をしているが、当事者のさとりはもっと嫌そうな顔をしている。
「まあ、うん。仕方ない。それじゃあ作戦を伝えるから聞いてくれ」
花火は千雪の事を振り払うように話題を変える。
「じゃあ俺たちの作戦だが―」
地霊殿での作戦会議は続く。
5
作戦会議を終えて皆が寝静まった頃、花火は寝室のベッドで寝付けずにいた。
大会の事が気になっていないと言えば嘘になるが、寝付けなくなったのは千雪と接触をしてからだ。
ベッドで頭まで毛布を被り、その中でうずくまるように花火は体を丸くしている。
「何なんだ…本当に」
花火は服の胸元を握り締めながら呟く。
その声は長い間蓄積された怒りのように刺があった。
花火を襲う嫌悪感。
胸が抉られるように痛く、そして空っぽな嫌悪感。
「何で今更…」
花火はこの感覚に覚えがある。
そこまで久しい感覚ではないはずなのだが、ひどく懐かしく思えるそれは紛れもない『孤独感』だった。
外界での花火。
まだ自らを表す名も無い妖怪だった花火。
自分以外の者は全て人間。
違う生物との生活。
親しい者もいた。
花火を友と呼ぶ者もいた。
花火に笑いかけてくれる者もいた。
だが花火は知っている。
花火は人間でないと。
自らは妖怪だと。
それを忘れそうなほど幸せな時間を過ごしたこともある。
だが夜になればこの『孤独感』が紛れもない事実を叩きつけてくる。
花火は妖怪、人間とは生きる時間も違えば力も違う。
花火が妖怪と知った時、花火に親しくしてくれていた人間は、花火を友と読んでいた人間は、花火に笑いかけてくれていた人間は、どう反応するだろうか。
受け入れてくれるなどという楽観的な考えは出来なかった。
花火は知っている。
人が違う生物に向ける恐怖の眼差しを。
人が違う生物に向ける絶対的な拒絶を。
そうなれば完全な孤独。
花火はそれが堪らなく怖かった。
完全な孤独が嫌だから、ハリボテの関係を保ち続ける。
いつ、自らの正体が露見するかと怯えながら。
その孤独感を今まさに感じている。
幻想入りしてから感じなかった孤独感。
それは花火が幸せな生活を送っているという証拠。
孤独などでは無い。
花火は一人ではない。
花火にはさとりや幻想郷の皆がいる。
皆は花火を受け入れてくれる。
『いつまで逃げるんだ?』
「………」
頭を掻きながら毛布から出てベッドに腰掛ける。
そして部屋の隅に立つ自分とは正反対の色をした少年を見つめる。
雪のように真っ白な髪に、花火の青い瞳と正反対の赤い瞳。
肌は死人のように白く、生気を感じられない。
『お前は今も怯えている。孤独になるのが怖くて怖くて仕方ない』
少年は濁りきった瞳で花火を真っ直ぐに見つめる。
「そんなはずはない。俺にはさとりがいて、燐がいて空がいてこいしがいて、幻想郷の皆がいる」
『皆がいる?じゃあ何でお前は今、震えている?』
「少し色んな事があったから疲れてるんだ」
『じゃあお前はなんで怯えている?』
「怯えてなんかいないさ。外界の事を少し思い出しただけだ」
言い訳、その場凌ぎ、全て花火は理解している。
だが認めたくはなかった、認められなかった。
『じゃあ何でお前は皆を拒絶している?』
「ッ!!!!」
少年の一言でハリボテの余裕は音を出しながら崩れる。
『誰に対しても一定の距離を保ち、それ以上は踏み込もうとしない、踏み込めない』
「違う」
崩れ去った余裕を少年がバキバキと踏み潰しながら越えてくる。
『怖いんだろう?拒絶されるのが。ここは全てを受け入れる、だがお前は紛れもない恐怖を覚えている。拒絶に対する恐怖を』
「違う…」
少年は花火の顔を手で撫でる。
その手はまるで全てを受け入れるかのように優しく、そこには確かな居場所があるかのような錯覚を起こさせる。
『何で全てを受け入れる楽園で、お前がそんな恐怖を感じているか』
「ち…がう」
少年は花火の耳元まで顔を持っていく。
『それはお前が―だからだろう?』
「!!!」
かなり長くなっちゃいました。
一応見直しはしましたが絶対に誤字脱字あると思います。
ご意見、ご感想お待ちしています。